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第3章 秘めし小火と級友の絆編

44.投げ槍と針

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「"コレ"を出すのも、5年ぶりか」


まるで雪の結晶を象ったかのような神秘的な盾を構えたハロルドが、そう静かに呟いた。
それは、盾と言う一つの武器の一種として、何より戦闘でしか使うことがない物騒な呼び方よりは、"芸術作品"と言った表現の方が似合っていると思うほどの美しさであった。
そのあまりの美しさに、ここに居る殆どの者の視線を釘付けにしてしまうのは、もはや必然だった。


「な、なんだよあの盾……?」

「………綺麗」

「まさか、アイツがこんなに早く"アレ"を出すとは思わなかったな」

「先生、あの盾のこと知ってるの??」

「………アイギス・システム。ハロルドが一番得意とする超防御特化型の盾を造り出す魔法で、ある一定の条件下では"絶対防御"を誇ると言っても過言じゃない、まさに“無敵の盾“ってやつだ」

「絶対、防御……?」

「その高い防御力は、あの五大英雄の"ギルバート・ガードナー"にも負けずとも劣らない、なんて言われるほどらしいぜ」

「それって、あの"白盾の守護者"と同じレベルの防御力ってことっ!?」

「さて、そんな難攻不落の要塞を、どう攻略するのかお手並み拝見といこう、フリッド」




「────穿うがてッ!!"アイシクル・ランス!!!」


フリッドが右足の底を、思いっきり床に叩きつける。
すると、そこから槍のように鋭くなった氷の結晶の束が、一直線に突き進んでいく。
さらに、ハロルドが居る位置まで続いている床の魔法陣を通過する毎に、その氷の結晶はより大きく、より鋭くなっていき殺傷力を増していくようであった。


「ふむ………まずは、様子見といったところか」


ハロルドは、先ほど造りだした雪の結晶を象ったような神秘的な盾に魔力を込めると、あっという間に元々の3倍ほどのサイズへと変わっていく。
使用者であるハロルドの体が隠れてしまうほどに大きくなった雪の結晶の盾に、槍が激しい音を立てながら次々とぶつかっていったのだった。

しかし、あれだけ鋭い氷の槍が勢いよく突き刺さろうとしてるにも関わらず、一見防御力があるとは到底思えないその綺麗な盾を貫通することは出来ず、逆に粉々に砕かれてしまっていた。


「まだまだ!」


フリッドは、再び足を床に叩きつけると、再度無数の氷の槍がハロルドへと目掛け直進していくのだが、結果は先ほどと比べて何も変わることはなく、全て受け切られてしまうのだった。


「……いくらやっても無駄なことだ。そんな攻撃でこの“アイギス・システム“を崩せるとでも思っているのか?」


フリッドが何度攻撃をしようとしても、ハロルドの"アイギス・システム"を崩すことは容易ではなかった。
これは、単純に両者の実力差が明らかであると言う証拠でもあった。


「今の僕の“アイシクル・ランス“ではその“絶対防御“を崩すのは無理のようですね。………それなら!」


しかし、フリッドは諦めていなかった。ここまで実力差を見せつけられても、尚怯むことなどなく、目の前の攻略対象を攻め崩そうとしているのだ。


「────“遠隔造形魔法陣“、展開!」


フリッドは、今度は足ではなく両手を床へと翳すのだった。
すると、両手が触れた箇所に魔法陣が現れたと思いきや、そこから少し離れた壁側にも同じような魔法陣が出現した。

魔法陣は、合わせて4つ。
部屋の中央にいるハロルドを四方から狙い撃ちできるように巧みに設置されていたその魔法陣から、氷で造られた巨大な弩弓が一斉に展開されたのだ。
さらに、それとセットで造られた矢………ではなく、丸太のような太さの投げ槍が既に装填されており、尖った先端がハロルドへと真っ直ぐ向けられていた。


「……なるほど、強力な上級魔法を使えるようにするために"氷結フリージング空間・スペーシオン"を発動させたと思わせて、実は時間がかかる遠隔での造形魔法を、短時間で済ませるためのだったか」

「その通りです。いくら兄さんの“アイギス・システム“でも、四方からの一斉攻撃は防げないはず!」


勝利を確信したフリッドが、ハロルドに引導を渡すべく、今までで一番の強力な魔法を放とうとしている。
おそらく、これがフリッドの全力なのだろう。
なぜなら、彼のその表情が、これ以上の余力を残しているとは到底思えない程、必死だったからだ。

そう、この一撃に持ちうる全ての力を出し切るために。


「これで僕の勝ちです!────撃ち抜けッ!“アイシクル・ジャベリン“!!」


フリッドの合図により、弩弓にセットされた投げ槍が一斉に発射される。
勢いよく投擲された槍が、ハロルドが居る地点まで到達してしまうのは10秒もかからなかった。
フリッドの言う通り、いくら“絶対防御“を誇るハロルドの“アイギス・システム“と言えど、四方向からの同時攻撃を完璧に防ぎ切れる筈がないのだ。



しかし、フリッドは分かっていなかった。"ハロルド・グラース"と言う"天才"の本当の実力を。


「─────“アイス・ニードル“!」


ハロルドは、空いている右の手だけで4本の氷の針を造り出すと、四方から猛スピードで飛来する氷の投げ槍に向けて、腕を軽く振るうように撃ち込んだのだ。
だが、フリッドが弩弓によって投擲してきた丸太の如く太さの槍に対して、片やハロルドが造った氷の針はナイフ程度しかないため、結果は目に見えていた、と思われた。

しかし、予想に反して氷の針は槍の中央を見事に貫通すると、そのまま一直線に飛んでいって綺麗に弩弓ごと撃ち抜いてしまったのだ。
それにより、弩弓と槍は呆気なく砕け散ってしまい、跡には残骸として魔力も何も持たない、ただの氷塊が無残にも散らばっているだけであった。


「そんな、有り得ない………氷属性の最下級魔法である“アイス・ニードル“で、僕が造った“アイシクル・ジャベリン“を破壊するなんて………」

「当然の結果だろう。そんな付け焼き刃の魔法で、私に勝てると本気で思っていたのか?」

「くっ………まだです!!」


フリッドは、まだ諦めてはいなかった。
そして、魔力を使いすぎて疲れ切った体に残った全ての魔力を振り絞るかのように集中し始める。
フリッドの周りに、今までにないくらい大量の冷気が漂い始め、それが傍観しているファイたちの足元まで広がってきていた。


「………うぉぉおおおーーー!!!」


フリッドの雄叫びが、部屋全体に響き渡る。

こんな感情を顕にした彼の声を聞いたのは、実の兄であるハロルドさえ初めてだった。

フリッドが自らを鼓舞するように叫びながら、めいいっぱい叩きつけた足元からは、幾つもの氷の結晶が、鋭い槍となってハロルドへ襲い掛かろうと突進してきたのだ。


「お前に見せてやろう。………本物の上級魔法と言うものを」


────パチンッ!!


フリッドは右手の指を鳴らす。
この場所が氷や雪で覆われているため、余計な雑音は消えてしまっているのか、その音だけが綺麗に反響していた。
すると、ハロルドのすぐ目の前から氷の結晶が無数の槍となって伸びていく。
それは、フリッドが放ったのと同じ“アイシクル・ランス“の筈なのだが、明らかに違っていた。規模、質、威力など全てがフリッドを上回っていて、何よりそのどうしようもない事実を氷魔法に詳しくないファイでさえ、瞬時に理解してしまう程であった。

フリッドが気付いた時には、自らの"アイシクル・ランス"はいとも簡単に蹴散らされてしまい、フリッド自身も大量の氷の結晶の波に飲み込まれた挙句、壁に叩きつけられ終いには氷に身動きを封じられていた。

偶然かどうかは定かではないが、両腕を氷で拘束されてあるその様は、まさに"磔"にされているようであった。


さすがに、ハロルドもこれ以上の追撃はしなかった。
その上、ある程度の手加減はしていたのであろう、フリッドも大した怪我はしていないようであった。


「……………また、勝てなかった…………まだ、届かないのか………………」


氷の結晶で、身動きを封じられているフリッドが今にも途切れそうな声で小さく呟く。
そして、気を失いそうになったその時、頭の中に不気味な声が響いてきたのであった。


「……………力を貸してやろうかァ?ナァ、相棒…………」







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