エマ・ケリーの手紙

山桜桃梅子

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満ち足りる日々

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ラベンダーが見頃を終えて。池に浮かぶ紅葉と夕暮れの狭間で、愛らしいピンク色の薔薇、セント・セシリアが何とも物憂げに首を少しもたげている。


夏の卒業パーティー以降、エマはアランとは会えず、まあそれも当然か、と少しの溜息を熱い紅茶と飲み込み、タウンハウスの自室から庭のそれを眺めていた。

手に持っている上質な紙には神経質そうな文字が綺麗にびっしりと並んでいる。
特別な男性、婚約者のアランからの手紙だ。

もう何通目になるだろうか、本当にあの日言っていた通りほぼ毎日のように届くそれには。
「風邪は引いていないか」から始まり、「ホームパーティーでの男性への対処法」だの「君の兄が友人を連れて来たら部屋から出て欲しくない……」
というような内容ばかりであった。

男性と言っても父であるケリー伯爵の友人や仕事関係の人間など、エマより二回り、それ以上の年齢で。兄の友人だって皆、妻帯者や婚約者、恋人のいる者たちだというのに……。
何をそんなに心配することがあるのだろうかと呆れてしまう。

しかし必ず最後には「早く会いたい」という一文だけが、エマを安心させてくれる。
もう一度それに目を落とすと。
文字の終わりのインク溜まりが、自分を求めて焦がれている様子が窺えるのだから愛おしく思えて指でなぞった。


「……私もよ」


忙しくしている僅かな時間の使い道は、本から手紙へと変わっていた。
あの日、唐突に届いた手紙よりかは随分とロマンチックな内容になったとほくそ笑む毎日。


「さて、私も返事を出さないとね」


そんなやり取りを続けていたある日、侍女が朝と夕方に一通ずつの手紙を持って来た。
一つはアランの封蝋、もう一つは。


「アメリアだわ!」


幼馴染二人が奇跡的にも同じタイミングで手紙を寄越してきたのだ。
ここ何年かは商業と経営を学ぶために通っている職業学校の試験などで忙しくしていたアメリアが、何とこのタウンハウスへ遊びに来ると言う。
しかも今年めでたく合格し卒業したので「もう自由!」と文面からもその喜びが見て取れる。

アランの方も「やっと会いに行ける!」と書いてあるのだから、エマはもう嬉しくてすぐに二人へ返事を出した。
もちろんアメリアにはきちんとアランとのことも報告して。

それから様々な用事、ホームパーティーやお茶会をご機嫌でこなし、時折あの卒業パーティーの話題にもなったが。もうアランと気持ちが通じ合っているエマには今更取り繕う必要などなく、何なら「彼女リリィには更にお互いの思いを深めてくれて感謝すらしている」と心の余裕まで見せる。
今年はその件で、やはり公爵令嬢のエルシーが目を回すように予定が入っていることを聞き、自分が参加したら遠慮なく盛り上がれないだろうと。
「来年の成人の義でお会い出来ることを楽しみにしております」との手紙と、囁かな贈り物で済ますことにした。



そうして、まだかまだかと眠る日を数え、久しぶりに三人で会えると浮き足立って、高ぶる感情で呑気なことを考える日々。

(アランはああ言っていたけれど幼い頃の話だもの。それにあの日きちんと伝えることも出来たのだし、私がもう今までのような態度で接することもないし大丈夫ね。きっとアメリアも「やっとくっ付いたの?」なんて喜んでくれるに違いないわ!)

なかなか寝付けないベッドの中で、くすくすと一人笑い声を洩らす。





しかしそれがこのような結果になろうとは……。
エマだって想像が出来なかったのだ。
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