上 下
146 / 302
第四章 最強編

第145話 ゾロ目④

しおりを挟む
 ロコイサーはベッドの方をチラと一瞥いちべつした。
 小さな盛り上がりがある。キーラの同居人が布団を頭まで被って寝ている。
 目を覚ましているかどうかはロコイサーには分からないが、騒がしくしていたので目を覚ましていてもおかしくはない。
 だが、それは瑣末さまつなこと。どうせ彼女には何もできないのだから。

 ロコイサーは立方体の箱を再び取り出した。左手に乗せて、賑やかで気色の悪い模様の箱を見つめる。

「さて、この箱に入るものをいただきましょうか。この箱、実は闇道具でしてね。人の魂を封じ込めることができるんです。もっとも、封じ込められる対象は箱の使用者が意識を喪失させた相手に限定されますが」

 そう言いながら、右手で木目の切れ目に指をあてがい、蓋を開いた。
 すると中から異様な気配のモヤが出てきて空気を紫色に染めていく。

「ダメ!」

 マーリンが慌てて布団から出てきた。
 キーラを抱き起こし、壁にもたせかける。そして一生懸命にキーラに呼びかけた。

「キーラお姉ちゃん! キーラお姉ちゃん!」

 しかしキーラは目を覚まさない。
 部屋をじんわり染めていく紫がキーラに達したとき、キーラの頭上から眩い光が飛び出した。そしてロートに水を流し込むように滑らかな動きで箱の中へと吸い込まれていった。

「残念でしたね、マーリンさん。ゲス・エストがあなたの能力を独占していなければ、キーラさんを助けられたでしょうに」

 マーリンはキーラの体に抱きつき、声をあげて泣いた。
 ロコイサーにはマーリンがいつ目覚めたのか、どんな思いで泣いているのか分からない。キーラが魂を抜かれたことを悲しんでいるのか、自分の不甲斐なさを悔しがっているのか、自分も魂を奪われることを危惧きぐして恐怖しているのか。

「安心してください。あなたの魂は抜いたりしませんよ。そんなことをしたら、私があなたの能力を使えなくなりますからね」

 ロコイサーのその言葉に、キーラを抱きしめているマーリンの泣き声はいっそう大きくなった。マーリンはキーラに抱きついたまま動かなかった。
 ロコイサーがマーリンを連れ出そうと腕をひっぱるが、なかなかに抵抗が強い。

「仕方ありませんね」

 ロコイサーはパーカーのポケットから小瓶を取り出した。コルク栓を指で引っこ抜き、中に入っている白い粉をマーリンの頭上に振りかけた。
 白い粉はマーリンに触れると蒸発して消えてしまったが、その効果はしっかりと現われていた。
 キーラを抱きしめるマーリンの腕から力が抜け、バタリと倒れた。意識は残っている。もはや声も出せないが、キーラを見つめる目からは涙が流れつづけている。

「これは忘我薬ぼうがやくです。理性にもとづくすべての行動を不能にします。これが意識も奪える代物なら、楽にキーラさんの魂を奪えたのですがねぇ」

 ロコイサーはマーリンの膝裏と脇下に手を差し込んで、その体をすくい上げた。
 キーラの部屋を出て、足音を殺して廊下を渡り、鍵が開いたままになっている玄関から外に出た。

 無事にマーリンの奪取に成功した。
 あとは自分だけが分かる場所にマーリンを隠し、ゲス・エストの魂も箱に封じ込めれば、マーリンがゲス・エストの能力を使ってしゃべることもできなくなるため、盟約の指輪の効力も失われるはず。晴れてマーリンの真実を知る魔法を使えるようになるわけである。
 ギャンブルに自分の魔法をささげているダイス・ロコイサーにとっては、マーリンの魔法は極めて重要である。
 勝負というのは勝つか負けるか二つの結末があるが、真実を知ることができるということは、ギャンブルにおいては勝利が約束されているということだ。
 その理想を考え出すと、笑いが込み上げてくる。
 特に今日対戦したキーラのような素直な人間が相手ならば、ロコイサーは絶対に負けなくなるし、素直でない人間とのギャンブルを避けることもできるようになる。

「キーラさん、やはりあなたはギャンブルには向いていない。ギャンブルは待っていちゃ駄目なんですよ。取りに行かなきゃ。あなたが魔法を一度しか使えないのはあなたのターンだけです。私のターンでもあなたは魔法を使えるんですよ。魔法を駆使して出目を操作しにかからなきゃ駄目じゃないですか。ギャンブルっていうのは、いかにバレずにイカサマをやるかっていうゲームなんです。ああ、言っておきますが、私はイカサマなんてやっていませんよ。だって、このゲーム自体が私に有利なものなんですから」

 ダイス・ロコイサーは背にしたあかつき寮を一瞥してほくそ笑んだ。
 だがそのとき、突如としてダイス・ロコイサーを異変が襲った。その異変が何なのか、それを考える猶予もなく、彼はマーリンを抱えて立ったまま意識を失った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです

竹桜
ファンタジー
 無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。  だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。  その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

処理中です...