20 / 53
4.交錯する恋のベクトル
019
しおりを挟む
「彼女に電話で聞いてみたんだ。俺が見た人はやっぱり元彼だったよ」
「元彼ってバンドマンの人ですか?」
「そう。大学の頃につき合っていたそうだ。相手の男は大学時代からバンドを組んでいて、なんと最近メジャーデビューが決まったらしい」
「メジャーデビュー?」
「インディーズでは何枚かCDを出してるみたいで、かなり人気があるバンドらしいな。そうだ! この近くのライブハウスでよくライブをしていると言ってたな」
ちょっと待って! 嘘でしょう!? メジャーデビューなんて、身近にそうそうある話じゃない。ライブハウスもこの近辺には一カ所しかない。
「あの……つまりその……佐野先生の彼女は元彼と浮気をしていたんですか?」
「それは違うと言ってた。俺が見かけた日は、彼女の家のパソコンの調子が悪くて見てもらったそうだよ」
「つまり、部屋でふたりきり?」
「まあな。どうも前々から連絡を取り合っていたらしいんだ。たぶん、相手の男は彼女に気があるような気がする。じゃないとパソコンを直しにわざわざ家に来るわけない。そう考えると、やっぱりこっちとしては腹立たしいよ」
これはますます信憑性を帯びてきた。これだけで決めつけてはいけないけれど、とある人物が思い浮かぶ。男性のほうはナリ、そして女性のほうはカザネさん?
あれだけ仲がいいふたりなのに、ナリがカザネさんに告白していなかったのは、ナリが自分の経済力を気にしているからではなくて、カザネさんに彼氏がいるからだと考えることができる。
「佐野先生の彼女は元彼のライブをよく見にいかれるんですか?」
「さあな」
佐野先生はぶっきらぼうに言った。
そりゃそうだ。部屋でふたりきりになっただけですでに許せない気持ちだというのに、ライブにまで足を運んでいるとなると、ふたりの関係をより深いものに感じてしまう。佐野先生が怒るのも当然だ。
ナリたちはいつもだったら今頃は店をあとにしている時間だが、今日はビールを飲んでいるせいか、わたしが帰る時間になっても食事をしていた。佐野先生はナリがいたことにまったく気づいていなかったけれど、とんだニアミスだったんだ。
でも、そこにカザネさんがいたら気づいていたかもしれない。
今日、カザネさんがいなくてよかった。佐野先生はナリの隣に座っているカザネさんを見てしまったら、どれだけ深く傷ついていたのだろう。そう考えるだけで、心臓がバクバクした。
でもこの先、あのファミレスで佐野先生とカザネさんが鉢合わせする可能性はある。いったいどうすればいいのだろう。
「彼女と別れようと思うんだ」
衝撃のセリフを佐野先生が口にしたのは、わたしの住むマンション前に着いたタイミングだった。
「浮気はしていなくても、彼女の心が揺れているのはなんとなく感じるんだ」
揺れているか……。ファミレスでのカザネさんを思い出すと、佐野先生の言っていることも頷ける。カザネさんもナリに好意があるのは明らかだ。
それでなくても好きだから相手の気持ちを敏感に感じてしまうときがあると思う。電話でもそれは伝わるものだ。
「彼女、電話の向こうで泣いてた。たぶん迷っているんだ。告白でもされたのか、彼女も向こうの気持ちを知っているみたいで、俺に罪悪感を持っているんだと思う」
「だからってそれでいいんですか? 本当に別れちゃうんですか?」
「ああ。よく考えた結果だよ」
「そのことをわたしに言うためにわざわざお店に来るなんて、相変わらずまじめというか、まっすぐな人ですね」
「指輪のこととか、輝にはいろいろ世話になったから、一応報告しとこうと思って。こんなこと言われても迷惑だろうけど、まあそういうことだから」
佐野先生は淡々と言った。
わたしなんかに律儀に報告しなくてもいいのに……。
別れると聞いて、うれしいとは思わなかった。逆に、わたしがきっかけを与えてしまったのだと恐ろしく思った。だって彼女は浮気をしているわけではなかったのだから。別れるというのはちょっと急ぎすぎのような気がする。
どうしよう。わたし、余計なことを言ってしまったのかもしれない。
それなのに、どうして? どうしてこんなわたしにやさしくしようとするの?
「なんで輝が泣くんだよ?」
佐野先生がわたしの顔を見て、困ったように笑うと、あたたかい手で頬を伝う涙を拭ってくれた。
「元彼ってバンドマンの人ですか?」
「そう。大学の頃につき合っていたそうだ。相手の男は大学時代からバンドを組んでいて、なんと最近メジャーデビューが決まったらしい」
「メジャーデビュー?」
「インディーズでは何枚かCDを出してるみたいで、かなり人気があるバンドらしいな。そうだ! この近くのライブハウスでよくライブをしていると言ってたな」
ちょっと待って! 嘘でしょう!? メジャーデビューなんて、身近にそうそうある話じゃない。ライブハウスもこの近辺には一カ所しかない。
「あの……つまりその……佐野先生の彼女は元彼と浮気をしていたんですか?」
「それは違うと言ってた。俺が見かけた日は、彼女の家のパソコンの調子が悪くて見てもらったそうだよ」
「つまり、部屋でふたりきり?」
「まあな。どうも前々から連絡を取り合っていたらしいんだ。たぶん、相手の男は彼女に気があるような気がする。じゃないとパソコンを直しにわざわざ家に来るわけない。そう考えると、やっぱりこっちとしては腹立たしいよ」
これはますます信憑性を帯びてきた。これだけで決めつけてはいけないけれど、とある人物が思い浮かぶ。男性のほうはナリ、そして女性のほうはカザネさん?
あれだけ仲がいいふたりなのに、ナリがカザネさんに告白していなかったのは、ナリが自分の経済力を気にしているからではなくて、カザネさんに彼氏がいるからだと考えることができる。
「佐野先生の彼女は元彼のライブをよく見にいかれるんですか?」
「さあな」
佐野先生はぶっきらぼうに言った。
そりゃそうだ。部屋でふたりきりになっただけですでに許せない気持ちだというのに、ライブにまで足を運んでいるとなると、ふたりの関係をより深いものに感じてしまう。佐野先生が怒るのも当然だ。
ナリたちはいつもだったら今頃は店をあとにしている時間だが、今日はビールを飲んでいるせいか、わたしが帰る時間になっても食事をしていた。佐野先生はナリがいたことにまったく気づいていなかったけれど、とんだニアミスだったんだ。
でも、そこにカザネさんがいたら気づいていたかもしれない。
今日、カザネさんがいなくてよかった。佐野先生はナリの隣に座っているカザネさんを見てしまったら、どれだけ深く傷ついていたのだろう。そう考えるだけで、心臓がバクバクした。
でもこの先、あのファミレスで佐野先生とカザネさんが鉢合わせする可能性はある。いったいどうすればいいのだろう。
「彼女と別れようと思うんだ」
衝撃のセリフを佐野先生が口にしたのは、わたしの住むマンション前に着いたタイミングだった。
「浮気はしていなくても、彼女の心が揺れているのはなんとなく感じるんだ」
揺れているか……。ファミレスでのカザネさんを思い出すと、佐野先生の言っていることも頷ける。カザネさんもナリに好意があるのは明らかだ。
それでなくても好きだから相手の気持ちを敏感に感じてしまうときがあると思う。電話でもそれは伝わるものだ。
「彼女、電話の向こうで泣いてた。たぶん迷っているんだ。告白でもされたのか、彼女も向こうの気持ちを知っているみたいで、俺に罪悪感を持っているんだと思う」
「だからってそれでいいんですか? 本当に別れちゃうんですか?」
「ああ。よく考えた結果だよ」
「そのことをわたしに言うためにわざわざお店に来るなんて、相変わらずまじめというか、まっすぐな人ですね」
「指輪のこととか、輝にはいろいろ世話になったから、一応報告しとこうと思って。こんなこと言われても迷惑だろうけど、まあそういうことだから」
佐野先生は淡々と言った。
わたしなんかに律儀に報告しなくてもいいのに……。
別れると聞いて、うれしいとは思わなかった。逆に、わたしがきっかけを与えてしまったのだと恐ろしく思った。だって彼女は浮気をしているわけではなかったのだから。別れるというのはちょっと急ぎすぎのような気がする。
どうしよう。わたし、余計なことを言ってしまったのかもしれない。
それなのに、どうして? どうしてこんなわたしにやさしくしようとするの?
「なんで輝が泣くんだよ?」
佐野先生がわたしの顔を見て、困ったように笑うと、あたたかい手で頬を伝う涙を拭ってくれた。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
金木犀の涙
星空凜音
恋愛
まだ、肌寒い2月。
偶々入ったお店で出遭ったのは、心の奥底にしまった人。
学生時代、学校は同じでも最後は連絡先を交換しなかった二人。
15年振りの再会に、忘れた筈の想いは……
【女性向けR18】性なる教師と溺れる
タチバナ
恋愛
教師が性に溺れる物語。
恋愛要素やエロに至るまでの話多めの女性向け官能小説です。
教師がやらしいことをしても罪に問われづらい世界線の話です。
オムニバス形式になると思います。
全て未発表作品です。
エロのお供になりますと幸いです。
しばらく学校に出入りしていないので学校の設定はでたらめです。
完全架空の学校と先生をどうぞ温かく見守りくださいませ。
完全に趣味&自己満小説です。←重要です。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】夫もメイドも嘘ばかり
横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。
サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。
そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。
夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。
お見合い相手は極道の天使様!?
愛月花音
恋愛
恋愛小説大賞にエントリー中。
勝ち気で手の早い性格が災いしてなかなか彼氏がいない歴数年。
そんな私にお見合い相手の話がきた。
見た目は、ドストライクな
クールビューティーなイケメン。
だが相手は、ヤクザの若頭だった。
騙された……そう思った。
しかし彼は、若頭なのに
極道の天使という異名を持っており……?
彼を知れば知るほど甘く胸キュンなギャップにハマっていく。
勝ち気なお嬢様&英語教師。
椎名上紗(24)
《しいな かずさ》
&
極道の天使&若頭
鬼龍院葵(26歳)
《きりゅういん あおい》
勝ち気女性教師&極道の天使の
甘キュンラブストーリー。
表紙は、素敵な絵師様。
紺野遥様です!
2022年12月18日エタニティ
投稿恋愛小説人気ランキング過去最高3位。
誤字、脱字あったら申し訳ないありません。
見つけ次第、修正します。
公開日・2022年11月29日。
冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています
朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。
颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。
結婚してみると超一方的な溺愛が始まり……
「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」
冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。
別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる