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第2章 秘めし小火と黒の教師編
25.校長と教頭
しおりを挟む「じゃあ、俺は校長に呼ばれてるから席を外すが、サボるんじゃないぞ?」
そう言うとレイヴンは教室を出ていった。
時刻は朝の7時。
今はまだ、ほんの数人の生徒しか登校していない時間帯であり、授業の合間などに生徒や先生たちの話す声が飛び交っている賑やかな学園とは違い、静かで爽やかな朝の空気で満たされていた。
「うへぇ、もう反省文嫌だよ~」
「仕方がないよ、ウィン。それより、早く終わらせちゃおう」
朝の教室と言う静寂の中で、ペンが紙の上を走る微かな音だけが奏でられている。
普段からこの教室に居るのは先生であるレイヴンを含めて5人だけなのだが、こうして2人だけだと何だか新鮮である。
「ねぇ、ファイ」
「ん?どうしたの?」
「………アタシ、もう一度“飛ぶ”のを頑張ってみようって思うの」
「え?」
「ライナを助ける時、一瞬だけだったかもしれないけど空を飛んだ時に思い出したの。小さい頃大好きだった、“空の感覚”を」
「“空の感覚”かぁ」
「うん!風が体を包み込む感触とか、微かな空の匂いとか、そこから見える風景とか。昔あった事故のせいでそう言うのを全部忘れてたけど、あの時思い出したの」
ファイに空のことを話しているウィンの目は、とてもキラキラと輝いていた。それはまるで、無邪気な子供の純粋な気持ちが現れているような眩しい輝きであった。
「そっか、がんばってウィン!」
「うん!アタシ、絶対また飛べるように頑張るから!」
「俺に出来ることがあれば手伝うから、何でも言ってよね」
「ありがとう、ファイ♪」
「………今回の件、生徒への教育が甘かったのでありませんか?レイヴン先生」
背表紙に書いてあるタイトルから明らかに難しいであろう本が、部屋の壁を埋め尽くすほどの本棚にビッシリと並んでいる。
部屋の中央には、高価そうな木で作られた立派な机と椅子が設置されており、そこにはまるでサンタクロースのような白くて長い髪と髭を蓄えた老人が静かに座っていた。
「教頭の仰る通り、生徒たちが危険なことをしたのは一重に私の責任です。申し訳ありませんでした。」
「であるなら、生徒に適切な処罰を与えるのが担任教師の責任のはず………それなのに」
先ほどから、レイヴンに対してまるで取り調べをしている尋問官のような態度をとっている背の低い男が、やや興奮気味に自らが持っている杖の先を勢いよく床に突き当てた。
すると、突かれた床には杖の先の形の窪みができ、その窪みから複数のヒビが放射状に広がっていた。
「本来であるなら、謹慎処分が妥当ですぞ!!よりにもよって、反省文だけで済ませるとは何事かっ!!!」
両サイドからギザギザ状に突き出た黒髪の所々に白髪が混じっており、日頃の苦労が垣間見える。レイヴンより少し背が低いのだが、眼鏡越しに睨んでくるその眼光は鋭く、厳しさが伝わってくる。
"エルツ・フェルゼンシュタイン"。このクロノス魔法学園で、教頭をしている。
「生徒たちも十分反省しているようなので、反省文でも問題ないかと。それに、危険行為ではありましたが、彼らの取った行動はとても誇らしい事だと、私は思っています」
「貴公のそんな下手な甘やかしが、生徒たちを堕落させているのになぜ気づかないっ!?」
レイヴンとエルツが、こうしてぶつかることは珍しいことではなかった。
このクロノス魔法学園に居る優秀な教師たちを纏め上げなくてはならないと言う教頭としての強い責任感が、型に囚われずに自由気ままなレイヴンの行動が許せないのであろう、事あるごとにこの2人による口論はヒートアップしていった。
「まぁまぁ、教頭。少し落ち着きなさい」
先ほどから、2人のやり取りを黙って聞いていた白髭の老人が徐に口を開いた。
すると、レイヴンと教頭のエルツは言い争いを即座に中止し、黙って老人を見つめていた。
「確かに、教頭の言うことはご最も。しかし、レイヴン先生の言うことも一理ある。よって今回は、レイヴン先生に委ねることとしよう」
「ありがとうございます」
「こ、校長!?」
「じゃが、生徒に危険が及ばぬ様に引き続き十分な指導をするように。よいかな?」
「はい。それは重々承知しております」
「ぐぬぬぬぬ………」
「校長、いくら校長自らスカウトして連れてきたとは言え、あの男を少々甘やかしすぎではありませんか?」
レイヴンが校長室から去ったあと、教頭と校長の2人だけとなった校長室では、教頭は先ほどのやり取りの結末に納得がいかないのか少々イラついているようであった。
「そんなことはないぞ?ワシは、レイヴン先生だけではなく、誰にでも甘い。それが良いところでもあり、悪いところでもあると思っておるからの」
一方、校長の方は灰色の目を細めながら窓から見える学園へと繋がる道をじっと見つめていた。
すると、その道を丁度白いベレー帽をかぶったクランが歩いており、それを見つけると優しい眼差しを送っていたのであった。
「………さて、ワシはこれから出かけるから、あとのことは頼みますぞ、教頭」
「今度はどこにお出かけですか?」
「また、"例の場所"にな。今日中には戻る」
校長はクローゼットから上品な銀色のラメ生地が使われているローブを取り出すと、それを羽織り校長室を後にした。この銀色のローブは外へ出かける時は必ず着ていくほどで、校長本人もとても気に入っている逸品である。
「………お気をつけて」
校長室に残された教頭のエルツは、浅く礼をしたままの姿勢で校長を見送っていた。それはまるで、長い旅路に立つ友の無事を祈るかのように見えたのであった。
しばらく礼をした後、その場にしゃがみ込むと徐に足元の床へと手を伸ばし、優しく触れた。
すると、先ほど杖の先で窪ませてしまった箇所が、元の傷もヒビもない綺麗な状態へと戻り、それを念入りに確かめたエルツも誰も居なくなってしまった校長室を静かに出ていった。
「………遠足?」
「そうだ。と言っても、ただの遠足じゃないぞ。ちゃんと勉強にもなる所謂、野外学習みたいなものだな」
7組のメンバーが全員揃った朝のHRで担任であるレイヴンから知らせれたのは、遠足と言う野外学習の存在であった。
「そろそろお前たちもこのクラスに馴染んできた頃だと思ってな。この遠足で、更にお互いの事を理解できるようになってもらいたい」
「何でこの歳にもなって遠足なんて………」
隣の席のフリッドが何やら文句を言いたそうにブツブツとぼやいているのだが、ファイにとっては初めての遠足で、今から胸の高鳴りを抑えることができなかった。
ファイが住んでいた村の学校では、当時村の外は危険だと言われていたため、そう言う村の外に出かける行事も無かったのだ。
「先生ー、それで遠足ってどこに行くんですかー?」
「それは明日になってからのお楽しみだ」
「そっかー、じゃあ明日が楽しみだね~♪………ん?明日?」
「………明日になってからって、もしかして………」
なぜ普段から気怠そうなこの先生が、なぜ遠足なんて面倒な行事に乗り気で、尚且つこんなに無駄にテンションが高いのかが、ここ3週間の付き合いでその理由が何となく予想できてしまうファイたちであった。
そして、その本当は当たって欲しくない7組の生徒たちの予想が、残念ながらも的中してしまうことになるのである。
レイヴンが目の前に置いてある教卓に思い切り両手をつき、怪しげな笑みを浮かべる。そして、嫌な予感しかしないと言う表情を浮かべる教子たちにこう告げたのである。
「明日、朝6時クロノス魔法学園の校門に集合だ!遅れるなよ!」
クロノス魔法学園1年7組、野外学習行事“遠足”。明日、朝6時開催である。
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