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第七章 旧校舎の花子さん

47話

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 私たちは誰にも見つからないように隠密行動で本校舎を出た。
 旧校舎に向かいながら、どうやって閉ざされた校舎に侵入するか考えていると、ドンっと前を歩く星守くんの背中にぶつかってしまう。

「──ふぎゃあ! イタタ……せ、星守くん?」
「あれ見てっ、開いてる」
「へ?」

 星守くんが指さした方を見ると、旧校舎の正面入り口が少しだけ開いていた。
 ……まるで、招かれているみたいに。
 隙間からどんよりとした嫌な空気が漏れ出ている気がして、ブルリと身震いをする。

「……行こくよ結花、烈央」
「あぁ」
「う、うんっ」

 ギギギ、と重たい音を立てながら扉を開けて中に入る。

「きゃっ、なにこれ?」
「……っ酷い瘴気だ」
「ボク、立ってるだけで気分が悪くなるかもっ……うえ」

 木造建の旧校舎の中は床や壁、天井や窓ガラスなど全てが古びていた。
 ただ古びているだけじゃない……何百年も放置されているのような荒れ具合に私はびっくりする。
 それにいくら本校舎の影に建てられているからと言っても、中があまりにも薄暗い。
 廊下の少し先は闇に包まれていた。よく見れば床の板が抜け落ちて、危険な場所がある。
 しかも所々、赤黒くシミのようになっていて……不気味だ。
 なにより、空気が重たい。
 息を吸うたびに苦しくて、これは瘴気が濃いからなのかな?

 ──パタン!
 ジャラジャラジャラ、ガチャン!

「ひゃあ!?」

 ひとりでに入り口の扉が閉まって、ジャラりと鎖のような音と鍵がかかる音がした。
 扉に駆け寄って押してみても、びくともしない。

「……うそ、閉じこめられちゃった?」
「そう、みたいだね……ぐっ」

 眉を寄せて具合の悪そうな烈央くんが、壁にもたれかかった。

「烈央くんっ!? あ、星守くんまでっ!」

 星守くんはうずくまっている。
 二人とも胸元が淡く光っていた。
 ……あれはもしかして、お守り?
 前に瘴気を跳ねのけるお守りを持っているのを見せてもらったことがある。
 そのお守りがあっても、この場所は二人にとって辛い場所なのかもしれない。

 ──うふふ。
 ──キャハハハハ!!
 ──こっちまでおーいで。
 ──待ってよ、置いていかないで~!

「誰っ!?」

 すぐそばを誰かが、タタタッと走って行ったように感じた。なのにふり返っても誰もいない。
 誰もいないけど、どこからか子供の笑い声がする。
 不気味な笑い声は反響して、遠くからなのか近くからするのかわからない。

 ──なにかが、おかしい。

「烈央くん星守くんっ、一度外に出よ──え?」

 ふり返ると、そこには誰もいなかった。
 壁にもたれかかっていたはずの烈央くんも、床にうずくまっていた星守くんも。

「……ふ、二人ともどこに行ったの?」

 ──こっちにおいで。
 ──あそぼうよ。

「きゃっ!?」

 またどこからか声がした。
 すごく怖い。
 怖い話が苦手な私は、ありえないくらい心臓がバクバクと速くなってきた。

「ど、どうしよっ。二人とはぐれちゃった……私一人じゃ無理だよっ」

 私はその場にしゃがみこんで、服の上からぎゅうとお守りを握る。

 ……すると不思議と心が落ち着いてきた。
 心なしか、お守りがじんわりとあたたかい気がする。

「……ううん、弱気になっちゃダメだ。私一人でも、なにか手がかりを探さなきゃっ」 

 旧校舎の中を探索して、花子さんの手がかりをさがしながら二人も探す。
 頭の中でやることを整理しながら、私は立ち上がった。

 左右どちらを見ても、廊下の先は暗闇でよく見えない。
 迷った私は右へ行くことにした。
 床を踏みしめるたびに、ギシギシッと嫌な音を立てる。
 床の板が抜けているところを歩かないように注意して歩みを進めた。

 ──この問題、誰かわかる人はいますか?
 ──はいっ!
 ──はーい!

 ふと、どこからか授業中の先生と子供のやり取りが聞こえてきた。
 旧校舎は何十年も前に使われなくなったのに……どうして?
 キョロキョロしながら歩いていると、一つだけあかりがもれている教室を見つけた。
 ゆっくりと近づいて、教室の中をのぞいてみる。

「……え?」

 そこには、黒板に文字を書く先生とたくさんの子供がいた。
 席に座っている子たちは一年生なのか、落ち着きがなく足をぷらぷらさせたり、隣の子とおしゃべりしている。
 まさしく授業中のような光景に、私は開いた口が塞がらない。

 窓からは眩しいほどの光が教室に降り注いでいて、暗い廊下とは違いこの教室だけが別空間のように見える。
 ふと先生らしき女性が、廊下にいる私を見た気がした。
 おいで、と手招きをされる。
 あたたかくて、ちょっぴりなつかしい変な感覚。

 私は誘われるように、教室の中へ一歩足を踏み入れた。

「──それ以上は駄目だ。取りこまれるぞ」
「きゃあっ!」

 肩を強い力で引っ張られて、私は後ろに尻もちをつく。

「いたた……!」
「はやく立て」

 声がして上を向くと、さらりと赤い髪が私の頬を撫でる。

「へ?」

 至近距離から私を射抜く冷たい金色の瞳に、ゆるりと三つ編みにされた赤色の髪。
 ……あっこの間、旧校舎の廊下にいたあの子だ!

「聞こえていないのか? はやくしないとお前さん、本当に死ぬぞ」
「し、死ぬ!?」

『──ザンネン。あともう少しだったのに』

 何重にも重なったイビツな声が聞こえると、先生らしき女性の顔がどろりと溶けた。

「ひぃっ!? な、なにあれっ」

 教室にいた子たちも同じように顔が溶け始めてガイコツのような、明らかにもう生きていない人の姿になった。

『私たちと一緒に、お勉強しましょう? 優しく教えてあげるから。永遠に、ね?』

 ゆらりゆらりと体を前後左右に揺らしなが、私に近づいてくる。

「──死にたくなければ、僕について来い」
「うわあっ!?」

 三つ編みの子に腕を引っ張られて立ち上がる。
 そのまま教室を出て、廊下を走って階段を上り二階へと向かった。
 近くの教室に私を押しこんで、三つ編みの子もするりと中に入って扉を閉める。

「……これでしばらくアイツらは、僕たちを見つけられないだろう。弱いが、数が多いと厄介だな」

 三つ編み子はぶつぶつと何かを言っている。
 ふと、床に座りこんで喋らない私に気づいて、私の前まで来ると目線を合わせるようにしゃがんだ。

「どうした。怪我でもしたのか」
「あっ……いや、大丈夫……です」
「そうか」

 三つ編みの子はそう言うと、じいっと私の顔を見つめてきた。
 不思議と目がそらせなくて、私も見つめ返す。

 さらさらとした赤い髪の毛は、ゆるやかに三つ編みにされている。
 長いまつ毛に縁取られた金色の瞳は、キラキラと輝いていた。
 前に見かけた時は、男の子か女の子かわからなかったけど男の子のようだ。

 ……烈央くんも星守くんもすごくかっこいいけど、この子も同じくらいかっこいい。
 そんな子に見つめられていると思うと我に返って、あわてて顔をそらした。
 でもあごに手をかけられて、ぐいっと正面を向かされる。

「なぜ顔をそらす。僕が怖いか?」
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