1 / 54
第一章 悲しみのエンパシー
001
しおりを挟む
【今日、午後四時頃、JRの職員から『不審なキャリーバッグが置いてある』と警察に通報がありました。場所はM駅西口の中央口から三〇〇メートルほど北にある新幹線の高架下駐車場です。現場は一時騒然となりましたが、周辺を封鎖して県警の爆発物処理班がX線などを使って中身を調べたところ、金属片などは確認されず、爆発物でないと断定。すぐに回収されました。しかしキャリーバッグのなかには、爆発物の設計図と爆発物の原料となり得る数種類の化学物質が記されたメモが入っており、警察では爆弾テロの予告の可能性を否定できないとして、キャリーバッグが放置された経緯を慎重に調べています】
午後六時半。テレビから流れてくるのは若い男性アナウンサーが読みあげるローカルニュース。画面に黄色い立入禁止のテープで囲まれた現場が映し出され、防護服を着た機動隊員がキャリーバッグの確認作業を行っていた。
最近ではスーツケースやダンボール箱が放置されているだけで警察が出動する騒ぎとなり、そのたびにSNSには緊迫した現場の写真や動画がアップされ、拡散される。ついでに意気揚々とした撮影者のコメントも世界中にばらまかれる。
けれどその程度のニュースは珍しいことでもなくなり、インターネットのアーカイブには残っても、世間には三日もすれば忘れられる運命。人の心は移ろいやすく、薄情だ。
先のニュースは三日前の六月三十日の土曜日にM市であった出来事だ。爆発物関連のメモが入っていたということで、かなりの緊迫感があったせいか翌日の地元は大盛りあがりだった。だが三日目である今日は一変。一気に終息に向かっていた。
M市は人口三十万人ほどの地方の中核市。市の中心には高速道路が通り、新幹線の駅もある。工業団地には有名メーカーの大きな工場がいくつも誘致され、中心市街地には多くの商業ビルがひしめき合う。冬は少し寒さが厳しいが、豪雪地域というわけではなく、住みやすい街といえる。
しかしそれだけのこと。都会でもなく、ド田舎でもない中途半端に開発された個性のない街。郊外の道沿いにチェーンストアやパチンコ屋、マンションが立ち並ぶ景色はここ数年代わり映えなく、観光スポットに乏しいこの街は魅力的という言葉にはほど遠かった。
そんな街に再びざわつく出来事が起ころうとしている。
誰かが人差し指でそれを実行した。今、この瞬間に──。
「あっ、まただ」
家族が寝静まった深夜、二階の自分の部屋で机に向かい、数学の問題を解いていたところだった。高比良めぐるは妙な感覚がして、シャーペンを走らせる手を止めた。
“妙な感覚”というのは言葉ではうまく説明できない。強いて言うなら“耳鳴り”だろうか。大きいとも小さいとも言い難い音量。また遠くからなのか、それとも近くで発生している音なのかもわからない。とにかくどこからともなく音が響いてくるのだ。
パトカーや消防車のサイレンを低音にしたような、はたまた人のうめき声のような。なんとも形容しがたいその音の正体はさっぱりわからない。
その音は三ヶ月ほど前から感じるようになった。一日に数回のときもあれば、三日間なにも感じない日が続くときもある。
音を感じる。それはいったいどういうことなのだろうと、めぐる自身も不思議に思っていた。
たしかに耳を通してなにかが聞こえてくる。けれど耳を澄ませるというより、神経を研ぎ澄まないと聞き逃してしまいそうになる。
めぐるは少しクセのあるミディアムボブの黒髪を両耳にかけると、耳のうしろに手を添え、ぎゅっと目を閉じた。
耳に響いてくる音はさっきよりも小さくなっていた。それから数分ほどでテレビの電源をオフにしたときのように、プツリと音が途絶えてしまった。
この瞬間、いつも心細くなる。なにか大切なものを手放してしまったような悲しい気持ちになって、罪悪感でいっぱいになるのだ。
午後六時半。テレビから流れてくるのは若い男性アナウンサーが読みあげるローカルニュース。画面に黄色い立入禁止のテープで囲まれた現場が映し出され、防護服を着た機動隊員がキャリーバッグの確認作業を行っていた。
最近ではスーツケースやダンボール箱が放置されているだけで警察が出動する騒ぎとなり、そのたびにSNSには緊迫した現場の写真や動画がアップされ、拡散される。ついでに意気揚々とした撮影者のコメントも世界中にばらまかれる。
けれどその程度のニュースは珍しいことでもなくなり、インターネットのアーカイブには残っても、世間には三日もすれば忘れられる運命。人の心は移ろいやすく、薄情だ。
先のニュースは三日前の六月三十日の土曜日にM市であった出来事だ。爆発物関連のメモが入っていたということで、かなりの緊迫感があったせいか翌日の地元は大盛りあがりだった。だが三日目である今日は一変。一気に終息に向かっていた。
M市は人口三十万人ほどの地方の中核市。市の中心には高速道路が通り、新幹線の駅もある。工業団地には有名メーカーの大きな工場がいくつも誘致され、中心市街地には多くの商業ビルがひしめき合う。冬は少し寒さが厳しいが、豪雪地域というわけではなく、住みやすい街といえる。
しかしそれだけのこと。都会でもなく、ド田舎でもない中途半端に開発された個性のない街。郊外の道沿いにチェーンストアやパチンコ屋、マンションが立ち並ぶ景色はここ数年代わり映えなく、観光スポットに乏しいこの街は魅力的という言葉にはほど遠かった。
そんな街に再びざわつく出来事が起ころうとしている。
誰かが人差し指でそれを実行した。今、この瞬間に──。
「あっ、まただ」
家族が寝静まった深夜、二階の自分の部屋で机に向かい、数学の問題を解いていたところだった。高比良めぐるは妙な感覚がして、シャーペンを走らせる手を止めた。
“妙な感覚”というのは言葉ではうまく説明できない。強いて言うなら“耳鳴り”だろうか。大きいとも小さいとも言い難い音量。また遠くからなのか、それとも近くで発生している音なのかもわからない。とにかくどこからともなく音が響いてくるのだ。
パトカーや消防車のサイレンを低音にしたような、はたまた人のうめき声のような。なんとも形容しがたいその音の正体はさっぱりわからない。
その音は三ヶ月ほど前から感じるようになった。一日に数回のときもあれば、三日間なにも感じない日が続くときもある。
音を感じる。それはいったいどういうことなのだろうと、めぐる自身も不思議に思っていた。
たしかに耳を通してなにかが聞こえてくる。けれど耳を澄ませるというより、神経を研ぎ澄まないと聞き逃してしまいそうになる。
めぐるは少しクセのあるミディアムボブの黒髪を両耳にかけると、耳のうしろに手を添え、ぎゅっと目を閉じた。
耳に響いてくる音はさっきよりも小さくなっていた。それから数分ほどでテレビの電源をオフにしたときのように、プツリと音が途絶えてしまった。
この瞬間、いつも心細くなる。なにか大切なものを手放してしまったような悲しい気持ちになって、罪悪感でいっぱいになるのだ。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】ふしだらな母親の娘は、私なのでしょうか?
イチモンジ・ルル
恋愛
奪われ続けた少女に届いた未知の熱が、すべてを変える――
「ふしだら」と汚名を着せられた母。
その罪を背負わされ、虐げられてきた少女ノンナ。幼い頃から政略結婚に縛られ、美貌も才能も奪われ、父の愛すら失った彼女。だが、ある日奪われた魔法の力を取り戻し、信じられる仲間と共に立ち上がる。
歪められた世界で、隠された真実を暴き、奪われた人生を新たな未来に変えていく。
――これは、過去の呪縛に立ち向かい、愛と希望を掴み、自らの手で未来を切り開く少女の戦いと成長の物語――
旧タイトル ふしだらと言われた母親の娘は、実は私ではありません
他サイトにも投稿。
婚約者は、今月もお茶会に来ないらしい。
白雪なこ
恋愛
婚約時に両家で決めた、毎月1回の婚約者同士の交流を深める為のお茶会。だけど、私の婚約者は「彼が認めるお茶会日和」にしかやってこない。そして、数ヶ月に一度、参加したかと思えば、無言。短時間で帰り、手紙を置いていく。そんな彼を……許せる?
*6/21続編公開。「幼馴染の王女殿下は私の元婚約者に激おこだったらしい。次期女王を舐めんなよ!ですって。」
*外部サイトにも掲載しています。(1日だけですが総合日間1位)
【完結】貴方の望み通りに・・・
kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも
どんなに貴方を見つめても
どんなに貴方を思っても
だから、
もう貴方を望まない
もう貴方を見つめない
もう貴方のことは忘れる
さようなら
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる