異世界忍者譚 (休止中)

michael

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第一部

その16の巻 5年ぶりの会話。

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(う~ん、さて困った。何て声をかけよう?)

 一馬は綾がいる部屋の前をウロウロしていた。
 
 二日目の円卓会議の後、各々が戦いの準備の為に別れた。
 一馬はその準備の中でも大前提、綾に魔法を使ってもらう、と云う交渉をしに今ここに来たのである。
 しかし着いたのはいいが、自分の正体がバレずにどうやったら交渉できるか、と今更ながら悩んでいた。
 
(取り敢えず、ドア越しに話をしたら正体は隠せるか? 一応、念のために手紙は用意しといたが……。いや、こんな時じゃないと綾様と二人っきりで話せない。そう俺は今、綾様と五年ぶりに直接話せるんだ!)

 一馬は自分自身を叱咤激励した。正体を隠している以上綾との会話は、そうそう出来ないだろう。まさしくこれは数少ない機会チャンス
 そう自分に言い聞かせ、扉の前で心を落ち着かせる為に深呼吸を繰り返していた。

「あの、何方どなたかいらっしゃるのですか?」

 突然、綾の声と共に扉が開きかかる。
 慌てて一馬は開きかかった扉を閉め、そのまま抑え込んだ。

「だ、だ、誰もいませんよ! 気のせいではないんですか!?」
 
「でも先ほどから、行ったり来たりする足音が? それに今返事をされていませんか?」

(猿渡一馬! 一生の不覚!)

 一馬は忍びの技も忘れ、大きな足音を立てていたのである。それは一馬がそれだけテンパっていた証でもあるのだが。

「あれ? それにしても、聞いた事がある声…?」

「っ!」

《猿渡流忍術 七色の鸚鵡オウム!》
説明しよう!
 猿渡流忍術 七色の鸚鵡とは、所謂いわゆる声変え、鳴き真似の事である。
 人の声色を真似るのはもちろん、犬、猫、鶏、更にはダチョウなどの動物の鳴き声も再現できる。
 ちなみにダチョウの声が分からない人の為に、今この場で猿渡厳三げんぞう氏にやっていただこう。
   どうぞ。
 
猿渡流当主 猿渡厳三げんぞうの一言
「な、何ぃ! だ、だ、ダチョ~ウ!」


 一馬はこの忍術を使って、咄嗟に誤魔化しにかかった。

(とりあえず! 頼りになる男、アルゴルだ!)

「いんや、気のせいで無いですかねぇ? 俺はアンタが知っている奴とは違うと思いますがねぇ」

「あら、そうなんですか?」

「あたぼうよ! 決してあんたの知ってる幼馴染とかじゃぁ、ありませんぜぇ」

「でも、その突拍子もない声の切り替えをなさるのは、昨日の通訳さんですよね?」

「うおぉ!」

 即効でバレた。
 自分がドツボに嵌まっていくのを感じている一馬は、激しくなる動機を何とか抑え込もうと息を吸い込んだ。

(しかし、まだ昨日の通訳と同一人物とバレただけだ。まだ大丈夫だ。冷静沈着男、クレイで落ち着こう)

「そうです、昨日の通訳です」

「あら、やっぱり。では……えっと、名前が分からないと話しにくいですねぇ。通訳さん、貴方のお名前を聞いてもいいですか?」

「はい、プリムスといいます」

「そうなんですか? 私、昨日この世界の言葉を勉強していたんですよ。確か『一番』と云う意味でしたか?」

「そうです。それが何か?」

「では貴方の事は『一君いっくん』と呼んでもいいでしょうか? 『一番』の一から取らせてもらって、ふふっ」

「ぶふぅーーーー!」

 一馬は盛大に吹き出した。
 もちろん『一君』と云う呼び方は綾が幼い頃に、一馬を呼んでいた呼び方である。
 あまりの驚愕に身体が震えだす。

(『医者ドクター』! お前は『医者悪魔』じゃないなかった! お前は神だ! 『医者疫病神』と云う名の神様だよ! どんだけトラップを用意してるんだよ!)

 扉を押さえたまま、今度は身体から力が抜けていくのを感じる。それと共に『医者疫病神』にふつふつと怒りが湧いてくるのも感じた。
 返事が無い事に不安になったのか心配そうな声を綾はあげた。

「すみません。失礼でしたでしょうか?」

「…いえ、そんなことありません! しかし、何故その名前を!」

「この名前は私の幼馴染の子の愛称なんです。通訳さんの声を聞いたら何だか懐かしくなっちゃって。…不思議だねぇ」

 一馬の顔には冷や汗がいっぱい浮かんでいた。自分が薄氷はくひょうの上を歩いている事を自覚せざる得ない。もう間違えは許されないだろう。そうだ、余計な事はしないようにしよう。変な事をしなければいいんだ。よし、頑張れ、俺。

「ところで勇者綾。貴女に頼みがあって参りました。出来ればこのまま、扉を挟んだ状態で聞いて頂きたい」

「はい? なんでしょうか?」

「魔族が攻めて来た時に、貴女に魔法を使って頂きたいのです」

「魔法を? けど、私は何の力も無いただの人間ですよ? 残念ながら何も出来ません」

「いえそんな事はありません。貴女はそこに居ると云うだけで、周りに力を与える事が出来るのです!」

(特に俺にとっては!)

 一馬は心の底から力強く断言した。

「……つまり、私に旗印に成れという事ですね?」

 呟くように漏れた声だったが、鍛えられた一馬の耳にははっきり聞こえた。その綾の声には暗い響きも混じっていた。    

(あれ? 綾様?)

 一馬はこの綾の反応が意外だった。この言葉は綾の力にもなると思っていたから。
 幼い頃から良くやっていたやり取りを思い出すーー。
 
   
ーー綾姉! 俺が綾姉の全てを守るから、綾姉はそこで笑っていてくれ!

ーー一君いっくん、私は何もしなくて良いの?

ーーうん! 綾姉はそこに居るだけで、俺に力を与えてくれるんだ!

ーーもう、私の方がお姉さんなんだぞ?

ーーだけど綾姉は主君で、俺は忍者! 俺が綾姉を守るんだ!

ーー仕方ないなぁ。一君は。


 こんなやり取りをする度に、綾は何時いつも優しく微笑んでいた。少なくとも一馬が修行に出るまではそうだった。
 一馬の胸にモヤモヤしたものが広がっていく。

「いえ、何でもありません。私は具体的にどうしたらいいのでしょうか?」

 再び話し始めた綾の言葉には既に暗い響きは微塵もなかった。

(綾様? 何だろう? いや、今は正体を知られない様にする事が優先だ。うん、バレないように余計な事はしないで、自然に接しよう)

「詳細はこの手紙をご覧下さい」

 そう言って一馬は、扉の隙間から用意していた手紙を差し込んだ。手紙が抜かれ、綾がそれを読んでいる気配がする。
 そして心底不思議がっている声が聞こえてきた。
 
「……日本語で、書いてある?」

「ぐはぁぁーーーー!」

 自然にし過ぎた。
 胸にあったモヤモヤしたものも一瞬でどっかに行ってしまった。
 日本語以外で書く事なんて、全く考えてもいなかった。全くの盲点であった。言われてみれば確かにそうだが、言われなければ気付かないだろう! 
 『医者疫病神』も何も注意してくれなかった。
    これも奴のトラップなのか!?
 必至で誤魔化しの言葉を一馬は考えてみた。

「……私は通訳ですから、日本語の読み書きも出来るのです」

「あら、そうなんですか? 私、今この世界の言葉を勉強しているんですよぉ。ちょっと教えて頂けませんかぁ?」

 その言葉と共にドアノブがガチャガチャ激しく動き回る。とっさに一馬はそれを全力で抑えた。が、それでも綾はドアノブをガチャガチャと動かそうとする。
 一馬は嫌な予感がした。妙な悪寒が背中をはしる。額から冷や汗が一つ、スーっと流れ落ちる。
 何故だろう? 綾の声のトーンが低くなり間延びして聞こえて来た。

「あれぇ? ドアが開かないなぁ? おかしいなぁ?」

 周囲がフッと暗くなったような気もする。まるで、自分がまた異世界に迷い込んだかのような。
 しかもただの異世界ではない。この異世界を何と表現したらいいのだろうか? あえて表現するとするなら、そう。

 
 
(おかしい! 何か知っているぞ、このシチュエーションは!)

 むかし綾がしてくれた怪談が一馬の頭をぎる。
 確か髪の長い幽霊が襲ってくる話だった。綾は怪談が得意で一馬も何度泣かされたか分からない。その綾が得意としていた怪談の一つだ。
 今はその怪談が現実リアルになって襲ってきているような気がしていた。

「どうしたんですかぁ? 開けてくださいよぉ?」
 
 今度はノックする音が鳴り響いてきた。髪の長い綾の言葉も止まらない。
 全身にかいている冷や汗で、服が身体に張り付いて気持ちが悪くて仕方がなかった。
 そういえば、あの怪談はどんな終わり方をしたのだったろうか?
 扉から感じる圧迫感プレッシャーはますます強くなるばかりだ。

「言葉を教えて下さいよぉ? 私に言葉を教えて下さいよぉ?」

 相変わらずノックする音と綾の声は続いている。

 同じ間隔で、
 
 何度でも、
 
 何度でも、
 
 何度でも、
 
 何度でも。
 
 それは決して止まらずに響き渡る。
 
 ふと怪談の終わりが一馬の頭に浮かんだ。

 そうだ、最後は声と共に扉を透けて来た手が、自分の肩を掴むのだ。

 その時、一際ひときわ大きな声が扉の向こうからあがる。 

「イックゥン~? アケテェ~!」

 その瞬間、一馬の肩に手が置かれた。

「ひいぃーーーー!」

 一瞬で心臓を恐怖で鷲掴わしづかみにされた一馬は、飛び上がった。
 そのままバク転を繰り返して廊下の隅に退避。そして忍者ポーズをビシッと決める。
 ただ顔色は真っ青で息も荒いが。

「な、何をしているんですか? カズマ?」

 一馬の肩に手を置いたのはソフィアだった。
 今ソフィアは目を丸くして、扉の前で肩に手を乗せた体制のままで固まっている。
 
「ソ、ソフィアか? ソフィアなのか? 本当にソフィアなのか?」

「ゆ、勇者アヤに魔法を使って貰う承諾は得られたのですか?」

「い、いや。まだだ。説明はしたが。承諾は、まだ」

 ビビりまくっている一馬にソフィアはビックリしていた。
 ソフィアからすると扉を必死で抑えて呼びかけにも反応しない一馬を不思議に思い、普通に近づいて肩に手を置いただけなのである。

「ドアが、開いた?」

 その言葉と共に綾が部屋から出てこようとしている。
 とっさに一馬は自分と反対方向の廊下を指さして大声をあげた。

「ああ! 向こうからイザベラが逆立ちしながら走って来る!」

「えっ?」

 思わず一馬が指をさす方ソフィアが見た。そのソフィアに釣られるように、綾も同じ方向を見る。
 そこには本当にイザベラが逆立ちしながら走って来ていた。

「ソフィア! 後は頼んだ! さらば!」

「えっ?」

 二人が振り向く前に、一馬はそう言い残すと近くの開いていた廊下の窓から飛び出し逃走した。ここら辺の素早さは、流石忍者の面目躍如である。

「えっ、ちょっと?」

 廊下には戸惑うソフィアと、不思議がる綾、それと逆立ちで走って来たイザベラが残された。
 ソフィアの元にたどり着いたイザベラは、しばらく逆立ちを維持していたが、とうとう力尽き大の字になり、荒い呼吸を繰り返す。
 どうしようかと思案したソフィアは、とりあえず不思議な行動をする女性の方から片づける事にした。

「イザベラ、貴女は何をしているんですか?」

「はぁ、はぁ。いえ、ブッチャ内務卿が、逆立ちしたまま走れば。…頭に血がのぼって。はぁ、はぁ、頭が良くなると教えてくれたので…」

 息も切れ切れに返事をするイザベラ。
 ああ、地味に復讐されているな、ソフィアは納得した。
 不思議な行動をする女性の方は解決したと判断し、ソフィアは不思議がる女性に向き合う事にした。

「勇者アヤ。カズ…いや、プリムスに聞いたと思いますが、我々の為に魔法を使ってもらえませんか?」

「……?」

 ソフィアの言葉に、綾は顔に片手を当て申し訳無さそうな表情を浮かべた。
 しまった、言葉が通じないんでした、とソフィアは反省した。
 しかしこれでは一体どうしたらいいのだろうか? 
 カズマは何を考えて私に頼むと言ったんだろう? いや、何も考えていないだろう。
 ソフィアにも大体一馬の思考が分かって来ていた。
 思案を巡らすソフィアと手元の手紙を交互に見ていた綾は、ソフィアが何が言いたいのか気付いたのだろう、たどたどしいながらも返事を返した。 

「はい。私は喜びます。協力します」

 ソフィアは驚きに目を丸くした。
 それはぎこちない所はあったが、間違いなくこの世界の言葉であったからである。
 綾は昨日この世界に来たばかり、いくら先代の勇者の資料が有ったとしても昨日の今日だ。それなのに、既にここまで話せるようになっているとは。
 流石は勇者と云う事なのだろうか? ソフィアは綾に畏敬の念を覚えた。

「勇者アヤ、ありがとうございます」 
 
 ソフィアはそう言って手を伸ばした。
 言葉が通じなくても分かる事がある。それをソフィアは確信していた。

「こちらこそ、宜しくお願いします」

 綾も言葉と共に微笑み、ソフィアに手を伸ばした。
 綾の言葉は日本語だったので、ソフィアには内容までは分からない。
 しかし綾は自分の差し出した手を、しっかり握り返してくれた。
 これだけで言葉は要らないだろう。
 一馬が逃走した窓から柔らかい風が吹いてきた。
 風も自分たちを祝福してくれている。勇者も私達についている。
 もはや我々が魔族に負ける理由は無い。
 ソフィアはそう自分に言い聞かせ、綾に笑顔を向けた。
 
 共に相手の分からない言葉で話しながらも分かりあった表情で握手を交わす二人を、横になったままのイザベラが不思議そうな顔で眺めていた。 
 
 これが魔族の襲撃のある二時間前の出来事であった。


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