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徳之が車を出してくれたおかげで、あっという間に実家へ到着した。
「……覚悟していたとはいえ、気が重いな」
実家の佇まいは、真奈美が最後に見た時となにも変わっていなかった。
祖母が亡くなり、二年という歳月が経過した。死んだと聞いた時には絶対に葬式なんか出るもんかと思ったものだが、二年経てば線香くらいあげてもいいかと思えるようになった。
しかし、あまりになにも変わらない目に映る周囲の景色に、真奈美の気持ちが揺らぐ。
本当に祖母は死んだのか。
真奈美が実家の玄関を開けると、そこに怒り顔の祖母がいるような気がして体が縮こまってしまう。
「さすがに疲れたよなー。ここまで帰ってくるだけでも、乗り継ぎとか大変だっただろ?」
車が実家の前で停止しても真奈美がいつまでも降りようとしないでいると、徳之が助手席側に回ってドアを開けてくれた。
彼は困惑した顔をして真奈美に声をかけながら、そっと手を差し出してくる。
「……そうなの。何回も乗り継ぎしたから、疲れちゃった」
真奈美は力無く笑いながら差し出された手を取ると、ようやく車を降りて実家の玄関に向かった。
真奈美が法事の行われる部屋の中に入ると、そこにいる者たちの視線が一斉に自分へ向けられたことがわかった。
住民全員が顔見知りという小さな集落だ。真奈美が何年もこの土地に帰ってきていなかったことは、もちろん周知の事実である。
久しぶりに顔を見せた放蕩娘に、好奇の目が向けられる。真奈美はそれらの視線に気がつかないふりをして、さっさと部屋の中を歩いて座布団に座った。
「……ねえ、あれは誰だったかな?」
部屋の中にいたのは基本的に顔見知りばかりだ。しかし、その中にどうしても名前の思い出せない少女がいる。
真奈美は誰にも聞こえないように、こっそりと隣に座った徳之に尋ねた。
「あれ、真奈美は知らないんだっけか?」
「このあたりに住んでいる子なら知らないわけないと思うけど……。あんなに可愛らしい子なのに、どうしても名前が思い出せないの」
どこか都会的な雰囲気の美しい少女だ。
地元の中学校の制服を着ているので、見かけたことがないわけはないと思い記憶を探るが、どうにも名前が出てこない。
「あの子は後からここに越してきた子だからね。そっか、真奈美が出て行ってからだったっけ? 新造さんの親戚の子で、希星ちゃんだよ」
「──は、え? き、きらり?」
真奈美は思わず間抜けな声で聞き返してしまった。
「そう。希望の星って書いてきらりちゃん。文字通りキラキラな名前だよなあ」
がははと徳之が笑う。真奈美は呆気にとられてしまっていた。
新造とは集落の外れに住む偏屈な老人だ。もう何年も姿を見かけていないが、真奈美が最後に見たときでも腰が曲がっていていつ亡くなってもおかしくない雰囲気を漂わせていた老人だった。中学生の子供を引き取れるようには思えない。
「なんかいろいろあって親御さんとは一緒に住めないらしくてさ。遠縁の新造さんを頼ってきたらしいよ」
「そ、そうなの。なんでまたあんな若い子を新造さんが……」
「さあ、詳しい事情は知らないよ。でもさ、希星ちゃんはお前のとこの婆さんとすげえ仲が良くってさ。この家には毎日のように出入りしていたんだぜ」
「……へえ、意外だわ。あのババアがね。そんなの想像ができないな」
「だろ? 希星ちゃんと親しくなってからの婆さんは、憑き物が落ちたみたいに大人しくなってさ。だから今日も希星ちゃんを呼んでるんだよ」
徳之がそこまで話してくれたところで、僧侶が部屋の中に入ってきた。
真奈美はもやもやした気持ちを抱きながら、ぼんやりと読経を聞き流すことになった。
「……覚悟していたとはいえ、気が重いな」
実家の佇まいは、真奈美が最後に見た時となにも変わっていなかった。
祖母が亡くなり、二年という歳月が経過した。死んだと聞いた時には絶対に葬式なんか出るもんかと思ったものだが、二年経てば線香くらいあげてもいいかと思えるようになった。
しかし、あまりになにも変わらない目に映る周囲の景色に、真奈美の気持ちが揺らぐ。
本当に祖母は死んだのか。
真奈美が実家の玄関を開けると、そこに怒り顔の祖母がいるような気がして体が縮こまってしまう。
「さすがに疲れたよなー。ここまで帰ってくるだけでも、乗り継ぎとか大変だっただろ?」
車が実家の前で停止しても真奈美がいつまでも降りようとしないでいると、徳之が助手席側に回ってドアを開けてくれた。
彼は困惑した顔をして真奈美に声をかけながら、そっと手を差し出してくる。
「……そうなの。何回も乗り継ぎしたから、疲れちゃった」
真奈美は力無く笑いながら差し出された手を取ると、ようやく車を降りて実家の玄関に向かった。
真奈美が法事の行われる部屋の中に入ると、そこにいる者たちの視線が一斉に自分へ向けられたことがわかった。
住民全員が顔見知りという小さな集落だ。真奈美が何年もこの土地に帰ってきていなかったことは、もちろん周知の事実である。
久しぶりに顔を見せた放蕩娘に、好奇の目が向けられる。真奈美はそれらの視線に気がつかないふりをして、さっさと部屋の中を歩いて座布団に座った。
「……ねえ、あれは誰だったかな?」
部屋の中にいたのは基本的に顔見知りばかりだ。しかし、その中にどうしても名前の思い出せない少女がいる。
真奈美は誰にも聞こえないように、こっそりと隣に座った徳之に尋ねた。
「あれ、真奈美は知らないんだっけか?」
「このあたりに住んでいる子なら知らないわけないと思うけど……。あんなに可愛らしい子なのに、どうしても名前が思い出せないの」
どこか都会的な雰囲気の美しい少女だ。
地元の中学校の制服を着ているので、見かけたことがないわけはないと思い記憶を探るが、どうにも名前が出てこない。
「あの子は後からここに越してきた子だからね。そっか、真奈美が出て行ってからだったっけ? 新造さんの親戚の子で、希星ちゃんだよ」
「──は、え? き、きらり?」
真奈美は思わず間抜けな声で聞き返してしまった。
「そう。希望の星って書いてきらりちゃん。文字通りキラキラな名前だよなあ」
がははと徳之が笑う。真奈美は呆気にとられてしまっていた。
新造とは集落の外れに住む偏屈な老人だ。もう何年も姿を見かけていないが、真奈美が最後に見たときでも腰が曲がっていていつ亡くなってもおかしくない雰囲気を漂わせていた老人だった。中学生の子供を引き取れるようには思えない。
「なんかいろいろあって親御さんとは一緒に住めないらしくてさ。遠縁の新造さんを頼ってきたらしいよ」
「そ、そうなの。なんでまたあんな若い子を新造さんが……」
「さあ、詳しい事情は知らないよ。でもさ、希星ちゃんはお前のとこの婆さんとすげえ仲が良くってさ。この家には毎日のように出入りしていたんだぜ」
「……へえ、意外だわ。あのババアがね。そんなの想像ができないな」
「だろ? 希星ちゃんと親しくなってからの婆さんは、憑き物が落ちたみたいに大人しくなってさ。だから今日も希星ちゃんを呼んでるんだよ」
徳之がそこまで話してくれたところで、僧侶が部屋の中に入ってきた。
真奈美はもやもやした気持ちを抱きながら、ぼんやりと読経を聞き流すことになった。
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