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第3章 秘めし小火と級友の絆編

46.コーヒーと白蜘蛛

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とある部屋に備え付けてある椅子に腰をかけているファイ、ウィン、そしてクラン。
目の前には、椅子と同じシンプルなデザインのテーブルと、その上には綺麗に6つに切り分けられたアップルパイが、各皿に配られ置かれている。

少し緊張気味なのか、3人とも背もたれに背中を付けないように気を付けながら、姿勢良く静かに座っていた。


さて、何故こんな状況になっているかと言うと、話は1時間ほど前にさかのぼる。




ハロルドが、静まり返った部屋で指を一回鳴らす。
外の雑音が一切聞こえてこないこの完全防音の部屋に、指を鳴らす時に出たパチンと言う音だけが、妙にハッキリと部屋の中に鳴り響いていた。

すると、ハロルドの目の前にある氷の檻が崩れると同時に、フリッドを包み込んでいた氷の塊が、光の粒となって一斉に砕け散るように消えてしまったのだ。

その拍子に、気を失っているフリッドは床に倒れ込みそうになってしまうのだが、そうなる事も計算済みだったのか、難なくハロルドによってかかえられたのだった。


「本当に、世話のかかる弟だ………」


ハロルドがそう呟くと、頭と膝を腕で支える、俗に言う"お姫様抱っこ"でフリッドを抱えながら部屋の外に繋がる扉の方へ歩き始めた。


「あ、あの!」


咄嗟とっさに、ファイがハロルドを呼び止めた。
ファイは、抱えられているフリッドの具合を気にかけており、心配そうな表情を浮かべていた。

ハロルドは、フリッドに対してそこまで気にかけている様子のファイをじっと見つめていると、不意に少しだけ口元を緩ませるのだった。


「よかったら、ウチでコーヒーでも飲まないかい?」



こうしてファイたちは、ハロルドとフリッドの兄弟が住んでいる家へと招待されたのだった。





「そんなにかしこまらず、くつろいでくれて構わない。コーヒーで良かったかな?」


ハロルドが、コーヒーが入ったカップをテーブルへと運んでくる。
その運ばれてきたカップが、全部同じデザインであることから、どうやら来客用のカップのようであった。


「………あ、ハイ。ありがとうございます!」


目の前に置かれたカップから漂ってくる香りには既に高級感があり、コーヒーの知識がないファイたちでさえ、安物とは明らかに違うと分かってしまうほどであった。


「あの、フリッドは大丈夫なんですか?」

「弟のことは心配しなくていい。今は、ぐっすり寝ている」

「で、でもでも、起きたら、さっきみたいに暴れだすんじゃ………???」

「先ほど私が使った"眠りスリーピング・ビューティー"は、封印効果がある。よって、当分は"あの獣"に支配はされることはないだろう」

「………"あの獣"って、もしかして先生が言っていた"フェンリル"のことですか?」

「その通り。あれは、"フェンリル"………氷を支配する狼の姿をした、怪物だ」

「なんで、そんな怪物がフリッドの中に居るんですか?」

「それは………」

「…………ゴホンッ!!」


急に、レイヴンが咳をする。
それはまるで、ハロルドの話を遮るかのようであった。
如何にもわざとらしい咳に、ファイたちは不思議そうな顔をしていたが、ハロルドはその意図が分かったのか「あぁ、なるほど」とまた一人で納得してしまっていた。


────カンカンッ!!


突然、何かを叩くような音が窓の外から聞こえてくる。
音のする方を見てみると、デカくて真っ白い蜘蛛が前足の爪で窓ガラスを叩いていた。


「ひぃいいいーーーっ!?」


窓の蜘蛛を見たウィンが悲鳴をあげ、思わず近くに居たファイを掴み、盾にするように後ろに隠れたのだった。


「…………蜘蛛?…………誰かの使い魔?」

「あの白い蜘蛛は確か、じいさんの………」

「あぁ、間違いない。校長の使い魔だ」


ハロルドが窓を開けると、白い蜘蛛がカサカサと音を立てながら家の中に入ってきた。


「ちょっ!来る!ファイ、蜘蛛こっち来る!!」

「ウィン、ただの蜘蛛じゃなくて使い魔だよ」

「…………急に襲ってきたりしないから、大丈夫だよ…………」

「例え使い魔でも、蜘蛛は嫌いなの~~~!!」


テーブルの上にまで登ってきた白い蜘蛛は、先ほどハロルドに差し出されたアップルパイを、呑気に食べている。
その間に、蜘蛛の背中に貼り付けられていた手紙を外し、それに目を通していた。


「ふむ、どうやら校長が呼んでいるようだ。しかも、私だけではなく」

「俺も、か」


レイヴンが小さくため息を吐きながら、「やれやれ」と言った感じで首を数回横に振る。
そして、テーブル上に出されていた自分の分のコーヒーを一気に流し込んだのだった。


「………ふぅ。と言うわけでお前ら、後は頼んだぞ」

「え?どう言うこと?」

「私たちは、急に出かける用事ができてしまった。申し訳ないんだが、フリッドの事を見ていてくれると助かる」

「任せといてっ!!ね、クラン♪」

「…………うん」

「冷蔵庫にある物も好きに食べたり、使ってもらって構わない。………弟を任せたよ」


ハロルドは、ファイたちにそう言い残すと、レイヴンを連れて部屋を出ていってしまった。ついでに、テーブルの上を我が物顔でのさばっていたデカい白蜘蛛も、ハロルドたちの後に続き、カサカサと音を立てながら家の外に出ていったのだった。






「ん…………?ここは……………?」


目が覚めると、見慣れた天井が目の前に広がっていた。さらに、その天井には、難しそうな魔法の術式がビッシリと記されている大きな紙が、何枚も貼られていることから、ここは間違いなく自分の部屋だと言うことがわかった。


「確か、僕は…………兄さんの攻撃を受けて…………その後は…………」


ハロルドが放った“アイシクル・ランス“によって壁に叩きつけられ、さらにその壁に“はりつけ“にされたまでは覚えている。
だが、そこから先がどうにも覚えていないのだ。微かに、記憶に残っているのは頭の中に聞こえてきた、あの不気味な声だけであった。


「そうだ!あの声は………と言うことは、僕は“また“…………」


フリッドは、頭の中であやふやで断片的な記憶を一個一個整理することで、今の状況を多少なりとも理解することができた。
しかし、それらを理解したことで、残念ではあるのだが、肝心な勝負の結果についてもある程度察しがついてしまったのだった。


「まだ、勝てないのか…………あれだけ頑張っても、まだ………………ん?」


ハロルドとの勝負に負けたことに対して、今まで積み上げてきた努力が全否定されたような、どうしようもない喪失感が込み上げてくる。
今にも目から涙が溢れそうになったその時であった。

なぜか、自分一人しかいないはずの部屋の中で視線を感じたのだ。

視線を感じる方へ、ゆっくりと振り向くとそこには、フリッドが寝ているベッドの横で静かにフリッドを見つめている、クランの姿があった。








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