エマ・ケリーの手紙

山桜桃梅子

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伯爵令嬢、エマ・ケリー

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「そんなことでいいのか?」

「それが一番、私を安心させるのよ」


きっと今から脇に捌ける二人を、まだかと目で追う友人たちや顔見知り、また見知らぬ人々が囲うだろう。
リリィが何か仕掛けるのならば、大勢が集まったその中で、賞賛に混じり良からぬ言葉で注目を攫う手筈。


「今から何が起こっても。黙って私だけを信じて目を離すのではないのよ?」

「何も心配しなくていい。エマしか見えていないと最初にも言っただろう?」


これから陥れたい人間が仲睦まじく見つめ合うことは、可愛げがない、器量がない。ましてや不貞を働いているのではなどという噂を薄れさせてくれるだろう。「何だ、お互いそんな風には見えないではないか」と興味をなくすに違いない。


「それでいいわ。貴方だけは……私のこと、嫌いにならないわね?」

「愚問だな」


エマが向ける視線の先には、同じことを思っていたのであろうエルシーが、アランの表情を見遣り「よくやった」とウインクを送る。
彼女の周りにいた令嬢たちも拍手を差し出し送っていた。
それを泣きそうな面持ちでエマが笑う。

(ねえアラン?  私は最低な女よ。貴方の気持ちをこうして利用して自衛しているのだから……。それでもこれが結果的にアランの体裁をも守る手段でもあるの。そして酷く安心してしまう、この人の視線も言葉も。気持ちをきちんと定めていないくせに、本当に不誠実だわ)

壁際までアランにエスコートされると、予想していたように人々が集まり、
「エマ様、本当に華やかなダンスでした」、「アラン、君の婚約者は素晴らしいな!」などと賞賛の言葉を寄越す。

二人は互いに見つめ合うと照れたように、嬉しそうに微笑んだ。
その姿は誰が見ても慈しみ合い気持ちを温め成長させたと感じさせるではないか。
愛のない政略結婚、家格を守るための道具、献上品として扱われることが当然の男性社会で。
その稀な光景は令嬢たちを羨望と嫉妬の入り交じる視線にさせる。

興味がなくても面白くなくても、人集りが出来てしまえば何となく足を運んでしまうのが世の常だろう。これくらい集まれば十分だと後ろから媚びた声が通った。


「エマ様、お久しぶりです!」


赤茶髪をくるくると巻き、ハーフアップツインテールを跳ねさせて、ピンク色の生地にたくさんのフリルとレースを付けた少女が人々を掻き分け、「お会いしたかったです」とエマの手を取ったのだ。


「ダンス、素晴らしかったです」


感動したと上目遣いの目が三日月のように細まり、口角をいやらしいほどに上げるのでエマは胸中慄いた。

(この子、前はこんなゾッとするような表情を浮かべていなかったはず……)


「お久しぶりね、リリィ様」

「私、それはもう心配したのですわ」

「まあ……何をそれほど心配させたのかは分かり兼ねるけれど、ごめんなさいね?」


嘲笑うエマに強気な目を向けたリリィが強調し聞かせるように声を高くした。


「エマ様、アラン様と仲良くしているのですね。ほら前に遊びに来ていただいた時には……吃驚したものですから」


その言葉に周囲の雰囲気が変わり少しざわめく。
「何も今やって来て言うことか?」、「それよりも何処のお嬢さんだ?」との囁きが飛び交ったのだ。


「まあ、元々仲がいいわよ?」


ねえ?  とアランを見遣れば、喜色満面で額づく。
リリィは眉をピクリと動かした。

(やはりまだ、アランを奪いたいのよね)

するとずっと後方にジャスパーが見えて焦ったように最前へ来て視線が繋がった。
エマは咄嗟に目で制して首を僅かに振る。
不安そうで申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
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