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「どうにかならないのですか⁉」

 帰宅してきた父に向かってメリッサは叫んだ。
 この国の外務官僚であるメリッサの父は深いため息をついた。

「……殿下の動向には注意しろと言ってあっただろう」

「だからってあんな場所でいきなりキスをされるなんて想像がつきませんよ!」

 そもそも、メリッサは今日の夜会に王子が来ることは聞いていなかった。あんなのは出あいがしらの事故でしかない。
 どうやって防げばよかったのだという抗議の意味を込めて、メリッサは父を睨みつけた。

「……それがなメリッサ。落ち着いて聞いてほしいのだが、ぜひともその件の責任を取らせて欲しいと陛下から頭を下げられてしまったのだ」

「ちょっと待ってください! まさかもう陛下にまで話がいっているのですか?」

 メリッサの問いに父が無言で頷いた。
 責任を取るというのは、王子とメリッサの結婚を意味する。

「私は王族になんて嫁ぎたくありません!」

「陛下は今すぐに妃教育を始めたいとおっしゃられている。抵抗はするが、覚悟はしておいてほしい」

 父はそう言い終えると、頭を抱えてうつむいてしまった。

 今日の夜会は外務大臣が主催のものだ。招かれている者も、父と同じく外務官僚が多いとメリッサは聞いていた。
 父は大使として駐在していたとある国での任期を終えて帰国したばかりだ。平民ながら大臣に気に入られている父は、任期満了のねぎらいを兼ねて上司宅に招かれた。

「私は平民です。どうしてそんな私が殿下と結婚なんて話になるのですか?」

 メリッサの問いに、父はうつむいたまま答えない。

 メリッサは父の帰国と留学先の学校の長期休暇が重なったので、実家に帰省中だった。
 父は帰国の報告をしに上司である大臣の元を訪ねたときに、これから娘と会えるのが楽しみだとつい口を滑らせた。すると、大臣はぜひ娘を夜会に連れてくるようにと言ったそうだ。

「……聖女殿が我が国にいらっしゃってから、王家と公爵家との間にはいろいろとあったからな……」

 うつむいていた父は顔を上げると、ようやく口を開いた。

 公爵家の令嬢と王子が婚約をしていたのは周知の事実だった。
 それが婚約破棄にまで至った経緯は、メリッサは国外にいたため人づてにしか聞いていない。多少の誇張は入っていたとしても、それは酷い有り様だった。
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