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最終章 狂酔編

第277話 悪夢‐その③の1

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※注意※
 グロ表現、鬱展開に耐性のない方は第286話から続きを読むことを推奨します。
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 目が覚めたその瞬間、俺はかつてないほどの身震いをした。

「なんだ、いまの夢は……」

 ひどい悪夢から目が覚めたと思ったら、さらにとんでもない悪夢を見る羽目になった。
 ようやく二つ目の悪夢からも覚めたのだが、その記憶は鮮明に残っていて寒気が止まらない。

「ここは……どこだ……?」

 俺はベッドの上で寝ていた。右も左も足側も白いカーテンで囲われている。
 あごを上げて頭側を見ると、ベッドの白い枠の向こう側は白い壁。天井も白。すべてが真っ白で死んでしまったのではないかと不安になる。
 俺は白いかけ布団を押しのけ、ベッドから下りてカーテンを開け放った。

 どうやらここは保健室らしい。カーテンの外は白だけではなかった。灰色の薬品棚が存在感を示し、隣には灰色のデスクがあり、赤いペン立てに数本の黒いボールペンが入っている。

 窓から差し込む光が動いて、初めて窓際まどぎわに人がいることに気づく。

「あら、お目覚めのようね」

 白衣を着た女性。
 見覚えのある顔。聞き覚えのある声。
 着衣だけが記憶と違う。
 保険医だとは知らなかった。いや、保険医の格好をしているだけかもしれない。

「貴様、なぜ生きている!」

 ティーチェ・エル。
 俺が魔導学院に入ったときの担任であり、マジックイーターのスパイ魔術師だった女だ。
 他人の魔法を入れ替える魔術には少し苦戦をいられたが、俺が奴の体をピッチリと空気で囲ったら、自爆して空気バリア内に血肉をき散らしたのを覚えている。

「あなた、私の能力を魔法入替えの魔術だと思っているでしょう?」

「ああ。……違うのか?」

 彼女の雰囲気は俺の知っていたティーチェとは少し違う。
 かつては風であおったら激しく舞い上がる赤いモミジの葉のようだったが、いまは葉を失ってもどっしりと構えているモミジの幹のような雰囲気。
 それほどの差がある。

 もっと分かりやすく端的に言うならば、ヒステリックな女性だったのが、低血圧系の落ち着いた女性に変わったような感じだ。

「教えてあげるわ。私の能力は入替えよ。それは魔導師の持つ魔法を入れ替えるだけでなく、同じ種類のものであれば何でも入れ替えられる。だからあのとき、そう、あなたが私の体の形をかたどった空気に閉じ込めたとき、私は別の人間と入れ代わった。入れ代わった人間が私よりも大きい体だったから、空気が固められた体型に収まらずに体が破裂したってわけ」

「そんな馬鹿な。そんなの、魔術の域を超えているだろ」

「そうね。魔術では不可能ね。でも、私の能力は魔術ではないもの。そして私は魔術師でもない。ただ魔術師のフリをしていただけの人形」

「人形?」

「操り人形。誰のって? あなたもよく知っているでしょう? 狂気という概念が意思を持った存在の、よ。だからこれは、魔法でもなく、魔術でもない、私だけの特殊能力。私の体も魂も能力も、すべては狂気の意思が形を得るべく、あなたを誘導するために与えられたもの」

 紅い狂気。あのときすでに芽は出ていたというのか。いや、根を張っていたというべきか。

 ティーチェにはまんまとだまされた。
 だからこそ、いま彼女が話した内容もまるっと鵜呑うのみにはせず、精査が必要な情報として扱う。

「ねえ、知っているかしら? 今日はね、執行日なのよ」

「執行日? 何のだ?」

 執行なんて言葉、俺はよく使っているが、ほかの奴が使っているのはほぼ見たことがない。
 俺が使うときは、たいてい……。

「もちろん、死刑執行よ。リオン帝国の軍事区域北方にザメインという監獄があって、極悪人が収監されているのは知っているでしょう? その囚人たちの死刑執行日なのよ。でね、彼らって極悪人じゃない? だから、彼らの処刑方法は拷問刑なのよ」

「それが何なんだ?」

 そう尋ねると、いままで無表情で淡々と語っていたティーチェが突如として醜悪しゅうあくに笑った。
 警戒をおこたっていたわけではないが、警戒が足りなかったのは事実。彼女は本性を隠すのがうまい。
 俺は即座に空気のギロチンで彼女の首をはねようとしたが遅かった。

「え?」

 俺は瞬間移動していた。
 いや、これはそう単純なものじゃない。まるで時間が飛ばされたように状況そのものが変化していた。
 俺は透明な棺桶かんおけのようなものに入れられ、両手両足を固定されていた。

 そして、目の前には……。

「ジム・アクティ!」

 かつての四天魔の第四位。最終的にはドクター・シータに食われて死んだはずだ。
 しかし雰囲気がかつてとは異なる。彼女の目は紅く、口は先ほどのティーチェと同様に両端を吊り上げて笑っている。

「私はね、魂の入替えもできるの。あなたなら状況を理解できていると思うけれど、いちおう説明してあげるわね。いま私は魂の入替えによってジム・アクティさんの体に入っているの。そしてあなたの魂は死刑囚に入っている」

「おい、まさか!」

「そう。あなたはいまから処刑されるの。ねえ、アイアンメイデンって知ってる?」

 そう言うとジム・アクティ、いや、ティーチェは、金属の蝶番ちょうつがいでつながったふたに手をかけた。
 蓋も俺の入っているひつぎと同様に透明だが、そちらには鋭く長い棘が無数にあった。

 アイアンメイデン。
 鉄の処女と呼ばれる拷問や処刑に使われる器具だ。
 これを閉じれば俺は全身串刺しになる。

「なんで透明なんだ!? ガラスなんて刺さる前に折れるぞ!」

「あら、そっちのほうが苦痛が増えてよさそうね。でも残念なことに、これはダイヤモンドなの。綺麗に串刺しにしてくれるわ。ああ、透明なのはみんなで鑑賞するためよ。あなたのみじめで無様な死に様をね」

 周囲を見渡すと、いつの間にか人が増えていた。
 ローグ学園の理事長、ジーヌ共和国のエース大統領、リオン帝国の大臣。
 俺が殺した者たちだ。
 みんなニタニタと薄笑いを浮かべて俺が串刺しになる瞬間を楽しみに待っている。

 常人なら憎き相手であっても人が残虐な殺され方をする瞬間は目を背けるのが普通だ。
 だがこいつらは人の死をなんとも思わないし、これから起こるグロい事象を喜んで鑑賞するような奴らだ。

「俺はおまえらを殺したことに、いっさいの後悔はない。どんな殺され方をしようとも、この言葉は絶対に撤回しない」

「ふふふ。みんな、そんなことはどうでもいいってさ。早くあなたの血肉が体から押し出されるところを見たいだけなのよ」

 ジム・アクティの体のティーチェがそう言って、鉄の処女ならぬダイヤモンドの処女の蓋をゆっくりゆっくりと閉めた。

 俺はこいつらを少しでも喜ばすまいと、いっさいの声をあげないと決めた。

 河川敷に吹くそよ風のようにゆっくりと流れる時間の中で、活火山に飛び込んでマグマの中で暴れまわるような激痛と闘い、そして力尽きた。
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