上 下
130 / 302
第三章 共和国編

第129話 最後のマジックイーター

しおりを挟む
 キナイ組合長が監獄・ザメインからの脱出を目論もくろんでいた一方で、現状の二大悪党と呼べるもう一人のほう、エース・フトゥーレは歩きながら思案していた。

 エース・フトゥーレ。
 ジーヌ共和国の大統領にして、マジックイーターの頭目とうもくである。

 彼の野望は魔術師をこの世界の最大勢力とすることだ。
 一般的には魔術師は魔導師に強く、魔導師はイーターに強く、イーターは魔術師に強いという三竦さんすくみの関係にある。
 しかし近年、魔導師やイーターの中に強力な個体が出現しはじめており、三竦みの関係も崩れかけている。このままでは社会に格差が生まれ、魔術師だけが劣った種族としてしいたげられる、そんな未来が到来することは想像にかたくない。
 だからこそ、いまのうちに魔術師の地位を高め、ヒエラルキーのトップに立ち、世界の先導者とならなければならない。

 そのための活動の一つとして、彼はアークドラゴンの解放を目論んでいた。
 アークドラゴンが解放されれば、イーターを退治すべき種族である魔導師が多くかり出され、そしてほぼ全滅することになるだろう。
 そのアークドラゴンを封印しているE3エラースリーのダース・ホークをさがすため、エース・フトゥーレは魔導学院にスパイを送り込んだ。
 しかし収穫は得られず、この案件については停滞を余儀なくされていた。

 もう一つの活動として、世界の主要国の政権を握るための暗躍を推し進めていた。
 まずはジーヌ共和国を手中に納めた。
 シミアン王国は王政のため王族以外が政権に入り込むのが難しく、後回しにせざるを得なかった。
 リオン帝国は皇帝家が統治しているが、皇帝家の規模が大きく、しかも皇帝家には一夫多妻が許されていたため、シミアン王国よりも入り込む余地があった。
 五護臣で地盤を固めつつ、皇妃という形でマジックイーターの配下の者に食い込ませる策謀は存外うまく進行した。
 皇帝の座を奪い、リオン帝国を手中に納めるまでほんのあと一歩というところでゲス・エストに邪魔されたのだった。
 もしもリオン帝国を手中に納められれば、シミアン王国など軍事力に物を言わせて簡単に落とせたはずだ。

 思い返せば、彼の策謀はすべてゲス・エストの出現から狂いだした。
 エース・フトゥーレがまだ精霊だったころの契約者であるマーリンがゲス・エストに奪われるところから始まり、マジックイーター幹部が次々にやられ、帝国での暗躍を水泡にされ、そしてエース・フトゥーレ一人が残された。

 それどころか、ゲス・エストはジーヌ共和国に乗り込んできた。
 しかも、あろうことか大統領である彼自身の命を直接狙いにきたのだ。実際にゲス・エストと戦って自分が死ぬ未来まで視えた。
 最終手段として護神中立国へ亡命することで、ひとまず視えた死の未来は回避することに成功したが、護神中立国滞在中に再び自らの死を視たため、世界でいちばん安全な国からすら脱出する羽目になった。

「まさかE3エラースリーの中でも最強ともくされているゲンじいが負けるなど誰が予想するものか」

 それは独り言のようで独り言ではない。肩に乗っている小さな鼠に話しかけているのだ。
 彼は鼠を飼っている。べつに動物が好きというわけではない。ただ自分の未来を見るためのポータルが必要だったからだ。

 エース・フトゥーレの魔術は未来視だが、自分に対しては使用することができない。
 自分以外の誰かに対して使用し、その誰かの未来を視ることができるのだ。その未来の中に自分の姿が映っていれば、間接的に自分の未来を知ることができる。だから、自分の未来を視るために彼は鼠を飼っている。
 彼の魔術は人間以外にも使えるという点でも非常に稀少なものだった。たいていの魔術は人間以外には効かないのだ。

 エース・フトゥーレは何もかもを奪われ、さらには自分自身が追われる身となり果てて、なかば自暴自棄になっていた。
 ゲス・エストに命を狙われる身として、余命がいかほどかは現時点で不明だが、残りの人生をゲス・エストへの復讐にあてるのも悪くはないと考えた。
 しかし、結局は自分の野望を果たすことがゲス・エストへの最大の嫌がらせでもあるという結論に至り、従来の野望を果たすための最後のあがきに出ることにした。

 まずは元契約者のマーリンを取り戻す。
 元々、真実を知るという魔法は人魚型精霊だった自分がマーリンに与えたものだ。
 その力でダース・ホークの居場所を突きとめ、そしてアークドラゴンの封印を解く。

「おや?」

 エース・フトゥーレは定期的に、それも短い間隔で鼠を通して自分の未来を視ていたが、その中にダース・ホークの姿が映っていたのだ。どうやらマーリンを捜す必要はなさそうだ。
 エース・フトゥーレは予定を変更して直接封印のほこらへと向かった。するとさっきよりもずっと早い段階でダース・ホークに遭遇するよう未来が変わった。

 順調。この未来視の能力があったからこそジーヌ共和国の大統領にもなれたのだ。
 断続的な未来視、その間隔をどんどん短くすることで、自分の取るべき行動の最善手が見えるようになる。未来視の魔術は最適化の魔術へと昇華される。
 この魔術があれば、たとえ相手がE3エラースリーの魔導師でも負けない。
 彼は腰に差した闇道具の細剣に手を置きながら微笑をたたえた。

 エース・フトゥーレははやる気持ちを抑え、体力を温存しつつ暗い森を歩きつづけた。
 明かりはないが、悪い未来が視えれば行動を変えるので不具合など発生しえない。
 そうしてついに封印の祠へと辿り着いた。

 なんの変哲もない石造りの祠だが、本来の祠の形が分からないくらいに、中から濃密な闇が噴き出しあふれていた。
 こんな小さな祠にアークドラゴンが収まっているとは思えない。地下に埋まっているわけでもないだろう。
 ということは、この闇がワープゲートの役割を果たすのか、あるいは空間をゆがめて大きな体積を小さな容量へと変質させているのかもしれない。
 ようするに、この闇は完全には消さずに半分ほど無効化すれば、アークドラゴンの封印が解き放たれて飛び出してくる可能性が高い。

 エース・フトゥーレは未来を視てその結果を確かめた上で、腰の細剣のつかを握り、一気に引き抜いた。

 剣の名はムニキス。

 ただの剣ではない。
 闇道具の一つ。
 闇道具は極めて稀少な存在であり、その存在を知る者も極めて稀少である。
 闇道具の効果はさまざまだが、その効果は熟練の魔導師が放つ魔法よりも強力なものである場合が多い。

 エース・フトゥーレの愛剣にして闇道具たる細剣ムニキスの効果は、その刀身で触れた魔法を消すというものだ。
 正確には魔法のリンクを切る効果であるため、魔法のエレメント自体を消すことはできない。
 ゆえに魔法によって相性の良し悪しがあるが、概念種の魔法に対しての効果は申し分ない。

「さて、未来が変わらぬうちに、やるか!」

 エース・フトゥーレはカッターナイフで袋をやぶくがごとく、闇に向かって細剣を豪快に振り下ろした。

 祠から噴き出す闇が大仰おおぎょうけ反るように霧散したが、干からびかけた魚に慌てて水をかけるかのように即座に闇が補充され、あっという間に祠に覆いかぶさった。

 アークドラゴンは出てこない。
 この未来は知っている。
 彼がいまこの場に引きずり出そうとしているのはアークドラゴンではない。

「以前は同じ事をしても奴が出てくる未来は見えなかった。タイミングが違えば結果は変わるものだな。ダース・ホーク。奴にも何か変化が訪れたか? 例えば、いや、おそらくは、ゲス・エストの接触」

 エース・フトゥーレは連続で細剣を振った。祠に封印の闇を補充するよりも早く、どんどん闇を払っていく。
 そして、ついに闇の動きが変わる。
 闇の一部がエース・フトゥーレの背後に回りこんで攻撃をしかけてきた。
 その未来を視ている彼は、当然ながら細剣でそれを斬り払った。

「ようやくお出ましか」

 分かっていたのだから、ようやくという表現はおかしいかもしれない。そんなことを考えつつ、エース・フトゥーレは木の影に視線を送った。
 舞台上に奈落からせり上がってくるようにヌーッと姿を現したのは、まぎれもなくダース・ホークであった。

「狙いは僕だったか。まんまとおびき寄せられたわけだ」

「いいや、狙いはアークドラゴンで合っている。その封印を解くために貴様を誘き出したというのも合っている。狙いがアークドラゴンだと分かっていてなぜ姿を現した? 封印を守るために魔導学院内では教員からも生徒からも貴様の存在の記憶を消すほどの徹底ぶりだったのに」

「このままだとゲス・エストがおまえと協力してアークドラゴンの封印を解いてしまうだろうから、おまえだけでも排除しようと思ってね。それにもう、記憶の操作はしていないよ。エストは隙がなくて記憶が消せなかったからね。へたにほかの生徒に手を出してもエストを敵に回しかねないし」

 ダース・ホークの口ぶりでは、ゲス・エストを彼自身より強いと認めているようだ。
 実際のところ、そうでなくては困る。ゲス・エストは何度も死の未来を視せられるような相手なのだ。これから倒そうというダース・ホークが同等の強者であっては困る。
 とはいえ、相手はE3エラースリーの一人。闇の概念種という最強の一角を担うのに不足のない魔導師だ。舐めていい相手ではない。

 だが、エース・フトゥーレには視えている。
 未来が。
 だから自信を持って戦いを挑めるのだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

最強の職業は解体屋です! ゴミだと思っていたエクストラスキル『解体』が実は超有能でした

服田 晃和
ファンタジー
旧題:最強の職業は『解体屋』です!〜ゴミスキルだと思ってたエクストラスキル『解体』が実は最強のスキルでした〜 大学を卒業後建築会社に就職した普通の男。しかし待っていたのは設計や現場監督なんてカッコいい職業ではなく「解体作業」だった。来る日も来る日も使わなくなった廃ビルや、人が居なくなった廃屋を解体する日々。そんなある日いつものように廃屋を解体していた男は、大量のゴミに押しつぶされてしまい突然の死を迎える。  目が覚めるとそこには自称神様の金髪美少女が立っていた。その神様からは自分の世界に戻り輪廻転生を繰り返すか、できれば剣と魔法の世界に転生して欲しいとお願いされた俺。だったら、せめてサービスしてくれないとな。それと『魔法』は絶対に使えるようにしてくれよ!なんたってファンタジーの世界なんだから!  そうして俺が転生した世界は『職業』が全ての世界。それなのに俺の職業はよく分からない『解体屋』だって?貴族の子に生まれたのに、『魔導士』じゃなきゃ追放らしい。優秀な兄は勿論『魔導士』だってさ。  まぁでもそんな俺にだって、魔法が使えるんだ!えっ?神様の不手際で魔法が使えない?嘘だろ?家族に見放され悲しい人生が待っていると思った矢先。まさかの魔法も剣も極められる最強のチート職業でした!!  魔法を使えると思って転生したのに魔法を使う為にはモンスター討伐が必須!まずはスライムから行ってみよう!そんな男の楽しい冒険ファンタジー!

処理中です...