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最終章 狂酔編

第238話 カケラ戦‐開戦

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 俺の戦闘スタイルは相手の行動パターンを見極めたり弱点を探ったりして最善策を模索する、いわゆる智略タイプだ。それがあってこそ空気の操作が活きている。
 しかし、ことカケラ戦においては考えるという行為が愚行と成り下がる。カケラには思考を読み取られるからだ。
 そのメカニズムはよく分からないが、おそらく言葉として心の声でつぶやけばそれを聞かれるし、イメージを思い浮かべたらそれを視られる。
 だから、経験を積んだ身体が直感的、反射的に動いて攻撃しなければ、カケラに攻撃を当てることなんかできない。

「分かっているな、みんな」

 いまは感覚共鳴で七人ともつながっているので、それすら言わずとも分かっているはずだ。
 声を出したのは鼓舞する効果を狙ってのことだ。

 俺は、俺たちは、一度頭を空っぽにしてカケラを攻撃するという意思だけを持った。どう攻撃するかは考えない。その瞬間に生まれるイメージをそのまま実現させる。

「召喚、機工巨人!」

 巨大な鎧が校舎の前に出現した。
 機工巨人の頭頂部の高さがちょうど学院の屋上くらいなので、屋上にいる俺たちが見上げているカケラには手が届かない。だから空気を固めて足場を作る。
 階段を登り、カケラを間合いに捉えると同時に、絶対軌道の高速パンチを繰り出す。

「はぁっ!」

 機工巨人の攻撃と同時に皆がいっせいに攻撃を繰り出す。
 リーンの振動魔法による斬撃、盲目のゲンのレーザーのような高圧水射、エアの記憶再現魔術によるレーザー光線、ドクター・シータの体を硬質化して作った棘の乱射。
 それらがカケラを全方位から取り囲むように襲う。

「ふふふ。当然よ」

 何が当然なのかはさっぱり分からないが、カケラは不敵な笑みを浮かべた瞬間、姿を消した。
 すべての攻撃が機工巨人の腕にぶつかって消える。

「そこだ!」

 彼女が瞬間移動のたぐいで脱するのは直感的に分かっていた。だからこそ俺は次の攻撃を備えていたのだ。
 空間把握モードでカケラが何度移動しても位置を完全に把握できるよう神経を研ぎ澄ます。

 カケラが移動したのは俺たちの上空後方。反射的にカケラが出現した位置に空気を固めて作った拳をぶつける。
 それはおそらく人間の知覚限界を超えた速さだったはずだが、空気の拳が殴ったのはカケラの残像だった。
 あり得ないくらい素早く動く。
 ダースがワープゲートを作って俺の拳をカケラの移動先に飛ばすが、それを五連続でかわし、俺の真正面までやってきた。
 いまの出来事は一秒程度の刹那のことで、カケラの接近を許した俺はなんの対処もできず、彼女の未知なる攻撃にただ恐怖した。

「ふふふ。感覚共鳴、解除したほうがいいんじゃない?」

 カケラの尖った長くて紅い爪が俺の左肩に差し込まれる。

「ぐあああああっ!」

 鋭い痛みが肩から入り、全身に駆け巡る。
 攻撃して振り払おうと思っても体が動かない。動くまいという誰かの強い意思が俺の体を硬直させている。
 いや、これはカケラの意思だ。それが感覚共鳴によってほかのメンバーにも伝播でんぱし、誰も動けなくなっている。しかも俺の苦痛も一緒に伝播し、攻撃を受けているのは俺だけでも全員が苦しんでいる。

「感覚共鳴をやめたほうがいいのは、苦痛が共有されるからだけじゃないわ。攻撃を直感だけでやるなんて器用な真似、全員でやるのは無理だからよ。必ず誰かが思考してしまって、それが私に筒抜けになっている。それに、直感だけで私と戦えるわけないじゃない」

 わざわざ敵に塩を贈るカケラに何の狙いがあるか分からないが、すべてカケラの言うとおりだ。
 キューカが感覚共鳴を解除し、リーンの斬撃が俺の前を横切った。そのときにはすでにカケラは姿を消していた。
 空間把握は継続していたので、最初の位置に戻ったことはすぐに分かった。

「おい、さっきの攻撃、何なんだよ。肩に爪が刺さったってレベルの痛みじゃなかったぞ!」

 少しでも会話で時間を稼ごうという魂胆も筒抜けなのだろうが、カケラには性急な様子は見られない。じっくりいたぶってたのしむつもりだろう。

「私の攻撃はミコスリハンと思ったほうがいいわ。あの闇道具を創ったのは私なんだから、その苦痛を自在に創り出せるのも道理でしょう?」

「その理屈でいうと、ムニキスのように魔法のリンクを切ったりもできるってことだよな?」

「それはさっき答えたわ」

 それは最初の攻撃時の「ふふふ、当然よ」のことを言っているのだろう。
 心を読めるだけでなく未来まで知れるのだから、隙なんてあるはずがない。
 これまで俺の敵は指数関数的にどんどん強さを増してきたが、いつも俺はそれを上回ってきた。しかし、今回ばかりはそれは不可能だ。カケラはこの世界のことわりの外にいる。

「カケラ殿、一つだけ頼みがあるのだが、言ってみてもいいかね?」

 それを言いだしたのはドクター・シータだ。いまは感覚共鳴を切っているので、彼が何を言おうとしているのか見当もつかない。
 もしかしたら寝返る気かもしれない。彼ならやりかねないから戦々恐々だ。

「あんたの目的をあきらめてくれんかね? 我々ではとうていあんたには勝てないし、あんたを愉しませられるほど強くもない」

 彼からそんな言葉が出たのは意外だった。
 だが、たしかに頼んで退いてくれるなら、それがいちばん簡単で確実な平和の取り戻し方だ。
 へたをしたら機嫌を損ねるのではないかとも思ったが、カケラはただの質問として処理をした。

「その質問は尊大ではないかしら? たしかにあなたたちはこの世界の最高戦力でしょうけれど。私はね、狂人ではあっても戦闘狂ではないの。戦いを愉しみたいわけじゃないのよ。もしも私の目的が世界の破滅なら、あなたたちはみんな最初の一秒で全員死んでいるわ。でも私が作りたいのは天国。狂気に染まりきった楽しくて愉しい幸せな世界。それをあなたたちは地獄と呼ぶけれど、名前なんてどっちでもいいのよ」

 俺はキューカに指示を出した。常に感覚共鳴はせず、適宜てきぎ、連携を取る必要のあるメンバーだけを一時的につなげと。

 俺はカケラを見上げて言う。しかしこれは、実質的に仲間に向けた言葉だ。

「もしも俺たちの敵が狂気ではなく世界を滅ぼそうとする単なる邪悪だったなら諦めがついたかもしれない。だが、世界を生きた地獄に変えて永遠の苦痛を味わわされつづけるとあっては、仕方ないと切り捨てることなんて絶対にできない」

 かつてエアがこの世界の人間たちをすべて抹殺しようとしたが、その判断はおおむね正しかった。
 それはいま思い知ったことではなく、当時から内心では分かっていたことだ。
 俺自身も迷ったが、こうして紅い狂気と戦うと決断したのは、俺がこの世界やみんなが好きになったからだ。
 俺は元の世界――記憶の中だけに存在する世界――が嫌いで、人間をみにくいものと忌避きひし、世界を恨み、自分を含むすべてを呪っていたが、この世界で生きる中で、やっと自分のことが好きになった。
 世界とつながりたいと思い、人との関わりをとうとく思うようになった。
 俺が言うと嘘みたいだが、それこそが、賭け事が大嫌いな俺が最初で最後の大博打おおばくちに出た動機なのだ。

「いまのモノローグのところ、感覚共鳴で共有しておきましたのよ。わたくし、絶対に必要と思いまして」

 キューカがニコリと微笑ほほえみかけてきた。

「お、おう、そうか……」

 それから、ドクター・シータが俺の肩に手をボンと置いた。少し心外そうな顔をしている。

「私の頼みはもちろんダメ元でのことだよ。で、想定どおり駄目だったわけだが、カケラの目的はより鮮明に知ることができた。私もおまえさんも情報戦を重視する人種なのだから、無駄ではなかったろう?」

 白衣を風になびかせるマッドサイエンティスト。カケラを前にすれば、マッドの部分は無きに等しい。

「そうだな。それに、心を読まれ、未来を視られるなら、どうあがいたって回避できないような攻撃をすればいい」
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