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第三章 共和国編

第134話 最強の竜のゆくえ②

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 俺は再びキーラの部屋に来ていた。
 いまは平日の昼。キーラは学院に登校していて不在だ。
 部屋には鍵がかかっている。中にはマーリンがいるが、キーラにもマーリンにも必ず鍵をかけて誰が来ても中からは鍵を開けるなとも言ってある。
 だから俺は鍵穴にリンクを張った空気を押し込んで操作し、勝手に鍵を開けて部屋に入った。

「よお、マーリン。元気にしているか?」

「エスト! うん、元気!」

 お行儀よく座布団の上に座っていたマーリンは、立ち上がりパタパタと駆けてくると、俺の腰に両手を回して抱きついた。
 頭を撫でてやってから、テーブルを挟んで座るよう誘導した。

「何か聞きたい?」

 いい子だ。話が早くて助かる。

「ああ、聞かせてくれ」

 俺は空気の操作で勝手に冷蔵庫からジュースを取り出して二つのコップに注いだ。そしてテーブルの上に並べる。

「アークドラゴンは諸島連合にいるか?」

「そー」

 結論は出た。
 だが、それはいま現在だけの情報だ。今後の行動予定も知っておきたい。
 ただ、マーリンの能力を使うには必ずイエス・オア・ノーで答えられる質問をしなければならない。
 マーリンは質問をされたとき、絶対的な正しい答え、いわば天啓てんけいを得る。だが、その質問に対して「そー」、「ちがー」、それから無言という返事を終えると、その天啓はマーリンの頭の中から失われる。
 つまり、イエス・オア・ノーで答えられない質問をした後で、マーリンに自由にしゃべらせてその答えを知るという方法は使えない。
 地道に二択の質問を重ねていくしかないのだ。

 俺はいくつか質問し、二日後にアークドラゴンが魔導学院を襲撃してくることを突きとめた。
 さらに詳細に調べると、ほかにもいろいろなことが分かった。
 マーリンの力を使えばイーターの心中でさえ分かってしまう。アークドラゴンが魔導学院を襲撃するのは、自分を封印していたダースを殺すためだ。そこには復讐と封印リスク排除の意図がある。
 魔導学院を襲撃するにあたり、その進路としてジーヌ共和国を経由する。羽休めと栄養補給のためだ。
 つまり、それはジーヌ共和国人を餌として食うということにほかならない。

 とりあえずマーリンに訊きたいことは訊いた。
 キーラが学院に行っている間はマーリンは一人で留守番をしなければならず、きっと寂しい思いをしているだろう。俺はどうせ授業には出ない。マーリンと雑談にでも花を咲かせようかと考えていたところに、部屋がノックされた。

 コンコンというそのうかがいを立てる音は、早すぎず、強すぎず、どこか上品な印象だった。
 最初に思いついたのはルーレ・リッヒだったが、すぐに第二候補が脳裏をよぎり、空間把握モードでそれを確かめた。

「入れ」

 鍵は閉めていない。ドアをそっと開き、シャイルが静かに入ってきた。
 表情が暗い。帝国から帰ってきたばかりだろうが、制服を着ているところを見ると、これから授業に出席しに行くつもりだったのかもしれない。

「ごめん。さっきの話、聞いていたの」

「共和国を守ってほしい、てところか?」

「……うん」

 シャイルがうつむいているのは、俺が彼女の要望を聞かないと思っているからだろうか? 単に共和国の平和を案じてのことか?
 いずれにしろ、俺を見くびっている。

「安心しろ。アークドラゴンは共和国に上陸する前に狩ってやる」

 元々、共和国に被害が出ないよう戦うつもりではあった。ただ、それは方針にすぎなかった。共和国でのことに関しては、俺はシャイルに対して引け目を感じている部分もあるため、その方針を約束に引き上げることにした。

「ただし、おまえは来るな」

「分かってる。私がいると足手まといだよね。私、エスト君のことを信じて待っているよ」

「ああ、そうしてくれ。ま、来ようにも、飛べないおまえには海上までついてこられないだろうけどな」

 はかなげなみをたたえ、シャイルはキーラの部屋を出ていった。
 これがキーラだったら「ひと言多い」とか言うのだろうなと思ったが、以前のシャイルでもそれくらいの憎まれ口は叩いたかもしれない。
 シャイルに暗い影を落としたのは俺だ。せめて追いかけて何かを言うべきか?
 だが何を言うというのだ。アークドラゴンが諸島連合を襲ってまた難民がジーヌ共和国に流入しているだろうが、そいつらのことも守ってやるとでも言うか?
 だったら諸島連合までアークドラゴンを追いかけていって、諸島連合を守れって話だよな。助ける力があるのに動かないということになるよな。
 アークドラゴンが諸島連合にいることを知ったのはついさっきだ。いますぐ行動すれば、俺は最善を尽くしたことになる。

「ちっ、クソッ!」

 こんな葛藤は久しぶりだ。なぜ俺は自分自身に説教されているのだ。
 だが、シャイルの想いに報いるのであれば、俺は彼女が信じるゲス・エストでいなければならない。

 俺は学院に転校した初日、女子社会の中に混入した異物として嫌悪の目を向けられた。そのときにシャイルが俺をかばったのは、余所者でも寛容な心をもって受け入れる選択が間違っていないことを彼女自身が証明したかったからだ。
 それは俺にとっては本物の優しさではないし、俺はそんな彼女に「おまえの考えは間違いだ」と教えたいと思ったが、その俺の考えも本当に正しい答えではない。
 正解は「正しい場合もあるし間違いの場合もあるが、どちらになるかは結果を見届けなければ分からない」だ。
 シャイルとその両親が諸島連合からの難民を受け入れたことは結果として間違いだった。支援はせずに土地の最小限を貸与するに留めるべきだった。
 だが、シャイルが俺を受け入れたことは間違いか? それは結局のところ、俺しだいなのだ。

 俺はキーラの部屋から飛び出し、シャイルをさがした。まだかける言葉は見つかっていないが、とにかく先に引きとめようと思った。
 だが、廊下にはすでにシャイルはいなかった。空間把握モードで暁寮内をくまなく捜すが、彼女はいない。授業を受けに行ったのだろうと校舎への道中を捜すも見つからない。
 シャイルが部屋を出て俺が捜しはじめるまではせいぜい二、三分程度だ。彼女が校舎に着いているはずがない。
 俺は捜索範囲を広げ、魔導学院の敷地内全域を探査した。だが、いない。
 暁寮は魔導学院の敷地内でも比較的内側にある部類だ。想像を絶するスピードで敷地外へ移動したということになる。

「何なんだ……」

 疑問詞だか感嘆詞だか分からないつぶやきをこぼしつつも、俺は悟っていた。
 それは「本性」なのか「交代」なのか、どういう仕組みで動かしているのか、動かされているのか、俺には分からない。
 ただ、シャイルをいまの彼女にしてしまったのは、ほかならぬ俺だということだけは間違いない。

 俺は部屋に戻り、マーリンを抱きしめて頭を撫でた。

「今日はたくさん質問して悪かったな」

「ううん、平気」

「俺はもう行く。さびしいかもしれないが、キーラの帰りを待っていてくれ」

「うん」

 マーリンはいい子だ。わがままを言わない。
 もしかしたらマジックイーターどものせいで言えない性格になってしまったのかもしれない。
 そこらへんの真実は分からないし、マーリンにそれを訊くのも彼女を汚染するような気持ちになるのでやりたくない。

 同様に、シャイルのあかい部分についてもマーリンに訊くべきではないと感じている。
 マーリンをそこに触れさせるには、あのあかはあまりに危険すぎる。有害な天啓が下りて忘却が機能しないなんて可能性もあるほどに、あれは得体が知れなさすぎる。

 俺はマーリンの頭をぽんぽんと優しく叩いて、お別れの合図をした。

「じゃあ、行ってくる。鍵は俺が外からかけておく」

 俺はキーラの部屋を出た。
 空気の操作で鍵をかけ、寮を出ると空に上がった。

「エア、これから諸島連合へ向かう。西はこっちだったな?」

「そー」

 おいっ! それはマーリンの真似か? 一丁前に冗談を言えるようになっていやがる。
 いや、前にもこんなことあったか。
 なんにせよ空気が読めていない。空気の精霊のくせに。
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