エマ・ケリーの手紙

山桜桃梅子

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満ち足りる日々

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厚みのある絨毯が足音を吸収してくれて助かったと思う。そっと自室に戻り鏡台で目元を確認して、粉を塗り直し「ん、大丈夫ね」、涙の痕跡を隠して再び応接間に戻った。


「さあ、仲直りは出来たかしら?」


タイミングを見計らって自然に戻ってきたと思っているのは、何食わぬ顔、むしろ出て行った時の表情を僅かに引き摺ったようにしている本人だけで。
わざとらしい声量がほんの少し鼻にかかっているので、長年の付き合いである二人はすぐに見抜いた。


「エマ、聞いてたでしょ」


アメリアがふんぞり返って白々しいと目で訴えかけてくるので、エマは「うっ……」と言葉に詰まる。
するとアランが意地悪そうな表情で頬杖をついたまま露骨な言葉を投げかけた。


「変態」

「エッチ」


間髪入れずにアメリアまで乗っかる。
盗み聞きは確かに良くないとは思ったが、二人が取っ組み合いにでもなったら大変だとこちらはだけのこと。

そもそもあなたたちが最初から言い合いなどしていなければ、私だってこのようなことなどせずに居れたのよ?
そんな責め立てる視線で吐き捨てた。


「……随分と仲良くなったようで感心ね」


やり過ぎた、二人はあからさまな機嫌取りでエマを間に座らせ、ケーキを進め紅茶を淹れ直し話題を変える。


「エマ、そういえば!」

「何よ……」


ティーカップを片手に面白くなさそうな目をアメリアに向ければ。


「私、一代だけ男爵家のお嬢様になるの」

「ええっ!?」


驚愕のあまり、有るまじき失態? 知ったこっちゃないわ! とカップが音を立ててテーブルに置かれた。
しかしアランは知っている様子で顔色も変えずに、これで機嫌が直ると安堵している。


「パパが漸く観念したのよ」

「じゃあ……」

「成人の儀、エマと一緒に出席出来るってことよ!」


先ほどまでの不機嫌など遥か彼方へ吹っ飛んで、エマは満面の笑みでアメリアに抱きついた。


「嬉しい、嬉しい!」

「ちょっ、エマ、苦しいぃ」

「貴女とデビュー出来るだなんて夢見たいっ。でも当然よね、貴女のお父様は人柄も功績も素晴らしい方だもの」

「だから自由になったのは数字がびっしりの教科書と試験から。今度はお貴族様のマナー云々ね」


げんなりするアメリアだが、エマはもう舞い上がっている。一人でああでもないこうでもないと呟いた。


「私が教えてあげたいけれど、デビュー前の私ではアメリアの今後の体裁にも良くないし……家庭教師は……」

「ありがとう、でもこれから一年間、寄宿性の女学校で淑女の仕上げマナーってやつを叩き込まれる予定なの。それで今日は学校を紹介して下さった伯爵様や夫人にお礼を言うためにもここに来たってわけ」

「まあ! それでは知らなかったのは私だけだって言うの?」

「エマには私から直接伝えたいって我儘を言ったのよっ」


ぱちん、とウインクを一つ寄越されれば。
そういうことなら仕方ないと胸を撫で下ろした。


「そうね、家の両親のことだもの。きっと貴女のために立派な学校を紹介したのでしょうね。アメリアは努力家で器量が良いから、すぐに素敵な淑女になれるわね」


元々、中流層といってもいくつもの事業を持ちそれを彼女の父が総括しているという莫大な資産家で、上位中流階級という男爵位の僅か下という位置付けなのだ。
幼い頃からある程度のマナー教育は受けており、エマの言葉遣いや所作も隣りで見てきたアメリアにとって、自身と彼女の違いはもう分かっている。
後は細かい調整とそれがこなせるかというセンスと努力にかかっているが、それに関しては得意分野だ。

アメリア・ジョンソンという女性は、常に目標を前に努力を怠らない「負けず嫌い」な性分だということを、二人も理解しているのでただただ素直に喜んだ。

しかしどうにも自分が貴族として名乗るのが恥ずかしく堅苦しいそうで、「パパの功績に浸るつもりはないの。だから私は自由に生きるけどね」などと言い、それを本当に実現する日はそう遠くない。
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