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第二章 帝国編

第96話 リオン城⑥

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 俺は再び執行モードを消される前に素早く飛びまわった。リーンの周囲を未確認飛行物体さながらに不規則な軌道で飛びまわる。
 リーンが指でひっかくような動作をして俺を捕らえようとするたびに、俺を覆う執行モードの空気が一部剥がされるが、止まれば執行モードが完全に剥がされるので飛びつづけた。
 どうやら俺が皇帝や騎士団員を背にしているときは斬撃を放たないようだ。
 しかし一方向に長い間取りの皇帝の間において、リーンと皇帝や騎士団員たちの間の距離は大きくない。リーンに近づきすぎると直接剣で斬られるはずなので一定の距離を保つ必要があるが、そうするとこの狭い空間では俺の座標を読まれやすい。

 長くはもたないと踏んで俺は仕掛けた。
 リーンの左手方向から空気弾をぶつけつづけているいま、右手方向の防御が手薄だ。その右手方向から、鋭く尖った針状に硬化させた空気を飛ばした。数にして十。少ないが、その分威力に回している。

「ぐっ!」

 針は半分ほど振動のバリアに弾かれた。だが右手方向の防御が手薄になっていたおかげで半分は命中した。
 彼女は一瞬ひるんだが、隙といえるほどの隙を生まなかった。目を閉じ、全身を精緻せいちに振動で覆い、剣を構えた。攻撃への移行に備えつつも、完全なる防御体制だ。
 彼女の周囲を三ミリ間隔の振動点が三重に覆っている。バリアの内側に小さな空気塊を作ろうとしても、風の流れを肌で感じ取っているのか、ピンポイントで破壊されてしまう。
 いまの彼女は空気による攻撃をいっさい受けつけない。

「三重のバリアか。その程度、一点突破なら攻撃を通せるぜ」

 集中力を高めきったのか、リーンが目を開く。
 その正面で、俺は右手に空気を集めていた。壁が破壊されて砂塵が舞っているので、空気を集めるとそれが目に見える。大きな圧縮であればなおさら見えやすい。
 俺の右手にどんどん空気が凝縮されていく。

 リーンの視線が灰色に染まった俺の凝縮空気を捕らえた瞬間、俺は執行モードで即座に移動した。
 全身を動かすと同時に右手をも動かし、リーンの焦点から圧縮空気を外しつづける。
 執行モードがどんどん剥がされるが、脇で圧縮空気を開放させることで俺の回避スピードをブーストしつづける。
 俺の右手にはどんどん空気が圧縮されていく。

「無駄だ。それほどの砲撃を放つには、どこかで静止する必要がある。狙いを定めるため、そして反動に備えるために。私はその瞬間を絶対にのがさない」

 剣は振ってこない。それどころか、剣をさやに収めて両手を前にかざしている。
 彼女も慎重になっているのだ。決して俺にこれを撃つ隙を与えてはならないから。

「リーン・リッヒ、一つだけ教えてやる。俺のいままでのすべての攻撃は、たった一撃のためにある」

 俺は勝利を確信している。そうでなければ、何より情報を重要視するこの俺が敵に情報を与えるわけがないのだから。
 そう、これは相手を誘導するための情報提供ではない。敵に塩を送っただけ。格付けが済み、格の差を知らしめるための行為。

 俺はリーン・リッヒの言うとおり、地に足を着けて止まった。
 両足を開いて腰を落とし、まっすぐに右手を伸ばす。
 前方のリーンへ向けた右手の手首を左手で掴んで固定した。
 俺はいま、リーンの真正面に立っている。距離は遠い。本来ならば入り口の扉があった位置だ。

「エグゾースト……」

 砂塵を巻き込んで灰色となった空気はセメントのように濃い鼠色をしていた。それほどに凝縮されている。
 その周囲の空気を硬化させて砲筒とする。
 これが発射されれば、空気と一緒に砂塵も飛び、破壊力は計り知れない。もしこれを砲筒ごとここで解体されたら、その直撃を食らうのは俺だ。

「言ったとおりだ。消す!」

 リーンが何かを振り払うように手を振った。俺の右手前方に振動が生じる。そこにある鼠色の空気が強制的に散らされる。
 だが大爆発は起こらなかった。小爆発。
 砂塵が俺の視界を奪うが、空間把握モードを継続している俺は目を閉じていても空間を把握できている。

 リーンが剣の柄に手を伸ばしていたが、俺が伸ばした右手の向きを少し横にずらしてみせると、リーンの右手がピクリと反応して止まった。

「な、まさか!」

 そう、とっておきの一撃が強制開放されてあの程度で済むわけがない。右手に凝縮させていたのはダミー。リーンの意識をそこに集中させるためのデコイだ。
 本命は透明、目に見えない。

 リーンはとっさに俺が右手を向けた方向、彼女自身の左手側に手を伸ばした。
 そこに八重の精緻なバリアが張られる。目を閉じているが、俺はその動きが手に取るようにわかる。
 ニヤリと微笑んで見せた。それを見逃さないリーンはとっさに右手も伸ばし、左右の両方にバリアを張った。さすがに左手側の八重のバリアは保てず、左右に四重ずつのバリアとなった。
 だが彼女は伊達だてに最強の剣士として帝国を守護してきてはいない。天才的な戦闘センスに加え、豊富な経験を持つ。
 そして、女性ならではの直感。
 俺の勝利を確信した表情がブラフではないと見抜き、彼女は頭上、前方、後方にもバリアを張った。とっさに張ったバリアは二重。ほんの一、二秒のうちにそのバリアを三重に昇華させた。

 俺がうっすらと目を開く。
 彼女は最大限の集中を見せているが、そこに抱かれている不安が垣間見える。

『三重のバリアか。その程度、一点突破なら攻撃を通せるぜ』

 さっきの俺の言葉が彼女の不安の正体だ。全方位を防御するのであれば、三重のバリアが限界。一点集中攻撃をされれば、バリアは突破されるかもしれない。
 しかし、俺の言葉はバリアの隙を生むためのハッタリかもしれない。

 実際のところ、俺は本心であの言葉を言ったのか、ハッタリで言ったのか。
 正解は両方だ。正確にはハッタリではなく誘導だが。
 そう、俺がとっておきを撃つ猶予をもらうために、彼女が防御に専念するよう誘導したのだ。
 彼女は自身の絶対防御ならば俺の攻撃に耐えきれると信じ、全方位に対して三重バリアを張りつづけている。

 いや、彼女はここへ来てさらなる成長を見せた。
 バリアが四重になった。
 いや五重になった。
 全方位への五重バリア。どれほどの集中力を持つのか。
 彼女が攻撃しないのであれば、彼女の集中が切れるまで待てばいい。しかし、俺の攻撃準備も相応の集中力を要する。
 最強の攻撃と最強の防御で勝負するか、それとも集中力を持続させつづける我慢比べで勝負するか、彼女にはどちらでも受けてたつ気概があるようだ。

 さて、攻撃するか我慢するかの選択権は俺にある。俺がどちらを選択するか。
 そんなことは決まっている。
 リーン・リッヒは想定以上ではあったが、戦況をこの形となるよう誘導したのは俺だ。俺の選択は、もちろん……。


 ――撃つ!


「……バァーストォオオオオオッ!」

 技の名はエグゾースト・バースト。大砲の砲弾が圧縮空気になっている武器の名だ。
 密閉容器から空気を解き放つことで、膨張した空気が容器の口から一方向へ飛び出し、標的に強烈な衝撃を与える。

 爆音が響き、リーン・リッヒは吹き飛んだ。上方へ!

 俺が圧縮しつづけていた本命は、リーン・リッヒの足の下、この皇帝の間の階下にあった。
 俺が空間把握モードで把握していた範囲はこの皇帝の間だけでなく、下の階もだった。この部屋の窓を割って飛び込むとき、俺は一緒に下の階の窓も割っておいたのだ。最短距離で階下に把握モードをつなげられるように。

 リーン・リッヒは床ごと下から吹き飛ばされ、天井へ衝突した。彼女は盛大に血を吹き、下からの瓦礫に追撃されて天井を突き破った。
 天井に強力な振動を与えて脆くしたようだが、天井への衝突と瓦礫によるサンドイッチのダメージは計り知れない。
 リオン城の最上階であるこの部屋の天井が吹き飛んだことで、紅く染まりかけた空があらわになった。
 天高く舞ったリーン・リッヒは、弧を描いてから無数の瓦礫とともに落下を始める。

 落下するリーンにはまだ意識があった。
 彼女の艶やかな髪と、彼女の凛然りんぜんたるたたずまいを引き立てる騎士服は、汚れとダメージで無残というほかなく、彼女は目蓋まぶたを開きとどめる力を大きく失っているようだったが、その中にある瞳は俺を見据えていた。


 ――リーン・リッヒの右手がひらめいた。


 逆さまに落下する瀕死の女から飛び出した高速の波は、発生源たる彼女の状態とは裏腹に、山をも斬らんばかりの殺気を帯びていた。

 だが俺に油断はない。あいにくと俺は死体相手であっても油断してやらないほどのゲスなのだ。相手が何者でどんな状態にあろうと、俺は油断しない。何ひとつ信用しない。

「はぁっ!」

 俺は自分の正面で空気を完全に固めた。空間把握モードも執行モードもすべて解いて、その防御だけに集中した。
 混合気体たる空気の構成成分へ操作リンクを伸ばし、分子レベルで操る。
 振動というエネルギーが加えられてもそれに抵抗するイメージで、俺は静の操作をした。

 リーンの斬撃は空気の壁にぶつかり、その表面でエネルギーを使い果たした。俺へは届かない。
 これが俺の絶対防御。
 しかしさすがに精神力の消耗が激しすぎる。
 俺は空気の完全固定を解き、ボーリングの玉を連想させる密度と形に空気を凝縮させ、それをリーン・リッヒへと飛ばした。

「ぐおぅ!」

 さすがにいまのリーンは防御を張れる状態ではない。リーンの腹に空気球が直撃し、彼女は吹き飛ばされ、皇帝のすぐ傍を横ぎって壁へと叩きつけられた。
 リーンは壁から剥がれて床に落ち、もう起き上がらなかった。気を失っている。
 天井と床の瓦礫がれきだけが階下へと落下した。

「決着! 悪いな。俺はおごらない主義なんだ。最後の最後まで油断はない。最強を名乗っているのは、それが事実だからだ」
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