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第29話 我輩 VS. 長き眠りから目覚めた大魔王
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我輩は人間界にあるすべての国に、国の形をした高さ二十キロメートルの黒い塊たるモノリスを落とした。
人間は強欲ゆえに、どこの国にも属さない土地などなかった。
だから人間界の土地は完全にモノリスで埋め尽くされた。
我輩がいるのは魔界である。
人間界だの魔界だのと呼んでいるが、両者はべつに別世界だとか別次元だとかに存在しているわけではなく、普通に陸続きになっていて、単に領域が違うだけである。
ではなぜ人間界と魔界などと大仰な呼ばれ方をしているかというと、人間界は常に陽の光に照らされた明るい土地で、魔界は陽の光が届くことがない暗い土地だからである。
この惑星は恒星に対する公転周期と、惑星自身の自転周期がちょうど嚙み合ってしまっているのだ。
要するに、地球で言うところの、人間界は常に昼、魔界は常に夜というわけである。
我輩がモノローグで突然この星の地理学を提示したのは、これから来訪者が現れ、我輩の地理的所業にクレームを入れてくるからである。
――ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!
我城の周辺全方位からとてつもない振動と騒音が響いてくる。
魔界の魔物たちがいっせいに我城へと押し寄せていた。
魔物たちは突進したり、体当たりしたりしていて、中には火を吹く者や、魔法を飛ばす者もいた。
「あーあ、無駄なのに」
我城は我輩が破壊不能状態にしているので、何をやっても絶対に壊すことはできない。城の扉も我輩に招き入れる意思がなければ決して開くことはない。
そうとは知らず、魔物たちは一所懸命に我城へと突撃している。
それらの魔物たちを差し向けてきたのは大魔王である。
彼はかつて魔王としてこの魔界を統べていたが、勇者との戦いで深手を負い、回復のために長い休眠を取ることとなった。
その際に代理の者を擁立し、その者を魔王とした。
ただそれだと元々の魔王としての威厳が損なわれるので、彼は自分を大魔王と位置付けたのだ。
ちなみに我輩が人間界に差し向けた魔物たちは、我輩のモノリスに潰されて全滅している。
だから大魔王が我城に突撃するよう命令した魔物たちは、新たに魔界で発生したものだ。
さっきからドドドドといい加減にうっとうしいので、魔物たちを空高くに浮かせ、体を破裂させて血で彩る花火大会にしてやった。
魔界の大地に魔物の汚い血が夕立のように降り注ぐ。
その光景は直接見なくても全知ゆえによく分かる。
「アッパレー」
目を閉じた我輩は膝の上のモフを撫でながら我城の外を彩る爽快な景色を堪能した。
それから我城の扉を開き、ただ一人残された大魔王を中へと招き入れる。
じきに大魔王は玉座の間へと姿を現した。
「魔王よ、我の眠っている間にいったい何が……って、誰だ貴様は!?」
魔王がいるであろう玉座に我輩のような人間の子供が偉そうに座っていたので、大魔王は上体を反らすほどに驚いた。
「我輩は《全知全能最強無敵絶対優位なる者》だ。魔王は我輩が殺した」
「な、なにぃ!?」
大魔王は人型の悪魔であり、雷の絵文字みたいにカクカクした漆黒の角を頭から二本ほど生やしている。真っ黒な目の中央では、狩猟動物のような縦長の黄色い瞳がギラついている。死人のように白い肌を持ち、黒い爪はナイフのように長く鋭い。
彼のまとう漆黒のローブには厳かな金の装飾が施されていて、王という地位を誇示していた。
そんな彼が、いまだ状況を飲み込めずにポカンと呆けている。
「何を言っとるんだ、貴様は。どう見てもただの人間の子供ではないか。しかも魔王を殺した? あやつはワシが最も信頼し、右腕と呼んでいた上級悪魔だぞ。ワシに次いで強く、そして狡猾な者だぞ。それが貴様のような戯言小僧に負けるはずが――」
「あー我輩、あいつとは戦ってないよ。あいつは我輩を恐れて飛んで逃げたから、遠隔で一方的に殺しただけ」
「……四天王は?」
「それも我輩が全部殺した」
「馬鹿な……」
大魔王の開いた口が塞がらない。
そんな彼に対し、我輩は玉座の肘置きに頬杖をついて言葉を投げる。
「で、何の用?」
「な、何の用だと!? この城は元々ワシのものだ。返せ! それに貴様には訊きたいことが山ほどあるのだ。ワシが眠っている間に人間界が訳の分からんことになっとるではないか。あの黒い壁は何だ!?」
我輩は大魔王の物言いにちょっと眉をひそめてみせた。
大魔王は対抗するように我輩のことを睨みつけてくる。
「この城はもう我輩のものだ。元の脆い城に我輩が手を加えて絶対に壊れないようにした。もうおまえごときの力で作れる城ではない。ゆえに我輩のものだ。たとえ手付かずだったとしても、我輩が我輩のものと言えば我輩のものなのだ。あと、人間界にある黒い壁はモノリスだ」
「説明が雑! 城のことは一旦置いておいて、モノリスというのは何なんだ? ワシに分かるように説明しろ!」
「態度がでかいぞ。説明してください、だろ? モノリスというのは、人間界の各国の形をした高さ二十キロメートルの黒い塊だ。干渉不可能な物質で、人間界の土地を使い物にならなくするために我輩が創造したものだ」
「待て待て待て! なぜ? なぜ人間界を使い物にならなくした? ワシは人間界を手中に収めるために魔物に攻め込ませていたのだぞ。すべて台無しではないか。なぜそんなことをする必要があった?」
「いや、べつに必要性なんてなかったけど。どうでもいいから余興でモノリスを落としただけなんだけど」
「はぁ!? ふざけるな! それに昔から魔界にいた魔物たちはどうした?」
「人間界に差し向けて、モノリスを落としたときに一緒に潰れたよ」
大魔王は二歩後退して右手でサンバイザーのように額を押さえた。
「あぁ、あっそう……。なんだか目眩がしてきた……」
「楽にしてやろうか? 殺すって意味だけど」
「ふざけるなぁあああ! 貴様、許さんぞ!」
大魔王が姿勢を正し、己の体に内包する魔力密度を高めていく。我輩に殺気を向けられる分だけ、逃げた魔王よりは見込みがある。賢明かどうかは別だが。
そんな大魔王を前に、我輩は頬杖の姿勢を崩さない。
大魔王の殺気などお構いなしに会話を続ける。
「ねぇ。言っちゃ悪いけど、おまえが悪いんじゃないの?」
「そりゃあ人間からしたら、ワシらは巨悪だろうよ!」
「いやね、大魔王だから悪いとか、人間界に攻め入るから悪いとか、そういう話じゃなくてね」
「……ん?」
「だって我輩ならモノリスを消せるし、死んだ魔物を一匹残らず蘇らせることだってできるもん。でも、おまえにはできないんでしょ? それって非力なおまえが悪いじゃん。そもそもさ、おまえ、寝てたんでしょ? 我輩に何されても仕方ないじゃん。いまの状況になることを許しちゃってるし、いまから対処することもできない。結局、無能なお前が悪いじゃん」
大魔王の殺気が消えた。魔力密度が戻った。それから、いままで寝ぼけていたかのように首をぶんぶんと振って意識をはっきりさせる。
「ああ、ちょっと驚きすぎて感性が人間になってたわ、ワシ。やっぱり力ずくで奪い返すしかないな!」
大魔王の殺意と魔力密度がグンと跳ね上がった。
我輩は頬杖をやめたが、背もたれにべったりともたれかかった。
「いいよ。何でもやってきなよ。おまえのいちばん強い魔法を見せてみ。べつにとびっきりの卑怯な手があるなら、それを使ってもいい。でも、生半可なことをしたら一瞬で消すからね」
血が通ってないので顔は赤くはならなかったが、大魔王の顔は悪魔のくせに鬼の形相となった。
「お望みどおり、ワシの最強魔法で滅ぼしてくれるわ! この星ごとなぁ!」
大魔王が前に突き出した両手のひらに黒いエネルギー球が生じ、どんどん膨らんでいく。かと思ったら一瞬にして元のサイズに戻り、また巨大化する。
それを三度ほど繰り返すことで、極めて濃縮されたエネルギー球が完成した。
「諸行殲葬滅焉弾!!」
直径二メートルほどの暗黒球体が我輩へと飛んでくる。その軌道上にあるものをすべて無に帰しながら。
もしこれが恒星に向けて放たれたら、恒星すらも消してしまうだろう。
「いいじゃん」
我輩がフーッと息を吹きかけると、その諸行殲葬滅焉弾とやらは大魔王の方へと返っていった。
「なんだと!? バカなァアアアアッ!!」
大魔王は諸行殲葬滅焉弾に空間を上書きされるように消滅させられた。
その後、その脅威の黒い弾は絶対破壊不能な我城の壁に触れて消滅した。
「あー、大魔王の出身はこの魔界かぁ……」
我輩は魔界に、魔界の土地の形状をした高さ二十キロメートルの黒い塊たるモノリスを落とし、我輩とモフのいるこの我城をそのモノリスの上へと瞬間移動させた。
「壮観、壮観!」
これでこの星の大地はすべてモノリスに覆われた。
人間は強欲ゆえに、どこの国にも属さない土地などなかった。
だから人間界の土地は完全にモノリスで埋め尽くされた。
我輩がいるのは魔界である。
人間界だの魔界だのと呼んでいるが、両者はべつに別世界だとか別次元だとかに存在しているわけではなく、普通に陸続きになっていて、単に領域が違うだけである。
ではなぜ人間界と魔界などと大仰な呼ばれ方をしているかというと、人間界は常に陽の光に照らされた明るい土地で、魔界は陽の光が届くことがない暗い土地だからである。
この惑星は恒星に対する公転周期と、惑星自身の自転周期がちょうど嚙み合ってしまっているのだ。
要するに、地球で言うところの、人間界は常に昼、魔界は常に夜というわけである。
我輩がモノローグで突然この星の地理学を提示したのは、これから来訪者が現れ、我輩の地理的所業にクレームを入れてくるからである。
――ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!
我城の周辺全方位からとてつもない振動と騒音が響いてくる。
魔界の魔物たちがいっせいに我城へと押し寄せていた。
魔物たちは突進したり、体当たりしたりしていて、中には火を吹く者や、魔法を飛ばす者もいた。
「あーあ、無駄なのに」
我城は我輩が破壊不能状態にしているので、何をやっても絶対に壊すことはできない。城の扉も我輩に招き入れる意思がなければ決して開くことはない。
そうとは知らず、魔物たちは一所懸命に我城へと突撃している。
それらの魔物たちを差し向けてきたのは大魔王である。
彼はかつて魔王としてこの魔界を統べていたが、勇者との戦いで深手を負い、回復のために長い休眠を取ることとなった。
その際に代理の者を擁立し、その者を魔王とした。
ただそれだと元々の魔王としての威厳が損なわれるので、彼は自分を大魔王と位置付けたのだ。
ちなみに我輩が人間界に差し向けた魔物たちは、我輩のモノリスに潰されて全滅している。
だから大魔王が我城に突撃するよう命令した魔物たちは、新たに魔界で発生したものだ。
さっきからドドドドといい加減にうっとうしいので、魔物たちを空高くに浮かせ、体を破裂させて血で彩る花火大会にしてやった。
魔界の大地に魔物の汚い血が夕立のように降り注ぐ。
その光景は直接見なくても全知ゆえによく分かる。
「アッパレー」
目を閉じた我輩は膝の上のモフを撫でながら我城の外を彩る爽快な景色を堪能した。
それから我城の扉を開き、ただ一人残された大魔王を中へと招き入れる。
じきに大魔王は玉座の間へと姿を現した。
「魔王よ、我の眠っている間にいったい何が……って、誰だ貴様は!?」
魔王がいるであろう玉座に我輩のような人間の子供が偉そうに座っていたので、大魔王は上体を反らすほどに驚いた。
「我輩は《全知全能最強無敵絶対優位なる者》だ。魔王は我輩が殺した」
「な、なにぃ!?」
大魔王は人型の悪魔であり、雷の絵文字みたいにカクカクした漆黒の角を頭から二本ほど生やしている。真っ黒な目の中央では、狩猟動物のような縦長の黄色い瞳がギラついている。死人のように白い肌を持ち、黒い爪はナイフのように長く鋭い。
彼のまとう漆黒のローブには厳かな金の装飾が施されていて、王という地位を誇示していた。
そんな彼が、いまだ状況を飲み込めずにポカンと呆けている。
「何を言っとるんだ、貴様は。どう見てもただの人間の子供ではないか。しかも魔王を殺した? あやつはワシが最も信頼し、右腕と呼んでいた上級悪魔だぞ。ワシに次いで強く、そして狡猾な者だぞ。それが貴様のような戯言小僧に負けるはずが――」
「あー我輩、あいつとは戦ってないよ。あいつは我輩を恐れて飛んで逃げたから、遠隔で一方的に殺しただけ」
「……四天王は?」
「それも我輩が全部殺した」
「馬鹿な……」
大魔王の開いた口が塞がらない。
そんな彼に対し、我輩は玉座の肘置きに頬杖をついて言葉を投げる。
「で、何の用?」
「な、何の用だと!? この城は元々ワシのものだ。返せ! それに貴様には訊きたいことが山ほどあるのだ。ワシが眠っている間に人間界が訳の分からんことになっとるではないか。あの黒い壁は何だ!?」
我輩は大魔王の物言いにちょっと眉をひそめてみせた。
大魔王は対抗するように我輩のことを睨みつけてくる。
「この城はもう我輩のものだ。元の脆い城に我輩が手を加えて絶対に壊れないようにした。もうおまえごときの力で作れる城ではない。ゆえに我輩のものだ。たとえ手付かずだったとしても、我輩が我輩のものと言えば我輩のものなのだ。あと、人間界にある黒い壁はモノリスだ」
「説明が雑! 城のことは一旦置いておいて、モノリスというのは何なんだ? ワシに分かるように説明しろ!」
「態度がでかいぞ。説明してください、だろ? モノリスというのは、人間界の各国の形をした高さ二十キロメートルの黒い塊だ。干渉不可能な物質で、人間界の土地を使い物にならなくするために我輩が創造したものだ」
「待て待て待て! なぜ? なぜ人間界を使い物にならなくした? ワシは人間界を手中に収めるために魔物に攻め込ませていたのだぞ。すべて台無しではないか。なぜそんなことをする必要があった?」
「いや、べつに必要性なんてなかったけど。どうでもいいから余興でモノリスを落としただけなんだけど」
「はぁ!? ふざけるな! それに昔から魔界にいた魔物たちはどうした?」
「人間界に差し向けて、モノリスを落としたときに一緒に潰れたよ」
大魔王は二歩後退して右手でサンバイザーのように額を押さえた。
「あぁ、あっそう……。なんだか目眩がしてきた……」
「楽にしてやろうか? 殺すって意味だけど」
「ふざけるなぁあああ! 貴様、許さんぞ!」
大魔王が姿勢を正し、己の体に内包する魔力密度を高めていく。我輩に殺気を向けられる分だけ、逃げた魔王よりは見込みがある。賢明かどうかは別だが。
そんな大魔王を前に、我輩は頬杖の姿勢を崩さない。
大魔王の殺気などお構いなしに会話を続ける。
「ねぇ。言っちゃ悪いけど、おまえが悪いんじゃないの?」
「そりゃあ人間からしたら、ワシらは巨悪だろうよ!」
「いやね、大魔王だから悪いとか、人間界に攻め入るから悪いとか、そういう話じゃなくてね」
「……ん?」
「だって我輩ならモノリスを消せるし、死んだ魔物を一匹残らず蘇らせることだってできるもん。でも、おまえにはできないんでしょ? それって非力なおまえが悪いじゃん。そもそもさ、おまえ、寝てたんでしょ? 我輩に何されても仕方ないじゃん。いまの状況になることを許しちゃってるし、いまから対処することもできない。結局、無能なお前が悪いじゃん」
大魔王の殺気が消えた。魔力密度が戻った。それから、いままで寝ぼけていたかのように首をぶんぶんと振って意識をはっきりさせる。
「ああ、ちょっと驚きすぎて感性が人間になってたわ、ワシ。やっぱり力ずくで奪い返すしかないな!」
大魔王の殺意と魔力密度がグンと跳ね上がった。
我輩は頬杖をやめたが、背もたれにべったりともたれかかった。
「いいよ。何でもやってきなよ。おまえのいちばん強い魔法を見せてみ。べつにとびっきりの卑怯な手があるなら、それを使ってもいい。でも、生半可なことをしたら一瞬で消すからね」
血が通ってないので顔は赤くはならなかったが、大魔王の顔は悪魔のくせに鬼の形相となった。
「お望みどおり、ワシの最強魔法で滅ぼしてくれるわ! この星ごとなぁ!」
大魔王が前に突き出した両手のひらに黒いエネルギー球が生じ、どんどん膨らんでいく。かと思ったら一瞬にして元のサイズに戻り、また巨大化する。
それを三度ほど繰り返すことで、極めて濃縮されたエネルギー球が完成した。
「諸行殲葬滅焉弾!!」
直径二メートルほどの暗黒球体が我輩へと飛んでくる。その軌道上にあるものをすべて無に帰しながら。
もしこれが恒星に向けて放たれたら、恒星すらも消してしまうだろう。
「いいじゃん」
我輩がフーッと息を吹きかけると、その諸行殲葬滅焉弾とやらは大魔王の方へと返っていった。
「なんだと!? バカなァアアアアッ!!」
大魔王は諸行殲葬滅焉弾に空間を上書きされるように消滅させられた。
その後、その脅威の黒い弾は絶対破壊不能な我城の壁に触れて消滅した。
「あー、大魔王の出身はこの魔界かぁ……」
我輩は魔界に、魔界の土地の形状をした高さ二十キロメートルの黒い塊たるモノリスを落とし、我輩とモフのいるこの我城をそのモノリスの上へと瞬間移動させた。
「壮観、壮観!」
これでこの星の大地はすべてモノリスに覆われた。
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