モナリザの君

michael

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六千院千景

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  私は生まれた時から管理されていた。
  物心ついた時から決められた時間に、決められた服に着替えさせられ、決められた人に会って、決められた言葉で挨拶をさせられた。
  両親にしてもそうだった。
  両親に会える時間も決められていた。
  自分から会いに行くことは許されていない、両親にとって都合のいい時間が決められて、その時間になると会いに行かされていた。
 大きくなって習い事が始まると、それはもっと厳しくなった。
  分単位でスケジュールを組まれ、休憩時間はもとより睡眠時間も管理された。
  だが、辛くなかったかと問われれば、私は辛くなかったと答える。
  私にはこれが当たり前のことで、それ以外のことを知らなかったのだ。
  私がそれ以外のことを知ったのは、抹茶の水女学園の幼年部に入園してからだ。
 幼年部での日々は、驚きの連続だった。
  彼女たちは許可されていないのに、自由気ままに私語を交わし勝手に遊び回る。
   正直に言って、私は戸惑った。
  なにしろ、私は決められていたことしかしたことがなかったのだ。
    例えば、私が私語をしろと言われても、言葉が出ない。
    何を話せばいいのかわからないから。
  例えば、勝手に遊べと言われても、身体が動かない。
    何をすればいいのかわからないから。
  だから、自由時間が一番困った。
  自由というのは、何をすればいいのだろうか?。
  仕方ないので、習い事の予習と復習をすることにした。
  すると、周りの大人たちは「さすが六千院家の子供は違う」「みんなも彼女をみならうようにしなさい」そう、褒めたたえた。
  違う。
  私はただ他にできることがなかっただけだ。
  いつしか、私と周囲の子供たちの間には、境界線ができていた。
  彼女たちは遠巻きに私を眺めているだけで、話しかけることはない。
  私も話しかけることはなかった。
  私は同年代の子供との会話の仕方も教わっていなかったうえに、漏れ聞こえてくる子供たちの話題はちんぷんかんぷんだったからだ。
 私と子供たちの唯一の接点は、転んでケガをしたり、困っている子を私が助ける時ぐらいだった。
  困っている人を助けなさい。
  これは、よく教わっていたから、戸惑うことなく実行できた。
  やがて、自分が彼女たちから『千景姫』と呼ばれていることに気が付いた。
  私は『姫』なんて分不相応だと思ったけど、彼女たちはそう呼んで楽しそうにしていたので、彼女たちに水を差すのも悪い気がしていたら、否定するタイミングを逃してしまった。
  私は本当は『姫』ではない。しかし、私には『姫』という生き方がわかりやすかったのも事実だった。
  自分の行動に迷った時には『姫』らしくすればいいのだ。
  『姫』は私の行動の指針となった。
  そして、ますます私と彼女たちの境界線は深く、明確になっていった。
  
  そのような生活が続き、中等部の二年生になった時、初めて私に友達ができた。
  彼女は転校生だった。
  彼女は私と正反対の性格で、ひたすら自由だった。
  自分のしたいことを優先し、ちょっとでも癇に障ると誰であっても文句を言う。
  彼女は転校初日、元気よく自己紹介をした後、つかつかと私の元に歩いて来て、いきなりこうい言ったのだ。
  
「君、可愛いね。どうかな、僕と友達になろうよ? 先生! 僕はこの子の隣の席に座ります!」
  
  彼女は嵐のようだった。
    私の生活は一変した。
  いつも私は彼女に付きまとわれて、引っ張りまわされた。
  私のことで彼女に文句を言う人もいたようだが、彼女はそれ以上の文句を言い返して退けていた。
  私は彼女に会って、初めて自分が籠の中の小鳥であることに気付かされた。
 そして、初めて自由に憧れた。
  彼女はいろんなことを私に教えてくれた。
  授業中にお弁当を食べる方法や、目を開いたまま寝る方法。
  それに不機嫌な顔や、心の底からの笑顔。
   
  彼女は私を『姫』という鳥かごから引っ張りだし、私を『私』にした。
  さらにそれだけでなく、私と周囲にあった境界線も、いつの間にか無くしてしまった。
  いつしか彼女と私を、たくさんの生徒たちが囲むようになっていたのだ。
  だが、やはり彼女は嵐のようだった。
  彼女は突然学園を去った。
  何も言わず、何も残さず。
  先生に聞いても家庭の事情としか教えてくれなかった。
  私は『姫』に戻り、境界線も復活して、また一人になった。
  
  やがて、私は高等部に上がり、二年生になった五月のある日、同級生の一人が私に声をかけてきた。
  その同級生のことは知っていた。
  彼女と一番多く衝突し、一番多くケンカをし、一番仲が良かった子だ。
  その同級生は私に生徒会長になるように勧めてきた。
  しかし、私はこの学園の生徒会長に相応しくない。
  そう、断ろうとしたら、紙の束を見せられた。
  たくさんの署名だった。
  私に生徒会長になって欲しいという生徒がこれだけいるのだ、とその同級生は言った。
  その同級生は私の手を握って職員室に連れていき、強引に立候補用紙に記入させた。
  断れなかった。
  中等部の頃、彼女に強引に学級委員にさせられた記憶がよみがえったからだ。
  期待してしまったからだ。
  彼女や、たくさんの生徒たちに囲まれていた日々を。
  
  しかし、その同級生が話しかけてきたのも、あの日だけだった。
   次の日には、前と同じように『千景姫』と扱われる日常が戻ってきた。
生徒会長に立候補しても私の生活は変わらなかった。
  同級生に手を握られた時、自分からも握り返したら変われたのだろうか?
  一歩、踏み出すべきだったのだろうか?
  わからない。
  わかっているのは、私が変わらなかったことだけだ。
 

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