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伯爵令嬢、エマ・ケリー
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伯爵も、などと強調されるとやはりあのテラスでの会話が夢ではないことをエマに実感させてくれる。
今日一日で何度も聞いたのだから、もういちいち反応せずともテーブルを挟んだ向こうで言う、彼のその素直な言葉を今は噛み締めるよう頷いた。
するとアランが真面目な話を切り出す。
まるでこれが伝えたかったことだとでも言うような口振りで。
「エマ、俺はこれから将来のために進学して、勉強をしながら父の仕事を手伝うつもりだ。そして父のように伯爵の統べるこの領地を支える人間になりたい。だから……」
「待っていろと言うのね」
「ただ、次は寄宿制ではないから今までよりは少し会う時間があると思う。何が言いたいかと言うと、俺は君との時間を出来るだけ埋めたい」
今まで長期休暇がなければ会うことも出来ず、きっとこれからも通学とは言えベネット子爵の仕事も手伝うということは。
更に忙しくなるのであまり変わらないように思えたが、無理してでも自分との時間を作るというアランがエマには可愛く思えた。
こんなことを口にすれば、「男相手に可愛いとは何だ」と言われそうなので黙っておくことにしよう。
「無理だけはしないで。急がなくていいの。でもそうね、手紙を書いて欲しいわ。短くても貴方がその日あったこと、楽しかったこと、また愚痴でも……それだけで私はその日一日、きっと貴方のことを考えて過ごすから」
エマはそれだけで以前よりかはずっと彼との時間を共有出来るように思える。
学校にいた頃は毎月決まった日にしか手紙が出せず、ホームシックや恋愛事など勉学に支障をきたすことがあってはならないと、家族や特に恋人、婚約者に送る手紙はあまり良い顔をされないのだと聞く。
事実、エマ宛に送られた手紙はクリスマス前のあの一通が最初であり、彼の学校へ返信することにも気が引け避けた。
だからといって今思えば、やはり母にも侍女にも言われた通り、テラスハウスへ送ったというのは意地が悪かったなと……。
しかしそんな少しの罪悪感も吹き飛ばしてくれるのだ。
「ああ、それならば毎日届くようにしよう」
「……貴方って意外と独占欲が強いのね」
何の気もなしに言った台詞がどんな風に引っかかったのか。アランが嬉しそうに笑った。
「はは、やっと気付いたのか? アメリアにも聞いてみると良い」
「どうして今、彼女が出てくるのよ」
「あいつとは幼い頃から散々とエマを奪い合ってきた仲だ。その日最初に会話をするも、一緒に遊ぶも、クリスマスケーキのチェリーを分けて笑顔を得るも、隣りに座るも……」
「う、うそでしょう?」
アメリアからも以前にチェリーの話は聞いたが、まさか自分の知らぬところでそんな争奪戦のようなことが繰り広げられていたなどとは。
呆然としているエマにアランが、
「だから隣りに座ってもいいか?」
そんな話を聞かされた後で問われてしまえば、エマには断るなどという選択肢を持つことすら出来ない。
幼き日のエマには意地悪で喧嘩ばかりを吹っ掛けてくるアランは大魔王のように見えて、その理不尽から守ってくれる強くて優しいアメリアをヒーローのように思って疑わなかったのだから。
それがまさか幼馴染は二人とも大魔王だったと今更言われたエマは、「何て勝手な人たち」だと思う。
しかしずっと気持ちの裏返しで失敗に終わってきたのだと。あの頃の小さな男の子の気持ちを救ってやりたいとエマは。
「もちろん。こちらにいらっしゃい」
その願いを全て叶えてあげたくなってしまうのだ。
今日一日で何度も聞いたのだから、もういちいち反応せずともテーブルを挟んだ向こうで言う、彼のその素直な言葉を今は噛み締めるよう頷いた。
するとアランが真面目な話を切り出す。
まるでこれが伝えたかったことだとでも言うような口振りで。
「エマ、俺はこれから将来のために進学して、勉強をしながら父の仕事を手伝うつもりだ。そして父のように伯爵の統べるこの領地を支える人間になりたい。だから……」
「待っていろと言うのね」
「ただ、次は寄宿制ではないから今までよりは少し会う時間があると思う。何が言いたいかと言うと、俺は君との時間を出来るだけ埋めたい」
今まで長期休暇がなければ会うことも出来ず、きっとこれからも通学とは言えベネット子爵の仕事も手伝うということは。
更に忙しくなるのであまり変わらないように思えたが、無理してでも自分との時間を作るというアランがエマには可愛く思えた。
こんなことを口にすれば、「男相手に可愛いとは何だ」と言われそうなので黙っておくことにしよう。
「無理だけはしないで。急がなくていいの。でもそうね、手紙を書いて欲しいわ。短くても貴方がその日あったこと、楽しかったこと、また愚痴でも……それだけで私はその日一日、きっと貴方のことを考えて過ごすから」
エマはそれだけで以前よりかはずっと彼との時間を共有出来るように思える。
学校にいた頃は毎月決まった日にしか手紙が出せず、ホームシックや恋愛事など勉学に支障をきたすことがあってはならないと、家族や特に恋人、婚約者に送る手紙はあまり良い顔をされないのだと聞く。
事実、エマ宛に送られた手紙はクリスマス前のあの一通が最初であり、彼の学校へ返信することにも気が引け避けた。
だからといって今思えば、やはり母にも侍女にも言われた通り、テラスハウスへ送ったというのは意地が悪かったなと……。
しかしそんな少しの罪悪感も吹き飛ばしてくれるのだ。
「ああ、それならば毎日届くようにしよう」
「……貴方って意外と独占欲が強いのね」
何の気もなしに言った台詞がどんな風に引っかかったのか。アランが嬉しそうに笑った。
「はは、やっと気付いたのか? アメリアにも聞いてみると良い」
「どうして今、彼女が出てくるのよ」
「あいつとは幼い頃から散々とエマを奪い合ってきた仲だ。その日最初に会話をするも、一緒に遊ぶも、クリスマスケーキのチェリーを分けて笑顔を得るも、隣りに座るも……」
「う、うそでしょう?」
アメリアからも以前にチェリーの話は聞いたが、まさか自分の知らぬところでそんな争奪戦のようなことが繰り広げられていたなどとは。
呆然としているエマにアランが、
「だから隣りに座ってもいいか?」
そんな話を聞かされた後で問われてしまえば、エマには断るなどという選択肢を持つことすら出来ない。
幼き日のエマには意地悪で喧嘩ばかりを吹っ掛けてくるアランは大魔王のように見えて、その理不尽から守ってくれる強くて優しいアメリアをヒーローのように思って疑わなかったのだから。
それがまさか幼馴染は二人とも大魔王だったと今更言われたエマは、「何て勝手な人たち」だと思う。
しかしずっと気持ちの裏返しで失敗に終わってきたのだと。あの頃の小さな男の子の気持ちを救ってやりたいとエマは。
「もちろん。こちらにいらっしゃい」
その願いを全て叶えてあげたくなってしまうのだ。
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