八月の流星群

さとう涼

文字の大きさ
上 下
43 / 54
第五章 奇跡の夜にメテオの祝福

043

しおりを挟む
「それでなんだが、高比良。今回のことは、野垣がアイドルとして有名になりたくてやったことみたいなんだが、あいつはそんなに追いつめられていたのかな? 高比良は仲がよかったみたいだし、どうだったんだろうと思って」

 めぐるは胸をかれ、一気に沈んだ表情になった。

「わたしも最近になって、あの子がいろいろ悩んでいたことを知りました……」

 もっと真剣に話を聞いていればよかった、仕事の応援をしてやればよかった。今になると思うことがいろいろとある。
 もちろん耳を傾けたところで、莉々亜があんな大それたことをしなかったとは限らない。
 それでも……とそこまで考えて、めぐるはハッとした。
 自分の傲慢な考えに吐き気がした。莉々亜が逮捕されてから、彼女のことをまともに考えることもなかったというのに。

「わたしは莉々亜の友達とはいえないです。あの子が深刻な悩みを抱えていたことに気づけませんでした」
「悪い、高比良に責任を感じさせるつもりはなかったんだ。それを言うなら俺のほうが教師として力不足だったと思う」

 筧にとって莉々亜のことは大きな衝撃だった。筧としては、生徒とのコミュニケーションはうまく図れていたと思っていたし、日々のなかでも生徒のことを気にかけていたつもりだった。
 それなのに莉々亜の異変にまったく気づくことができなかった。教師として無念だった。もっと深く、慎重に向き合っていればよかったと後悔していた。

 しかし、そんなふたりの考えに、華耶子は真っ向から異議を唱えた。

「ふたりともどうして自分のことを責めるの? 悪いのは野垣さんでしょう? あの子が欲に負けて自滅しただけ。有名になりたいからって、普通あんなことしない。身勝手にもほどがあるよ」

 めぐるはその言葉を噛みしめた。

 たしかに莉々亜は自分本位すぎた。十六歳といっても善悪の区別はつくものだ。けれど見方を変えれば、そこまで追いつめられていたということになるわけで、だったらなぜ気づけなかったのだろうと、やはり悔しい気持ちになる。

「……なにも聞こえなかった」
「なにが?」
「あっ、いいえ。なんでもありません」

 華耶子にたずねられ、めぐるは慌てて首を振る。
 つい伊央のときと比べてしまった。
 伊央の場合は勝手に声が耳に入ってきたが、それは至極特別なことで、人の心はやはり難しいものだと改めて思った。
 表面だけ見ていてはわからない。しっかり者の楽天家に見えてもその内側はまだまだ未熟で、そこにつけ込んだ悪魔が小さなほころびから侵入した。結果、夢が粉々に砕け、人生もめちゃくちゃになり、莉々亜は絶望の淵に突き落とされてしまった。

「『テロなんかに負けません!』か……。あのとき野垣はどんな気持ちで言ったんだろうな」

 筧がさみしそうに言う。

「ネットでは『テロ』じゃなくて、呉羽美々に向けた言葉だと言われてますけどね」

 華耶子が筧のしんみりとした心情をさらりと打ち破る。

「呉羽美々って、野垣と仲がよかったっていう?」
「仲がよかっただなんて、そんなの呉羽美々の見え透いた嘘ですよ。あのふたりは友達でもなんでもなくて、単にSNSでつながっていただけ。クリックひとつで友達から赤の他人になれる関係です。呉羽美々が一時期、自分のSNSへの悪質コメントで悩まされていたそうなんですけど、野垣さんが逮捕されて以降、そういう書き込みがなくなったものだから、犯人は野垣さんじゃないかって、ネット上ではもっぱらのうわさです」

 真偽のほどは不明だが、ネットではすでに検証を終えている。
 莉々亜のSNSや動画をもとに彼女の言葉の癖を分析したネットユーザーたちが、呉羽美々のSNSへの悪質な書き込みは莉々亜であると結論づけていた。
 しかしそれを証明する術はネットユーザーにはない。あくまでも推測だ。

「もしそれが本当なら、野垣の気持ち、なんかわかるな。オーディションで一緒だった子が今やスター街道まっしぐらだもんな。しかも初めてのオーディションで優勝って、どんだけついてんだよ」
「筧先生も似たような経験があるんですか? 美大の同級生が今や有名な芸術家とか?」
「あたり。建築家やデザイナー、イラストレーターとして活躍しているやつを見てるとちょっとうらやましいと思うな。もちろん、俺は教師になったことは後悔してないよ。昔からの夢でもあったしな」
「筧先生って昔からチャラくて軽い印象ですけど、意外にまじめで堅実ですよね」
「そんなにチャラいか? 教師になってからは、服装も髪型も気を使っているんだけどな」
「見た目のことじゃないですよ。なんていうか醸し出す雰囲気がそうなんです。まあ、そういうところが女子に人気の秘訣なんでしょうけど」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】ふしだらな母親の娘は、私なのでしょうか?

イチモンジ・ルル
恋愛
奪われ続けた少女に届いた未知の熱が、すべてを変える―― 「ふしだら」と汚名を着せられた母。 その罪を背負わされ、虐げられてきた少女ノンナ。幼い頃から政略結婚に縛られ、美貌も才能も奪われ、父の愛すら失った彼女。だが、ある日奪われた魔法の力を取り戻し、信じられる仲間と共に立ち上がる。 歪められた世界で、隠された真実を暴き、奪われた人生を新たな未来に変えていく。 ――これは、過去の呪縛に立ち向かい、愛と希望を掴み、自らの手で未来を切り開く少女の戦いと成長の物語―― 旧タイトル ふしだらと言われた母親の娘は、実は私ではありません 他サイトにも投稿。

婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。

白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?  *6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」 *外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)

【完結】貴方の望み通りに・・・

kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも どんなに貴方を見つめても どんなに貴方を思っても だから、 もう貴方を望まない もう貴方を見つめない もう貴方のことは忘れる さようなら

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...