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第2章 秘めし小火と黒の教師編
15.協力と秘策
しおりを挟む春にしては暖かいを通り越し、少々暑いと思うほど真上から太陽が照らす昼過ぎの午後。本来なら外での授業を受ける学生以外居ないはずのグランドの隅に設置されているベンチに、今日も1人の男が仰向けになって呑気に昼寝をしている。そのベンチの横には大きな木が植えてあり、日の光を遮ってくれてこんな暑い日は涼しく昼寝には絶好で、この男のお気に入りの場所なのである。
「……ん?……まったく、お前も懲りないなぁ」
本当に寝ていたのか、それとも寝たフリだったのかは定かではないが、近づいてくる“訪問者”の気配に気づき、仰向けの状態からゆっくりと身体を起こす。そして、最初からわかってはいるのだが、その正解を確かめるかのようにその“訪問者”の方へと視線を向けた。
「お前1人の力じゃ俺のこのリンゴを落とせないって、いつになったら気付くんだ?……ファイ」
「そんなの、やってみないとわからないさ」
「ふぅん、何か秘策でもあるのか?」
「それは見てからのお楽しみさ!」
ファイは勢いよく男に向けて木剣を振り下ろす。それは、これまでの2日間のどれよりも各段に早く、そして重い一撃であった。
「!」
キィイーーーーン!!
まるで硬い金属同士が激しくぶつかり合ったような高い音がグランドに鳴り響く。しかし、男は今まで剣などの金属を持っていなかったため、ファイはこの音の正体がわからなかった。
だが、次の瞬間その音の正体がわかった。男はいつの間にか黒く光る剣をその手に握っており、それでファイの木剣を受け止めたのであった。
「いつの間にそんな剣を!」
「……俺に剣を抜かせるとは、ちょっと驚いたな」
男がファイの剣を弾くと同時に後方に軽く跳躍し、一定の距離を取る。今までどんな奇襲を仕掛けようがこんな剣を出したことはなかったため、ファイはここからが本番なのだと理解した。
「まぁ、そうでなくては困る。何せ、お前達には英雄になってもらわなくちゃいけないからな」
「覚悟してよね、先生!最初から、全力でいかせてもらうよ!!」
ファイの木剣から振るわれる剣撃は、一見ただの攻撃に見えたが実はそうではなかった。振るった剣筋から赤い炎があがり、普通の布や木の枝であれば一瞬にして焦がしてしまうほどの付与魔法が施されていた。
「……なるほど、避けたと思って油断したところに炎の斬撃が飛んでくる訳か……。なかなか、面白いじゃないか」
「今日の俺はいつもと違うからね。舐めてると、足元すくわれるよ!」
ファイは横薙ぎに剣を勢いよく振るう。すると、赤い三日月型の斬撃が男の足へと真っ直ぐ飛んでいった。
「実力試験のときの“アレ”か」
男は片手で握った黒い剣を下から掬い上げるように軽く振るい、飛んでくる斬撃を上空へと弾き飛ばした。さらに、頭上に飛ばされた斬撃へとジャンプし、目にも留まらぬ速さで数回切りつけまた地上へと戻ってきた。
ファイの放った斬撃はバラバラに砕け、数回の小さな爆発音と共に空の中へと消えていった。
余りにも早い動きであったため、ファイには所々のシーンしか認識できず、レベルの差を痛感させられたのは言うまでもなかった。
「やっぱり、あの時俺の放った魔法を斬ったのも、先生だったんだね」
「ほぅ、よくわかったな。……いや、ちょっとヒントを与え過ぎたか」
普通の試合であれば、先程の一手で事実上の勝敗が付いたのかもしれない。しかし、どれだけ実力差を見せつけられたとしてもファイの攻撃の手を緩めることは無かった。
瞳の中の光はより一層の輝きを放っており、まるで逆転の一手に繋がる“何か”を待っているかのようであった。
………ポツリ。
ふと、ファイの頬に1粒の雫が落ちてきた。上を見上げると先程の1粒が引き金となったかのように、灰色に濁った雲から次々と雫が落ちてきて、空模様は晴れからあっという間に雨へと変わってしまった。
「……残念だったな、ファイ。この雨じゃお前の魔法の威力も大幅ダウンだ」
「そうだね……。俺“の”魔法は大幅ダウンだよ。でも、これを待っていたんだ!」
「アイシクル……」
「!」
「スパイクッ!!」
どこからともなく現れた、氷でできた美しい6つのトゲが男の足元にできた水溜りに突き刺さり、男の足を巻き込んで氷塊へと形を変えた。
「なっ!……フリッド!?」
「油断しましたね、先生!」
「チッ!」
足を固定している氷塊を叩き割って抜け出そうと、手に握っている剣を振るおうとしたその時、男の剣はその氷塊のあと数mmというところで止まってしまった。
なぜなら、地面から伸びた長い泥でできた手が男の右手をガッチリ掴んでいたのであった。
「……クランだな。どうせ、そこら辺で土を使って擬態してるんだろう。俺の気配を察知できるギリギリまでフリッドが近づけたのも、お前の仕業か」
「………正解。でも、もう遅い」
キュィィィィーーーーーーーン!!
ファイには聞き覚えがある独特な音色の甲高い風切音。
首にかけていたゴーグルを目元につけて、ホウキに乗ったウィンが低空飛行で突っ込んできていた。あまりのスピードから美しくなびく緑色の髪が降り注ぐ雨を弾いているよう見え、ウィンが通った後には、地面にできた水溜りから大きな水飛沫が上がっている。
そして、飛行音が雨の音に紛れていたのが幸いし、後方からあと5mほどの距離まで接近していたのであった。
「いっただきーーーー!!」
「させるか!!」
男は剣を握っていた方とは逆の左の掌から、さらにもう1本の黒く光る剣が現れ、その剣で足元の氷塊を叩き割り、そのまま横方向へと身体をバク転させて突っ込んでくるウィンをかわしたのであった。
「まだです!……アイシクル・スパイクッ!!」
いつの間にか飛翔していたフリッドが、バク転によって空中で上下逆さまの状態になっている男目掛けて先ほど足元を凍らせた魔法を放った。
それと同時に、低空飛行を避けられたウィンが先ほどまで乗っていたホウキの柄を握り予め作っておいたのであろう風の球を、低空飛行の途中の不安定な状態から男目掛けて思いっきり打ち放ったのだ。
「ウィンドォ・ストライクゥーーー!!!」
「……チッ!!」
左の剣で右手を掴んでいた泥の手を斬り、身体をクルリと回転させて体勢を立て直した男は、そのまま上からのフリッドと下からのウィンの攻撃を両手の剣で受け止めた。
「今です!……ファイ!!!」
「いっけぇぇーーー、ファイーーー!!!」
「………ッ!?」
2人の予想外な攻撃に気を取られ、尚且つ両手の剣は2方向からの攻撃を受けるために使っているため、男がいる高さへと跳躍してこの頭の上のリンゴを狙ってくるファイへの対抗手段がない状態であった。
「はぁああああ!!!」
「………フッ、ここまでは及第点だ。だが、まだまだだな」
ヒュンッ!!
「!?」
跳躍したファイへと向けて、黒色の小さい三日月型の”何か“が飛んできた。ファイはその飛んできたを避けきれずぶつかってしまい、態勢を崩したまま地面へと落下していってしまった。
「……グランド・ウォール!!」
だが、突然現れた土の壁によりファイは再び男の元へと跳躍し、今度こそ男の頭の上のリンゴに狙いを定めた。
「ありがと、クラン!!……これがラストチャンスだ!!」
「決めてください、ファイ!!」
「頼んだよー、ファイ!!」
「……ファイ………」
…………ヒュンッ!!!
男の頭の上のリンゴ目掛けて振り抜いたファイは、そのまま男を飛び越えて着地したが、相当の魔力を使ったせいか着地した瞬間、思わず膝を付いてしまった。
「ファイ、大丈夫?」
「あぁ、平気だよ。………それより、リンゴは?」
「………ちゃんと、斬られてるんでしょうね?」
ファイ達が目を離した隙に、いつの間にか着地していていた男の頭の上にあるリンゴに4人の視線が集まる。しかし、リンゴのどの場所にも斬られた痕のようなものは1つもなく、無傷のままの状態であった。
「そんな……」
「あんなに頑張ったのに……」
無傷なままのリンゴを目の当たりにして、4人の表情が絶望へと変わる。全員が全力を出し切り、あともう少しと言うところまで追い詰めたのだから、無理もないことであった。
「……お前たち、何勘違いしてるんだ?よく見ろ」
「え?」
男に言われた通り、もう一度リンゴを注意深く観察すると、リンゴの蔕に付いている葉っぱに一筋の切れ目がある事に気がついた。そう、ファイの攻撃は外れてはおらずしっかりとリンゴに命中していたのだ。
「おめでとう、ファイ。お前が俺の授業を受ける最初の生徒だ」
「へへ……ありがとう、先生!」
「さて、じゃあ残った“3人”でまた……」
「よーーし!!1回できたんだ、またこの“4人“なら絶対できるよ!!」
「………は?ま、待て、ファイ。お前はもう授業を受けられるんだから、参加しなくても……」
「別に参加してもいいんだよね?だったら、みんなが当てられるまで俺も参加し続けるよ!」
「なっ……、お前たち最初からそのつもりで協力して………?」
「当然です。1人1人の力では先生に勝てませんからね」
「最初は、リンゴに攻撃を当てたやつから優先的に授業を受けさせてやるなんて言われたから、協力なんてできないって思ってた」
「……でも例え授業を優先的に受けられるようになっても、4人全員揃うまで他の人をサポートすればいいって思いついたの……」
「そう言う事で、先生!あと3回分、相手してもらうよ!!」
1回できたことで自信を持てた4人は、先ほどの攻防での疲れは一体どこにいったのかと思うほどやる気に満ち溢れており、もうすぐにでも始められると言った感じで戦闘態勢を整えていた。
「……………フフ」
「………先生?」
「……クッフフ……ッハハハハハハ!」
「いきなり笑い出して、一体どうしたんでしょう……?」
「………降参だ、こーさん。あと3回当てるまでやるなんてゴメンだね。そもそも、協力してリンゴを当てた時点で、4人全員授業を受けさせるつもりだったからなぁ」
「それって、もしかして……?」
「明日から本格的な授業だ。お前ら、覚悟しとけよ」
「…………ぃぃやったぁあああ!!!」
「はぁ……これでやっと、授業が受けれるんですね」
「あたしたちの、だいしょーりー!!!」
「……………疲れた」
ファイたちは歓喜の声をあげた。この"激しい戦い"は1人の力だけでは到底達成できず、誰一人として欠けようものなら叶わなかったであろう、4人が力を合わせて初めてもたらす事ができた勝利であったのだ。
いつの間にか雨も止み、4人に雲の切れ目から光が差し込んでいく。
光に照らされたファイたちの顔は、雨に濡れ、泥に塗れ、疲労困憊だがまるで1匹の手強いドラゴンでも討ち取ったかの様な、とても輝かしい笑顔であった。
「さぁ、改めて言わせてもらおうか。……ようこそ!俺の……いや、俺たちの”クラス”へ!」
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