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第三章 共和国編

第107話 無垢なる侵略

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 マーン家はジーヌ共和国の北辺に位置する海岸地方の地主の家だった。
 シャイルはマーン家の一人娘であり、優しい両親から愛情を一心に注がれて育った。
 情愛の深いシャイルの両親は、娘だけでなく誰に対しても優しかった。領地ではお人好しで知られ、領民たちからは厚く信頼されていた。

 ある日のこと、諸島連合の一つであるネキューロという国が海洋イーターの大群に襲われた。
 海洋イーターは巨大で、しかも凶暴かつ大群で行動する。
 後進国の集まりたる諸島連合の、それもたった一国では、そんなイーターの強襲に太刀打ちするスベはなかった。
 ネキューロの国民たちは船で国を脱出し、方々に散っていった。その一部はジーヌ共和国のマーン領へと漂着したのだった。

 マーン家は選択を迫られた。
 マーン家はすぐに難民たちを受け入れ、仮説住居や食料の準備をするため領民たちに協力を呼びかけたが、領民たちは難民受入に反対した。彼らは難民たちを追い出すべきだと主張した。
 それは無理からぬことだ。
 ネキューロはかなりの後進国で、原始的な文明の国。
 そのため、倫理観念の発展もかなり遅れている。平気で他人のものを強奪したり、殺傷したりする。
 スラム街の住人だけで作ったような民度の低い野蛮な国だ。

 マーン家にも領民たちの主張は理解できた。しかし、慈悲深いマーン家には彼らを追い出すことができなかった。
 領民たちは治安の低下するであろう土地から逃げるように出ていった。
 その結果、マーン領内の人口は元々の領民よりも難民の割合のほうが多くなった。
 元々難民たちは行儀が悪かったが、彼らの人口割合が増えるにつれてその傾向もどんどん強くなった。
 難民たちはマーン家からの厚意でほどこしを与えてもらって生活していたが、それが自ら物乞いするようになり、それもマーン家に対してだけでなく一般の領民たちすらも対象とし、しだいにその態度も強気になっていった。
 難民たちに押しかけられた領民たちは、たまらず領外へと出ていった。
 その果てに、マーン領には難民以外にはマーン家を残すのみとなった。

 それでもマーン家は難民たちに施しを続けた。
 農作業を教えようと土地と種を与えたが、難民たちは種を食べてしまう。そして、さらに食物を要求した。
 難民たちがとめどなく物乞いに押しかけるため、マーン家の備蓄も底を尽き、難民たちを追い返すしかなくなった。
 それでも難民たちはマーン家に押しかけた。
 しまいには食料を独占しているのだと主張しだし、果てにその悲劇は起きた。

 難民たちがマーン家を襲撃したのだ。
 彼らは夜中にマーン家の屋敷に火をつけ、全焼後の屋敷から燃え残ったものを掘り起こし、すべてをかっさらっていった。
 そのときにシャイルの両親は焼死した。

 シャイルが炎の精霊リムと契約したのは、彼女が屋敷内で炎に囲まれたときだった。
 契約直後で幼くもあった彼女が操作できる炎の量は少ない上、焼けて崩落した両親の寝室へと入ることは無理なことであった。
 シャイルはかろうじて自分だけ屋敷から脱出し、両親が残っているであろう屋敷が燃え盛る様をただ泣きながら見つめることしかできなかった。

 その後、シャイルは難民たちに見つからないようマーン領を脱し、行き場もなくさまよい、疲れ果てて海に身を投じた。

 幸か不幸か、彼女は公地の海岸に漂着し、そこで学院の教師を務める魔術師に発見された。
 そして、そのまま魔法学院へと入学した。

 シャイルは現実を受け入れられず、自分は両親に送り出されて魔法学院に入学したと思い込むようにした。
 意識すれば現実を思い出すが、それはできるかぎり意識しないようにしたし、マーン家の慈悲深い精神はなんの間違いもないことを確かめるために、人には常々優しく接するよう自分に言い聞かせて生きるようになった。

 そんな中、ゲス・エストなる男が魔法学院へと編入してきた。
 彼の暴虐ぶりは難民を想起させるものがあった。彼は物乞いはしないが、難民のごとき攻撃的な態度を取っていた。
 彼女はそんな彼を更生させることによって、両親が難民たちを受け入れて指導しようとしたことが間違いではなかったと証明したかったのだった。
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