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遠き日のこと
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夢を見た。幼い頃の思い出を懐かしむようになぞっていく、そんな夢。
不思議なことに、私は空中から幼い日の自分を見つめていた。記憶のどこにもないはずの景色を、ぼんやりと眺める。
それにしても静かだ。風の音も、使用人の話し声も、当たり前にするはずの音が、何も聞こえない。
幼い私は、自室のすみで、本を読みながら静かに座っている。年の頃は、5歳といったところだろうか。ようやく字が読めるようになって、本を読み漁っていた頃。
メイドが入ってきて、何かを言った。口が動いていることしかわからない。
幼い私にはその声がちゃんと聞こえているようで、小さく笑顔を見せる。頷くと、軽やかに立ち上がり、メイドの後をついて部屋を出る。私の視点もそれに合わせて動く。
連れていかれた先は、お父様の書斎だった。
何となく予想はしていたけれども、そこにはフィーの姿があった。幼い私は、満面の笑みを浮かべると、フィーに走り寄る。
フィーは何かを言って、笑った。大人びた雰囲気の中にも、まだあどけなさが残る。
お父様は一礼すると、部屋のすみに控えた。幼い私は、お父様のことなんて視界にも入っていないようだけれど。
それからしばらく、フィーと幼い私は話し続ける。一生懸命に言葉を紡ぐ当時の私を、フィーは優しい目で見守る。
何を話しているのかまではわからない。覚えてもいない。だが、胸の中が温かいもので満たされた。何か大切なものを取り戻した気分。
二人がそろってお父様の方を見た。お父様が何かを言ったらしい。幼い私の目に、みるみるうちに涙がたまる。
フィーは悲しげに微笑むと、ふところを手で探り始めた。やがて、何かを取り出す。その箱には見覚えがあった。
あの中には、私が今も身に着けているアメジストの首飾りが入っている。
フィーが、泣き出す寸前の昔の私の前にひざまずく。あまりに目を丸くするものだから、大粒の涙がこぼれたが、幼い私にそれを気にする様子はない。
フィーが口を開く。相変わらず声は聞こえない。この時、フィーは何と言ったんだっけ。
幼い私は目を閉じることを忘れたように、フィーを見つめている。
『次に会う時までに、約束、思い出してくださると嬉しいです』
約束。そう、何か約束をしたはずなのだ。
フィーが苦笑しながら、何かを言った。幼い私は慌てて首をふる。
フィーが箱を私に差し出す。涙を流しながら、それでも嬉しくてたまらないとでも言いたげに、昔の私は笑顔を浮かべた。
思い出せ。何を言われたのか。それに私は何と答えたのか。
脳が焼ききれるほどに必死に幼い頃の記憶を辿る。思い出せ、思い出せ……!
ふと、泡が弾けるように、頭の中でフィーの声が響いた。
「次に会う時には、あなたに相応しい場所を用意します。だから、その時には、結婚してくれませんか?」
そうだ、思い出した。
私はあの時たしかに、フィンリー殿下と結婚の約束を交わしたのだ。あのネックレスはその証だと。そして私はそれを受け入れた。
どうして私はこんなに大切なことを忘れていられたのだろう。
不思議なことに、私は空中から幼い日の自分を見つめていた。記憶のどこにもないはずの景色を、ぼんやりと眺める。
それにしても静かだ。風の音も、使用人の話し声も、当たり前にするはずの音が、何も聞こえない。
幼い私は、自室のすみで、本を読みながら静かに座っている。年の頃は、5歳といったところだろうか。ようやく字が読めるようになって、本を読み漁っていた頃。
メイドが入ってきて、何かを言った。口が動いていることしかわからない。
幼い私にはその声がちゃんと聞こえているようで、小さく笑顔を見せる。頷くと、軽やかに立ち上がり、メイドの後をついて部屋を出る。私の視点もそれに合わせて動く。
連れていかれた先は、お父様の書斎だった。
何となく予想はしていたけれども、そこにはフィーの姿があった。幼い私は、満面の笑みを浮かべると、フィーに走り寄る。
フィーは何かを言って、笑った。大人びた雰囲気の中にも、まだあどけなさが残る。
お父様は一礼すると、部屋のすみに控えた。幼い私は、お父様のことなんて視界にも入っていないようだけれど。
それからしばらく、フィーと幼い私は話し続ける。一生懸命に言葉を紡ぐ当時の私を、フィーは優しい目で見守る。
何を話しているのかまではわからない。覚えてもいない。だが、胸の中が温かいもので満たされた。何か大切なものを取り戻した気分。
二人がそろってお父様の方を見た。お父様が何かを言ったらしい。幼い私の目に、みるみるうちに涙がたまる。
フィーは悲しげに微笑むと、ふところを手で探り始めた。やがて、何かを取り出す。その箱には見覚えがあった。
あの中には、私が今も身に着けているアメジストの首飾りが入っている。
フィーが、泣き出す寸前の昔の私の前にひざまずく。あまりに目を丸くするものだから、大粒の涙がこぼれたが、幼い私にそれを気にする様子はない。
フィーが口を開く。相変わらず声は聞こえない。この時、フィーは何と言ったんだっけ。
幼い私は目を閉じることを忘れたように、フィーを見つめている。
『次に会う時までに、約束、思い出してくださると嬉しいです』
約束。そう、何か約束をしたはずなのだ。
フィーが苦笑しながら、何かを言った。幼い私は慌てて首をふる。
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ふと、泡が弾けるように、頭の中でフィーの声が響いた。
「次に会う時には、あなたに相応しい場所を用意します。だから、その時には、結婚してくれませんか?」
そうだ、思い出した。
私はあの時たしかに、フィンリー殿下と結婚の約束を交わしたのだ。あのネックレスはその証だと。そして私はそれを受け入れた。
どうして私はこんなに大切なことを忘れていられたのだろう。
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