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閑話(後日談) 街歩きデート その6
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「私、もっと頑張りますね」
大好きな人が頑張っている。それだけで頑張る理由は十分だけれど。でもそれだけではない。
「帝国は、この国は、こんなに素敵な国だって、自分の目で見て実感したんです」
疲れただなんて言っている場合じゃない。婚約者なのに一緒に過ごせないだなんて泣き言を言っている暇もない。
これ以上、一人で背負わせるつもりはない。私だって一緒に背負う義務と、そして権利を持っているはずだ。
「あなたの隣で、この国を守りたいです」
神に誓うような、そんな神聖な心地で宣言した。言い切って、胸がすっとした。自然と背筋が伸びる。
ふ、と隣で笑った気配がしたと思うと、後ろから抱きすくめられた。
「あなたにはかないませんね。茨の道ですが、共に歩んでくれますか?」
「よろこんで」
熱に浮かされたような、それでいて冷静に、私はうなずく。フィンリーとならきっと大丈夫だと確信できた。
でも、とフィンリーは腕に込める力を強くする。
「アイリス、あなたを幸せにするのも使命なんです」
だからどうか無理をしないで、と耳元でささやかれた。その声はどこか懇願するような響きを帯びていて、とまどう。
「代わりはどこにもいないんです。あなたに何かあれば、一生死ぬほど後悔する」
あなただけが唯一なんです。すがるような声が、心の奥に触れたような気がした。
知らない間に入っていた肩の力が抜ける。張りつめた心の糸が、早くも弛んだのを感じた。
私の変化に気がついたのだろう。抱きしめる腕の力もゆるめられた。
「そのままのあなたを愛しています。願わくば、あなたのままで側にいて」
「……フィンリー」
私もフィンリーもある意味で天涯孤独だ。近しい親戚と呼べるのはお互いだけ。大切に思う人はいるけれど、恋しく思うのも互いだけだ。
私がフィンリーのことを案じるように、フィンリーも私を想ってくれる。
愛している、だなんて真っすぐに告げられるのがくすぐったくて、でも、たまらなく嬉しい。
「ダメですね、私」
一番守りたい人をないがしろにするようでは本末転倒だ。
「ダメなんかじゃないです。あなたは完璧だ」
「完璧って」
似合わない言葉に思わず笑ってしまう。完璧なんてほど遠い。いつも失敗ばかりだ。
「本気で言ってるんですよ?」
「ふふ、ありがとうございます」
私が軽く受け流すから、またフィンリーが拗ねかけている。でも良いのだ。機嫌を直す魔法の言葉は既に知っている。
唱えるのは、ほんの少し恥ずかしいけれど。
「ねぇ、フィンリー」
なんですか、とフィンリーは律儀にこちらを見る。機嫌を損ねていても、私が呼んだらなんだかんだ反応してくれる。
「いつもありがとうございます。私も、あ、愛してます……」
口にした直後に後悔が襲ってくる。やっぱり「好き」くらいにしておけば良かった。愛してるだなんて柄にもないのに。
「アイリス」
名前を呼ばれて反射的に顔を上げる。すぐに背けようとするけれど、フィンリーはその一瞬を逃さなかった。
顎をすくいあげて、唇が重ねられる。
「ふぃ、ふぃ、フィンリー!?」
あまりに突然の出来事に、フィンリーをつき飛ばしてしまった。そりゃあ婚約者なんだから、き、キスくらいしたっていいけれど、それにしたって急すぎる。
非難を目線に込めて見つめていたら、フィンリーはそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。
「だって、さっきあなたがお願いしたんでしょう?」
後でキスしてくれるなら許す、って。
ああ、こういういたずらっぽい声音も格好良い、じゃなくて。たしかに言った。軽口を叩いたフィンリーに拗ねてみせたとき、お願いを叶えて、って。
でもそれは、フィンリーがあんまり余裕そうにしているから、少しくらい翻弄したくて言ってみただけで……!
「苦情は受け付けませんよ、アイリスが言ったんですから」
「……もう、フィンリーの馬鹿! しばらく口ききませんからね!」
「え、ちょっと、アイリス? え、本気で言ってるんですか!?」
フィンリーの焦った顔を尻目に、元来た道へと歩き出す。護衛はちゃんとついてきているはずだし、道を間違ったらフィンリーは止めてくれるだろうから。
一週間くらいこのまましようかな、と思案しながら、追いかけてくる謝罪の声を聞き流す。
大通りに近づいてくると、また活気のある声が聞こえ始めた。フィンリーが取り戻したこの国の宝物。もちろん、他の人だってたくさん頑張ってくれているのだけれど。
大通りを歩く。そこら中に笑顔があふれている。売る人も買う人も。それに、小さい子どもが母親を呼ぶ声もする。
来るときにくぐった門が近づいて来た。馬車はすぐそこで待っている。
「アイリス……」
哀愁のこもった声が後ろから追いかけてくる。強引に捕まえてしまおうと思えばできるはずなのに、それをしない彼が何だか可愛らしい。
でも、そうしてくれたっていいのに。自分で放りだしておいて、無性に寂しくなってきた。来たときみたいに手を繋ぎたい。私からなんてとても言い出せないけれど。
……やっぱり、城に帰るまでには許してあげることにしよう。だって一週間は長すぎるんだもの!
大好きな人が頑張っている。それだけで頑張る理由は十分だけれど。でもそれだけではない。
「帝国は、この国は、こんなに素敵な国だって、自分の目で見て実感したんです」
疲れただなんて言っている場合じゃない。婚約者なのに一緒に過ごせないだなんて泣き言を言っている暇もない。
これ以上、一人で背負わせるつもりはない。私だって一緒に背負う義務と、そして権利を持っているはずだ。
「あなたの隣で、この国を守りたいです」
神に誓うような、そんな神聖な心地で宣言した。言い切って、胸がすっとした。自然と背筋が伸びる。
ふ、と隣で笑った気配がしたと思うと、後ろから抱きすくめられた。
「あなたにはかないませんね。茨の道ですが、共に歩んでくれますか?」
「よろこんで」
熱に浮かされたような、それでいて冷静に、私はうなずく。フィンリーとならきっと大丈夫だと確信できた。
でも、とフィンリーは腕に込める力を強くする。
「アイリス、あなたを幸せにするのも使命なんです」
だからどうか無理をしないで、と耳元でささやかれた。その声はどこか懇願するような響きを帯びていて、とまどう。
「代わりはどこにもいないんです。あなたに何かあれば、一生死ぬほど後悔する」
あなただけが唯一なんです。すがるような声が、心の奥に触れたような気がした。
知らない間に入っていた肩の力が抜ける。張りつめた心の糸が、早くも弛んだのを感じた。
私の変化に気がついたのだろう。抱きしめる腕の力もゆるめられた。
「そのままのあなたを愛しています。願わくば、あなたのままで側にいて」
「……フィンリー」
私もフィンリーもある意味で天涯孤独だ。近しい親戚と呼べるのはお互いだけ。大切に思う人はいるけれど、恋しく思うのも互いだけだ。
私がフィンリーのことを案じるように、フィンリーも私を想ってくれる。
愛している、だなんて真っすぐに告げられるのがくすぐったくて、でも、たまらなく嬉しい。
「ダメですね、私」
一番守りたい人をないがしろにするようでは本末転倒だ。
「ダメなんかじゃないです。あなたは完璧だ」
「完璧って」
似合わない言葉に思わず笑ってしまう。完璧なんてほど遠い。いつも失敗ばかりだ。
「本気で言ってるんですよ?」
「ふふ、ありがとうございます」
私が軽く受け流すから、またフィンリーが拗ねかけている。でも良いのだ。機嫌を直す魔法の言葉は既に知っている。
唱えるのは、ほんの少し恥ずかしいけれど。
「ねぇ、フィンリー」
なんですか、とフィンリーは律儀にこちらを見る。機嫌を損ねていても、私が呼んだらなんだかんだ反応してくれる。
「いつもありがとうございます。私も、あ、愛してます……」
口にした直後に後悔が襲ってくる。やっぱり「好き」くらいにしておけば良かった。愛してるだなんて柄にもないのに。
「アイリス」
名前を呼ばれて反射的に顔を上げる。すぐに背けようとするけれど、フィンリーはその一瞬を逃さなかった。
顎をすくいあげて、唇が重ねられる。
「ふぃ、ふぃ、フィンリー!?」
あまりに突然の出来事に、フィンリーをつき飛ばしてしまった。そりゃあ婚約者なんだから、き、キスくらいしたっていいけれど、それにしたって急すぎる。
非難を目線に込めて見つめていたら、フィンリーはそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。
「だって、さっきあなたがお願いしたんでしょう?」
後でキスしてくれるなら許す、って。
ああ、こういういたずらっぽい声音も格好良い、じゃなくて。たしかに言った。軽口を叩いたフィンリーに拗ねてみせたとき、お願いを叶えて、って。
でもそれは、フィンリーがあんまり余裕そうにしているから、少しくらい翻弄したくて言ってみただけで……!
「苦情は受け付けませんよ、アイリスが言ったんですから」
「……もう、フィンリーの馬鹿! しばらく口ききませんからね!」
「え、ちょっと、アイリス? え、本気で言ってるんですか!?」
フィンリーの焦った顔を尻目に、元来た道へと歩き出す。護衛はちゃんとついてきているはずだし、道を間違ったらフィンリーは止めてくれるだろうから。
一週間くらいこのまましようかな、と思案しながら、追いかけてくる謝罪の声を聞き流す。
大通りに近づいてくると、また活気のある声が聞こえ始めた。フィンリーが取り戻したこの国の宝物。もちろん、他の人だってたくさん頑張ってくれているのだけれど。
大通りを歩く。そこら中に笑顔があふれている。売る人も買う人も。それに、小さい子どもが母親を呼ぶ声もする。
来るときにくぐった門が近づいて来た。馬車はすぐそこで待っている。
「アイリス……」
哀愁のこもった声が後ろから追いかけてくる。強引に捕まえてしまおうと思えばできるはずなのに、それをしない彼が何だか可愛らしい。
でも、そうしてくれたっていいのに。自分で放りだしておいて、無性に寂しくなってきた。来たときみたいに手を繋ぎたい。私からなんてとても言い出せないけれど。
……やっぱり、城に帰るまでには許してあげることにしよう。だって一週間は長すぎるんだもの!
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