上 下
24 / 151
鍛冶屋

しおりを挟む
 ライラは様子のおかしいファルを気にしないようにしながら、彼女の目を見つめてはっきりと言った。
 ファルはライラの言葉を聞いて、それまでの様子が嘘のようにしゃきっと背筋を伸ばして落ち着いた雰囲気を醸し出す。彼女は一瞬だけ何かを考えている顔をしてからカッと目を見開くと、ぐいっと顔を突き出してライラの顔を覗き込んできた。そして、ライラの目をしっかりと見つめながら、驚愕の声を上げた。

「――っい、一式ですか! そ、そそそ、それって防具も武器も全部ってことですかあ⁉︎」

「おいおい、まさかとは思うが三日後の試験を新しい装備で受けるつもりなのか? 慣れない物は危険だぞ」

 ファルの声にかぶせるように、イルシアも声を上げる。

「ええ、その通りよ。持ち合わせがないから、揃えないと試験に挑めないのよ」

 ライラはにっこりと微笑みを浮かべながら、若い二人の問いに答えた。ファルとイルシアは互いを見つめ合って黙りこんでしまう。
 すると、それまでやり取りを見ていただけのマディスが口を開いた。

「……えーっと、なんだ。どうやらお前さんはうちの娘とは顔見知りらしいな。んで、今度の冒険者登録試験に挑むために、得物から防具まで全て揃えて欲しいっていうのかい?」

 マディスはカウンターに肘をついたまま、じろじろとライラを眺めて問いかけてくる。ライラは彼が何を考えているのか想像がついたが、気が付かないふりをした。

「ええ、おっしゃる通りですわ」

 にこにこと笑っているライラを、マディスは胡散臭そうな顔をして見つめてくる。ライラはお小言でも言われてしまう前に、さっさと用件を伝えてしまおうと切り出した。

「そこで、ご店主のマディスさんにご相談があるのですわ。支払いは現金ではなく、これでお願いしたいのですが……」

 いかがでしょうか、とライラはさきほどルーディに突き付けた短剣を取り出してカウンターに置いた。

「はあ? アンタ支払いを現金じゃなくて物々交換しようってのかよ」

「あ、え、えーっと。あのう……」

 イルシアとファルが、短剣とライラを交互に見ながら困惑した顔をしている。
 マディスはライラに疑わしい視線を向けながら、カウンターの上の短剣を手に取った。しかし、彼が短剣を持ち上げた途端、その表情が驚愕に染まった。

「なんじゃこりゃ。軽っ!」

 マディスはおもわず立ちあがって短剣を鞘から抜くと、刀身をまじまじと眺める。

「それなりに値が張る品よ。できれば引き取って欲しいのよね」

「いやいやいや、それなりって。今うちにある一番良い品物だってこれの足元にも及ばないぜ」

「あらよかった。だったら物々交換でも問題ないわよね?」

「問題あるだろう! これの素材はミスリルだろうが!」

 マディスはそっと短剣を鞘にしまって丁重にカウンターの上に置くと、ライラに力強い視線を向けてきた。

「この短剣じゃ取り引きできない。今のうちには見合うだけの物がねえ。支払う金がねえってんなら帰ってくれ」

「…………あら、そうですか。でしたら仕方ありませんわね。現金でお支払いいたしますわ」

「おい、金があるなら最初からそう言え! なんだ、自慢か? ミスリルの短剣に釣り合う商品がなくて悪かったな!」

「そんなつもりはないわ。これは私にとっては不要なものなの。できることならばさっさと手放したいのですわ。…………ただ、それだけです」

 ライラは少しばかり気落ちしてしまい、顔を伏せながら言った。ファルはそんなライラの様子をうかがいながら、マディスにそっと声をかける。

「……ねえねえ、お父さんってばどうしてそう口が悪いの。その剣じゃ絶対に駄目なの?」

「お前は馬鹿か! さっきも言ったがこれの素材はミスリルだぞ。しかも、柄にはめ込まれた宝石には魔法が付与してあるんだ。魔術をかじっているならそれくらい気が付け!」

 父親にそう怒鳴られたファルは、カウンターに置かれた短剣に近付いてまじまじと見つめる。

「ええ、そうかなあ? そんな気配なんて全然感じないけどなあ……」

「この馬鹿娘が! よくそんなので冒険者が務まっているな」

 そうして、再びマディスとファルの言い争いが始まる。そんな二人を呆れた顔をして横目で眺めながら、イルシアが短剣を手に取った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。 お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。 これからどうやって暮らしていけばいいのか…… 子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに…… そして………

【完結】『サヨナラ』そう呟き、崖から身を投げようとする私の手を誰かに引かれました。

仰木 あん
ファンタジー
継母に苛められ、義理の妹には全てを取り上げられる。 実の父にも蔑まれ、生きる希望を失ったアメリアは、家を抜け出し、海へと向かう。 たどり着いた崖から身を投げようとするアメリアは、見知らぬ人物に手を引かれ、一命を取り留める。 そんなところから、彼女の運命は好転をし始める。 そんなお話。 フィクションです。 名前、団体、関係ありません。 設定はゆるいと思われます。 ハッピーなエンドに向かっております。 12、13、14、15話は【胸糞展開】になっておりますのでご注意下さい。 登場人物 アメリア=フュルスト;主人公…二十一歳 キース=エネロワ;公爵…二十四歳 マリア=エネロワ;キースの娘…五歳 オリビエ=フュルスト;アメリアの実父 ソフィア;アメリアの義理の妹二十歳 エリザベス;アメリアの継母 ステルベン=ギネリン;王国の王

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

夫婦で異世界に召喚されました。夫とすぐに離婚して、私は人生をやり直します

もぐすけ
ファンタジー
 私はサトウエリカ。中学生の息子を持つアラフォーママだ。  子育てがひと段落ついて、結婚生活に嫌気がさしていたところ、夫婦揃って異世界に召喚されてしまった。  私はすぐに夫と離婚し、異世界で第二の人生を楽しむことにした。  

処理中です...