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第四章 現世の朝霧家にて、猫又と座敷童子と

26話

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 人数分のお茶とカステラをテーブルに用意したあと、伊織さんは「さて、何から話そうか」とあごに手を当てて困ったように笑った。

「烈央と星守はもうすぐ帰ってくるだろうから、その前に私と結花さんだけで話しておきたいことがあるんだ。──あぁ、桜子もいるけれど気にしないで?」
「は、はい……!」

 大切なお話かもと思い、私はピシッと背筋をのばす。

「ではもう一度、私の自己紹介からさせてもらうね。私はこの家の主人で、烈央と星守の『現世うつしよでの保護者』をしている伊織だ」
「……現世での、ですか?」
「二人の両親とは昔から仲が良くてね。現世に慣れていない二人を預かってほしいと、頼まれているんだよ」

 ……私がもしお母さんとお父さんと離れて暮らすことになったら、すごく寂しいし耐えられるかわからない。
 きっと色々と不安もあっただろうに親元を離れて、送り屋として現世で活動している烈央くんと星守くんはすごいと改めて思った。
 ……もし二人に現世でわからないことがあったら、たくさん教えてあげよう。
 そうだ、今度美味しいおまんじゅう屋さんに一緒に行こうかな?

「結花さんは烈央と星守があやかしで、送り屋の仕事をしていることは知っていると、二人から聞いているよ」

 ──二人の仕事を手伝っていることもね、と伊織さんはつけくわえた。

「それはっ、なりゆきといいますか……はい。でも足を引っ張らないように、頑張ります!」
「ふふ、それはとても頼もしいことだ。──結花さんが悪いあやかしから狙われやすい体質、だと二人は言っていたけれどいつ頃からそうなったのか、お話を聞いてもいいかい?」

 話せる範囲でいいから、と伊織さんは眉を下げる。
 気をつかわれているんだと思った。
 それでも聞いてくるってことは、きっと知っていた方が伊織さんにも私にも、いいことなんだと思う。

「は、はい……。私、小学一年生の時にあやかしが見えるようになったんです」
「突然、見えるようになったんだね?」

 こくりと頷くと、伊織さんはあごに手を当てる。
 視線で話の続きをうながされて、私は当時のことを思いだすように順を追って話していった。
 烈央くんと星守くんにも言っていないことを。

「初めはびっくりしたけど、可愛いあやかしがたくさんいて……その子たちといつも一緒に遊んでいました」

 でもある日を境に、私は怖い思いをすることになる。
 声をかけられてふり返ったら、顔だけしかない大きなあやかしが口からよだれをたらして、私を食べようとしてきたことがあった。
 その日から「うまそう」とか「いい匂いがする」って言われながら、あやかしに追いかけ回されるようになる。

 一番怖かったのは、あの黒い影のあやかしが私の後をつけてくるようになったこと。
 真っ黒のあやかしは少しずつ私と距離を縮めてきて、授業中に教室に入ってきた時は先生の声も聞こえないくらい、私の心臓がうるさくなったのを覚えている。

「──ついに目の前に黒い影が現れた時、私怖くて……悲鳴をあげちゃったんです。『あっちに行って』って。それが原因で友達とも喧嘩しちゃって。……その年の夏休みにおばあちゃんがいる田舎へ帰った時、お守りをもらったんです。『悪いものから守ってくれる、私の大切なものよ』って」

 そのお守りを見せてほしいと伊織さんに言われて、私は首から下げていたお守りをテーブルの上に置いた。
 お守りを見た伊織さんは、少し目を見開く。

「これは……」
「おばあちゃんに言われてから、肌身離さず持っています。怖いあやかしが近くに来ても、なにかがそのあやかし弾いてくれるようになりました」

 伊織さんはお守りを持ち上げて、目を細めた。

「──おばあさんは、いまもご健在かい?」
「いえ……おばあちゃんは、私にお守りをくれた次の年に亡くなりました」
「そう……。本当に人の命はとても短いものだね。おばあさんはきっと、天国で幸せに暮らしていると思うよ」 

 伊織さんのように何百年も生きるあやかしにとって、人間が生きる年数はすごく短く感じるんだと思った。

 ……おばあちゃんは昔から、あやかしが見える人だったらしい。
 だから突然見えるようになった私の悩みを真剣に聞いてくれたし、優しい味方だった。

「おばあちゃんっ私が小さい頃から、あやかしのお話をよく私にしてくれてたんです。いつも最後に、『言葉にならないくらい美人で、綺麗なあやかしさんがいたんだよ』って言っていました。もう耳にタコができるくらい、同じ話を聞かされたんです」
「それは……ふふっ。困ったものだねぇ」

 嬉しそうに、だけど悲しそうに笑う伊織さん。

「このお守りは、たしかに君を守ってくれるものだ。強力な守護の力があるからね。おばあさんの言うとおり、肌身離さず持っていなさい。でも元の持ち主が結花さんではないから、守護の力が完璧とは言えない……油断をしてはいけないよ」
「はいっ。わかりました」

 口の端をゆるりと上げて笑う伊織さんは、とっても綺麗。
 おばあちゃんが言っていたあやかしは、伊織さんみたいに綺麗だったんだろうな。
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