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第11話 我輩 VS. 時間操作する村人A

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 我城に来訪者が現れた。勇者でもモンスターでもない一般人が。

「お邪魔しまーす……」

 そう言ってソロリソロリと入ってきた青年は、いかにも普通の人という感じだった。
 高くもない普通のシャツとズボンを着て、腰には安物の剣をげている。

 こいつは心の中で「誰だ、おまえは?」と訊かれたら、「僕? 僕はただの村人Aさ」などと答えるシミュレーションをしている。我輩は知っているから訊かないのだが。

 おっと、こいつ……。

 ずっとソワソワしていると思ったら、正体の訊かれ待ちをしているではないか。どんだけ「村人Aです」って名乗りたいんだよ。

 ここは一つ、ズバッと言ってやらんといかんよなぁ。

「おまえさぁ、正体を訊かれたらいつも村人Aを名乗っているけど、そもそも村人Aって最初に作られる村人じゃん。モブを自称していても十分におこがましいよね。おまえの転生前の人格とかをかんがみると、せいぜい村人Yくらいが妥当だろ」

 ポカンとした村人Aは、我輩の言葉を理解したのか、だんだん顔を赤く染めて怒りをにじませた。他人からモブ扱いされるのはしゃくさわるようだ。
 いつもは「すごい! いったい何者なんだ?」と驚かれて「いやぁ、僕なんかただの村人Aですよ」なんてドヤ顔で謙遜しているから、罵倒され慣れていないのだ。

 しかもこいつ、我輩の正体がすごく気になっているくせに、是が非でも訊かない腹だ。村人のくせにプライド高いねぇ。

 我輩が右の肘置きに肘を置いて頬杖をついていると、村人Aはおもむろに時間を止めた。
 そして、我輩の横まで歩いてきて、金属音を立てて腰の剣を引き抜いた。

 我輩が頬杖をついたまま村人Aの方に視線を向けると、村人Aは「うわあああっ!」と叫んで尻もちを着いた。

「おい、返事くらいしろよ」

「な、な、な、なんで動けるんだ! いま、僕は時間を止めているんだぞ!」

「おまえ、とことん我輩の言葉には返事しねーな。まあ教えてやるよ。我輩は《全知全能最強無敵絶対優位なる者》だ。だからおまえが女神のギフト《何でも一つだけ願いを叶えられる力》で《時間操作能力》を得たことも知っているし、おまえが時間を操作したところで我輩は絶対にそれより優位な状態になっている」

 村人Aは半ば反射的に時間の巻き戻しをした。

「お邪魔しまーす……」

「おい、おまえが時間を巻き戻したのも知ってるぞ」

「…………」

 村人Aは本番に弱いタイプだ。
 緊張屋で、咄嗟とっさの状況判断ができるような性格ではない。
 人から自分が困るような質問をされたときには、答えにきゅうして沈黙してしまい怒られるタイプなのだ。

 我輩が根気強く待っていてやると、村人Aはボソッとつぶやいた。

「あのぉ、帰ってもいいですか?」

 これも我輩でなければ何と言ったか聞き取れず、「声を張れ」と怒られるやつだ。

「駄目だ。おまえ、我輩を殺そうとしたよな?」

 間違いなくこいつは我輩を殺そうとした。卑怯にも時間を止めて、寝首をかくみたいに。

「い、いえ……」

「ほう、全知の我輩によく嘘をついたもんだな。さっきの『駄目だ』で我輩が優しくないって分からなかったか? その我輩によく嘘をつけたな、おまえ」

「……ごめんなさい」

 ごめんなさいって、子供か、こいつは!

 こいつの年齢は二十二歳だ。とっくに成人しているが、一般常識もマナーも備わっていない。モラトリアムの延長線上にいる子供大人。

「違うだろ。たいへん申し訳ございませんでした、だろ? それに謝るときに視線を逸らすな。視線を合わせなくても許されるとしたら、腰を九十度に曲げて頭を下げるか、土下座するかのどちらかだろ」

「……はい。……そうですね」

「あのさぁ、やり直せって言っているって分からない?」

「申し訳、ございませんでした……」

「はぁ……」

 こいつ、腰を九十度に曲げて頭を下げやがった。
 つまり、我輩が示した二例のうち、軽いほうを選びやがった。
 しかも「たいへん」が抜けている。

 我輩のため息にイラっとしたようで、村人Aは再び時間を止め、剣を引き抜いて我輩の方へ駆けてきた。
 剣技もクソもない。ただ剣を振り上げて振り下ろすだけ。

 村人Aが剣を振り下ろしたとき、彼の手から剣が消滅していた。

 我輩が村人Aに手をかざすと、村人Aの首が空気に締め上げられて宙に浮いた。
 村人Aは首を押さえて足をバタつかせている。一所懸命に時間を巻き戻そうとしているが、我輩がそれを無効化している。

「そんなに過去に戻りたきゃ、我輩がおまえの時間を戻してやるよ」

 我輩は村人Aの体の時間を巻き戻した。
 どんどん若返っていき、子供になり、赤ん坊になり、そして胎児にまで戻った。
 彼のへそからへその緒が伸びているが、その接続先がないので呼吸困難におちいってほどなく死んだ。

「さてと、こいつを甘やかしたJ国にも消えてもらいますかね」

 我輩はJ国に、国の形をした高さ二十キロメートルの黒い塊たるモノリスを落とした。

 もちろん、J国にモノリスを落としたこととJ国が村人Aを甘やかしたことはいっさい関係ない。
 J国にモノリスを落としたのは村人Aの出身国だからであるが、仮にJ国が村人Aの出身国でなかったとしても、いずれはモノリスを落とす。

 まあ、底辺国民に手厚い国家なんて、遅からず滅びていただろうけどな。J国はそういう国だった。

 国家も会社も一緒。最上位が甘い蜜を吸い、最下位は手厚く介護され、中間にいる働き者を酷使して使い潰す。
 レモンだって大事なのは果汁たっぷりの果肉なのに、搾りカスだけを大事にしては本末転倒というものだ。

 それはさておき、我輩のいるこの世界に生きる限り、J国に限らず国家滅亡は免れ得ないのだ。
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