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第四章 絶望のクライ
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朝からめぐるの様子がおかしい。
授業中はまじめにノートをとっているのだが、休み時間になるとなにかをじっと考え込んでいる。昼休みもぼんやりとしており、弁当も半分以上残していた。
それもこれも四方堂が原因なのかと思い、伊央は放課後になるのを待って、帰りがけにめぐるにたずねた。
「今朝、四方堂になにを言われたの?」
「なんで?」
「元気がないから。変なことを言われたなら教えてほしい」
「ううん、違うの。いろいろ言われたけど、そのことは関係ないから」
原因はあの画像の男性。教室で話すことでもないので、それ以上のことは場所を変えようとめぐるは鞄を持つ。
校門を出たふたりの足は自然とあの丘に向かっていた。そこはめぐると伊央が初めて出会った場所。
導かれるようにたどり着いたふたりはようやくほっとしたように顔を見合わせた。
「やっぱり、ここに来ちゃうね」
「僕たちにとって、ここは神聖な場所だから。大事な話ならここがいい」
めぐるはまず四方堂から聞いた火事の件を話した。
「やっぱり、生徒のほうだったか」
思いもよらぬ伊央の反応にめぐるはびっくりして目を丸くする。
「三年の男子が煙草を吸っていたことを知ってたの?」
「火事の現場に行く直前にうしろ姿を見たんだよ。煙草のにおいがしたから、その人が吸っていたんだと思った」
「なら、あのときに言えばよかったのに」
「僕がなにを言ってもどうせ疑われるに決まってる。それにその人、生徒会長と仲がいいはず」
「つまり、つき合ってるってこと? 如月先輩の彼氏は筧先生じゃないの?」
「前に否定されたのに、まだそんなこと言ってるの? 筧先生のことは知らないよ。でもその人と生徒会長が一緒にいるところを何度か見たことがある。もしこのことを言ったら、あの生徒会長にますます睨まれる」
伊央のなかでは華耶子はすっかり「面倒くさい人間」だった。口が達者だけでなく、そこそこ権力があるから厄介に思えた。
「あとはなにを言われた? 四方堂の嫌みったらしい口の利き方は昔から変わらない。十年前も六歳の僕に向かって、『人騒がせなガキだ』って暴言を吐いたんだ」
「あの刑事さんらしい。ていうか、十年前にあの刑事さんに会っていたことも覚えているの? わたしはあの人に教えてもらって初めて知ったんだよ」
「あの夜、僕を迎えに来た人だよね? そのあとは制服を着た女の警察官が僕の相手をしてくれたから会ってないけど。めぐるは四方堂のことを覚えてないの?」
覚えていることがさも当然のことのように言う。
「顔まではさすがに。六歳のときに一度しか会っていない人の顔を覚えている人のほうが少ないと思うよ。伊央は記憶力がずば抜けてるから、なんでも覚えていられるんだよ」
「そっか、そういうものなのか」
「うらやましいな。わたしも伊央みたいに特別な能力がほしいよ。前に胎内記憶もあるって言ってたよね?」
「胎内記憶なんてぜんぜんいいものじゃないよ。僕のこの記憶力を特別な能力だと言うんなら、こんな能力はないほうがいい。少なくとも僕はそのほうが今よりも幸せになれたかもしれない」
伊央の悲しげに遠くを見つめる目に、めぐるはなにも言えなくなる。
胎内記憶──。
それは産みの母親のことを覚えているということなのだろうか。
時折見せる伊央の果てしない孤独と深い闇をどうすれば取り除くことができるのだろうと、めぐるはいつも思うのだが、思いつく言葉では伊央を救い出すことはできないような気がしてならない。
「実のお父さんとお母さんに会いたいとは思わないの?」
「たしかに子どもの頃は血のつながりが恋しいと思ったこともあった。でも大きくなるにつれて、現実を知って、そんなものに意味はないんだとわかった」
「自分のルーツを知りたいと思うのが普通じゃないの?」
「なんで急にそんなことを言うの? 四方堂がほかになにを言ってきたの?」
「なにも言ってない。あの人は関係ないよ」
「ねえ、なにがあったか教えて。四方堂が関係あるのかと思ってたけど、どうやら違うみたいだし。でも僕に関係あることなんだよね?」
めぐるはじっと考え込んでしまう。
梅村が会ったという、伊央によく似た男性のことを話してしまってもいいのだろうか。ただし、それは同時にその男性の死も伝えることになるが。
となると、やはり黙っているべきなのかもしれない。実の両親のことを知りたくないと頑なに拒む伊央をいたずらに傷つけるだけだ。
「最近、いろんなことがありすぎて、ちょっと混乱してるのかもしれない。だから気にしないで」
「なんで嘘をつくんだよ?」
「嘘なんて……」
「お願いだから、めぐるだけは僕に嘘をつかないで。昔から僕のまわりの大人はみんな嘘ばっかりだった。僕がどこでどんなふうに産まれたのか、なんで施設に預けられたのか。知ってるくせになにも教えてくれない。でも僕は知ってるんだ!」
その迫力にめぐるは息を呑む。
「それが会いたくない理由なの?」
「そうだよ。だから、たとえ本当の親の居所を知ったとしても、会いにいこうとは思わない。向こうにしたら、僕は迷惑な存在だから」
「そんなの、会ってみないと、わからないじゃない」
「わかるよ。向こうは僕の存在を認めたくないんだ。だからこれまで放っておけた。今さら僕が現れたところで、僕の親であることを全力で否定するよ」
伊央はきっぱり言いきった。どうしてそう一方的に決めつけてしまうのだろう。
「少し前に、僕の実の父親を知っている人に会ったんだ」
「えっ?」
「最初はその人の勘違いだと思った。でも話を聞いて、僕のなかで辻褄が合った。父親は誰だと思う?」
「なんでわたしに聞くの? わかるわけないでしょう」
まるでめぐるも知っている人だという言い方だった。
「御影徳之助だよ」
「御影って……。御影理事長!?」
授業中はまじめにノートをとっているのだが、休み時間になるとなにかをじっと考え込んでいる。昼休みもぼんやりとしており、弁当も半分以上残していた。
それもこれも四方堂が原因なのかと思い、伊央は放課後になるのを待って、帰りがけにめぐるにたずねた。
「今朝、四方堂になにを言われたの?」
「なんで?」
「元気がないから。変なことを言われたなら教えてほしい」
「ううん、違うの。いろいろ言われたけど、そのことは関係ないから」
原因はあの画像の男性。教室で話すことでもないので、それ以上のことは場所を変えようとめぐるは鞄を持つ。
校門を出たふたりの足は自然とあの丘に向かっていた。そこはめぐると伊央が初めて出会った場所。
導かれるようにたどり着いたふたりはようやくほっとしたように顔を見合わせた。
「やっぱり、ここに来ちゃうね」
「僕たちにとって、ここは神聖な場所だから。大事な話ならここがいい」
めぐるはまず四方堂から聞いた火事の件を話した。
「やっぱり、生徒のほうだったか」
思いもよらぬ伊央の反応にめぐるはびっくりして目を丸くする。
「三年の男子が煙草を吸っていたことを知ってたの?」
「火事の現場に行く直前にうしろ姿を見たんだよ。煙草のにおいがしたから、その人が吸っていたんだと思った」
「なら、あのときに言えばよかったのに」
「僕がなにを言ってもどうせ疑われるに決まってる。それにその人、生徒会長と仲がいいはず」
「つまり、つき合ってるってこと? 如月先輩の彼氏は筧先生じゃないの?」
「前に否定されたのに、まだそんなこと言ってるの? 筧先生のことは知らないよ。でもその人と生徒会長が一緒にいるところを何度か見たことがある。もしこのことを言ったら、あの生徒会長にますます睨まれる」
伊央のなかでは華耶子はすっかり「面倒くさい人間」だった。口が達者だけでなく、そこそこ権力があるから厄介に思えた。
「あとはなにを言われた? 四方堂の嫌みったらしい口の利き方は昔から変わらない。十年前も六歳の僕に向かって、『人騒がせなガキだ』って暴言を吐いたんだ」
「あの刑事さんらしい。ていうか、十年前にあの刑事さんに会っていたことも覚えているの? わたしはあの人に教えてもらって初めて知ったんだよ」
「あの夜、僕を迎えに来た人だよね? そのあとは制服を着た女の警察官が僕の相手をしてくれたから会ってないけど。めぐるは四方堂のことを覚えてないの?」
覚えていることがさも当然のことのように言う。
「顔まではさすがに。六歳のときに一度しか会っていない人の顔を覚えている人のほうが少ないと思うよ。伊央は記憶力がずば抜けてるから、なんでも覚えていられるんだよ」
「そっか、そういうものなのか」
「うらやましいな。わたしも伊央みたいに特別な能力がほしいよ。前に胎内記憶もあるって言ってたよね?」
「胎内記憶なんてぜんぜんいいものじゃないよ。僕のこの記憶力を特別な能力だと言うんなら、こんな能力はないほうがいい。少なくとも僕はそのほうが今よりも幸せになれたかもしれない」
伊央の悲しげに遠くを見つめる目に、めぐるはなにも言えなくなる。
胎内記憶──。
それは産みの母親のことを覚えているということなのだろうか。
時折見せる伊央の果てしない孤独と深い闇をどうすれば取り除くことができるのだろうと、めぐるはいつも思うのだが、思いつく言葉では伊央を救い出すことはできないような気がしてならない。
「実のお父さんとお母さんに会いたいとは思わないの?」
「たしかに子どもの頃は血のつながりが恋しいと思ったこともあった。でも大きくなるにつれて、現実を知って、そんなものに意味はないんだとわかった」
「自分のルーツを知りたいと思うのが普通じゃないの?」
「なんで急にそんなことを言うの? 四方堂がほかになにを言ってきたの?」
「なにも言ってない。あの人は関係ないよ」
「ねえ、なにがあったか教えて。四方堂が関係あるのかと思ってたけど、どうやら違うみたいだし。でも僕に関係あることなんだよね?」
めぐるはじっと考え込んでしまう。
梅村が会ったという、伊央によく似た男性のことを話してしまってもいいのだろうか。ただし、それは同時にその男性の死も伝えることになるが。
となると、やはり黙っているべきなのかもしれない。実の両親のことを知りたくないと頑なに拒む伊央をいたずらに傷つけるだけだ。
「最近、いろんなことがありすぎて、ちょっと混乱してるのかもしれない。だから気にしないで」
「なんで嘘をつくんだよ?」
「嘘なんて……」
「お願いだから、めぐるだけは僕に嘘をつかないで。昔から僕のまわりの大人はみんな嘘ばっかりだった。僕がどこでどんなふうに産まれたのか、なんで施設に預けられたのか。知ってるくせになにも教えてくれない。でも僕は知ってるんだ!」
その迫力にめぐるは息を呑む。
「それが会いたくない理由なの?」
「そうだよ。だから、たとえ本当の親の居所を知ったとしても、会いにいこうとは思わない。向こうにしたら、僕は迷惑な存在だから」
「そんなの、会ってみないと、わからないじゃない」
「わかるよ。向こうは僕の存在を認めたくないんだ。だからこれまで放っておけた。今さら僕が現れたところで、僕の親であることを全力で否定するよ」
伊央はきっぱり言いきった。どうしてそう一方的に決めつけてしまうのだろう。
「少し前に、僕の実の父親を知っている人に会ったんだ」
「えっ?」
「最初はその人の勘違いだと思った。でも話を聞いて、僕のなかで辻褄が合った。父親は誰だと思う?」
「なんでわたしに聞くの? わかるわけないでしょう」
まるでめぐるも知っている人だという言い方だった。
「御影徳之助だよ」
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