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7.その壁を飛び越えたら
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放たれた水の粒のようないくつもの青い光が、真っ暗な空に吸い込まれていく。
観客のいないスタジオで、白い光に映し出されたひとりの歌姫。可憐さの中に見え隠れするコケティッシュさは、以前よりも色濃くなったような気がする。
街頭ビジョンから流れてくるソプラノの声とサウンドは、聴いている人の心を潤す。
歌声と映像に魅了された街ゆく人々は、すっかりフェアリーの虜になっていた。
***
ナギに会ってから四日後の今日、フェアリーの第三弾シングルが発売された。その発売記念として配信されたフェアリーのインターネットライブ。光の中で堂々と歌うフェアリーにみんなが絶叫した。
これまでのフェアリーのMVは、照明の当たり方やカメラの角度のせいで、顔がはっきり映っていなかった。
でも今回はそうじゃない。フェアリーはたしかにカメラの向こう側にいるわたしたちを見つめていた。
まるでフェアリーの存在を知らしめるような演出。フェアリーは実在する。たとえば一部の人たちの間で噂されていたCG説。そんなぼんやりとしたフェアリーの輪郭を一掃するものだった。
数日前に関東地方は全域梅雨入りし、今日も朝から雨が降り続いていた。雨が上がったのは夕方。ライブ中継が始まる少し前のことで、太陽の光が水たまりに反射して少しまぶしかった。
昨日から何度も電話をしているのに、美空は一向に出てくれない。海外にでも行っているのかと思っていたけれど、今日のインターネット配信は東京からの生ライブ。どうやら避けられているみたいだった。
「美空、いったいどういうつもりなの?」
仕方なく、用件をメールにしたためて伝えることにした。
その翌日は金曜日。明日から二日間の日程で県大会が行われる。
県大会の切符を余裕で勝ち取ったナギだけど、目標であるインターハイ出場はそう簡単にはいかない。
県大会で入賞したとしても次に関東大会がある。いくらナギでも、関東全域からレベルの高い選手が集まるその大会は、少しも油断できない。三位以内の入賞、もしくは標準タイムを切るなどの一定の条件が必要らしい。
「せっかく整理券があるのに応援に行かないの?」
お昼休みにお弁当を食べているわたしに、すずちゃんがあきれ顔で言った。
「ごめん」
すずちゃんがわたしのことを考えて、裏で段取りしてくれたのに、こんな返事しかできなかった。降矢くんが応援に来いと言ってくれたのは、すずちゃんに頼まれて彼自身が応援者用の整理券を手配してくれたからだった。
「本当にいいの?」
「もう決めたから」
「で、連絡はとれたの? 津久井の元カノって子に」
「それがまだなんだ」
すずちゃんには、ナギの元カノがあのフェアリーだと打ちあけていない。わたしの代わりに応援に行かせてあげたい人がいるとずずちゃんに話したとき、迷った挙句、ナギの元カノの存在だけを話した。
「こんなことして。ヨリが戻ちゃってもいいの?」
「それはあのふたりの問題。わたしはふたりの決断に従うしかないから。お互いに好きなら、そうなるべきなんだよ」
美空が応援に行くべきだと思ったわたしは、わたしの分の整理券を美空に譲ろうと思っていた。
仕事が忙しいのはわかっている。でも、もしかすると時間が取れるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていた。それなのに美空は音信不通。
美空はナギの応援に行きたくないのかな?
いや、そんなはずないよね。行きたいのにスケジュールの都合がつかなくて、もどかしい思いをしているはず。だったら、なおさらわたしは応援に行けない。美空の気持ちを差し置いて、そんなことをするわけにいかない。
しかし、そんな気をまわす必要はなかった。
観客のいないスタジオで、白い光に映し出されたひとりの歌姫。可憐さの中に見え隠れするコケティッシュさは、以前よりも色濃くなったような気がする。
街頭ビジョンから流れてくるソプラノの声とサウンドは、聴いている人の心を潤す。
歌声と映像に魅了された街ゆく人々は、すっかりフェアリーの虜になっていた。
***
ナギに会ってから四日後の今日、フェアリーの第三弾シングルが発売された。その発売記念として配信されたフェアリーのインターネットライブ。光の中で堂々と歌うフェアリーにみんなが絶叫した。
これまでのフェアリーのMVは、照明の当たり方やカメラの角度のせいで、顔がはっきり映っていなかった。
でも今回はそうじゃない。フェアリーはたしかにカメラの向こう側にいるわたしたちを見つめていた。
まるでフェアリーの存在を知らしめるような演出。フェアリーは実在する。たとえば一部の人たちの間で噂されていたCG説。そんなぼんやりとしたフェアリーの輪郭を一掃するものだった。
数日前に関東地方は全域梅雨入りし、今日も朝から雨が降り続いていた。雨が上がったのは夕方。ライブ中継が始まる少し前のことで、太陽の光が水たまりに反射して少しまぶしかった。
昨日から何度も電話をしているのに、美空は一向に出てくれない。海外にでも行っているのかと思っていたけれど、今日のインターネット配信は東京からの生ライブ。どうやら避けられているみたいだった。
「美空、いったいどういうつもりなの?」
仕方なく、用件をメールにしたためて伝えることにした。
その翌日は金曜日。明日から二日間の日程で県大会が行われる。
県大会の切符を余裕で勝ち取ったナギだけど、目標であるインターハイ出場はそう簡単にはいかない。
県大会で入賞したとしても次に関東大会がある。いくらナギでも、関東全域からレベルの高い選手が集まるその大会は、少しも油断できない。三位以内の入賞、もしくは標準タイムを切るなどの一定の条件が必要らしい。
「せっかく整理券があるのに応援に行かないの?」
お昼休みにお弁当を食べているわたしに、すずちゃんがあきれ顔で言った。
「ごめん」
すずちゃんがわたしのことを考えて、裏で段取りしてくれたのに、こんな返事しかできなかった。降矢くんが応援に来いと言ってくれたのは、すずちゃんに頼まれて彼自身が応援者用の整理券を手配してくれたからだった。
「本当にいいの?」
「もう決めたから」
「で、連絡はとれたの? 津久井の元カノって子に」
「それがまだなんだ」
すずちゃんには、ナギの元カノがあのフェアリーだと打ちあけていない。わたしの代わりに応援に行かせてあげたい人がいるとずずちゃんに話したとき、迷った挙句、ナギの元カノの存在だけを話した。
「こんなことして。ヨリが戻ちゃってもいいの?」
「それはあのふたりの問題。わたしはふたりの決断に従うしかないから。お互いに好きなら、そうなるべきなんだよ」
美空が応援に行くべきだと思ったわたしは、わたしの分の整理券を美空に譲ろうと思っていた。
仕事が忙しいのはわかっている。でも、もしかすると時間が取れるかもしれない。そんな淡い期待を抱いていた。それなのに美空は音信不通。
美空はナギの応援に行きたくないのかな?
いや、そんなはずないよね。行きたいのにスケジュールの都合がつかなくて、もどかしい思いをしているはず。だったら、なおさらわたしは応援に行けない。美空の気持ちを差し置いて、そんなことをするわけにいかない。
しかし、そんな気をまわす必要はなかった。
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