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内緒話
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散策を続ける気分でもなくなったのだが、やめると言ったらポピーは何と言うだろうか。
そんなことを悶々と考えているところに、ポピーが、皇女殿下、と呼んだ。
「なぁに?」
「もしよろしければ、庭園の散策はまた後日ということで、少し私にお付き合いいただけませんか?」
「ポピーに?……もちろん構わないわ」
ポピーの言葉に驚く。いつも私のことばかりで、自分の意見を言ったことなんてなかったから。
いつも良くしてくれている彼女が行きたい場所があるのなら、日頃の恩返しがてら付き合うのもいいだろう。
一旦自室に戻ると、ポピーは何やら手紙を書いている。
「ポピー、それは?」
「少し報告しなければならないことがありまして……。すぐに終わります」
言葉通りすぐに書き上げたポピーは、侍女仲間の一人に何かを言ってから手渡し、私の方を振り返った。
「お待たせ致しました。では参りましょう」
ポピーについて歩いて行く。城内は入り組んだ迷路のようになっていて、はぐれたら自室に戻ることすら難しそうだ。
彼女の足取りは迷いない。きらびやかな装飾がほどこされた廊下が、角を曲がるたびにだんだん質素になっていく。
「ポピー、どこに向かってるの?」
「会わせたい人がいるのです。ご足労おかけして申し訳ございません」
「それはいいんだけど……」
それが誰なのか、尋ねてもいいものだろうか、と考えていると、ポピーが足を止める。
「ここです」
そう言うと、すぐにノックをする。内側から扉が開いた。
顔をのぞかせたのは、40代くらいの女性だった。私の姿を見ると、驚いたように頭を下げる。
「これは皇女殿下。このようなところに一体何のご用事で」
私がポピーの方をちらりと見ると、女性も目で追った。
「ポピー? お前、一体何をしてるのかい」
「中で話をしてもいい? お願い」
女性はため息を吐いた。
招き入れられて足を踏み入れる。こじんまりとしているが、居心地のよさそうな良い部屋だった。
彼女はジェシカといい、ポピーのお母さんらしい。まとう雰囲気がよく似ていたから、それにはあまり驚かなかったのだが。
「ジェシカさんは、フィンリーの乳母だったのですか……?」
「どうかジェシカと。この子の兄とフィンリー殿下が同い年にあたります」
アルバム王国が攻めて来て、皇都を脱出すると決まった時。ジェシカはフィンリーを連れて逃げる役に名乗り出たのだという。
我が子二人と合わせて、三人の子どもと共に逃げるのは、かなり大変だったことは想像できる。
「万が一のときは、息子を身代わりに差し出して、殿下だけお助けする心づもりでした」
あっさりと彼女はそう語ったが、覚悟を決めた当時はどれほどの心境だったのか。幸い、追手に捕えられることはなく、無事だったそうだが。
「だから私は、フィンリー殿下とは、この例えは恐れ多いですが、兄妹のように育ったのです」
ポピーが言う。
「皇女殿下の侍女になるよう命じられたとき、フィンリー殿下は、最も信頼できる私を皇女殿下の側に置きたい、とおっしゃいました」
知らなかった。苦しい時代を共に過ごした妹分を、わざわざ私の侍女につけてくれたなんて。
「本当にあの方は、一度皇女殿下にお会いしてからは、ずっと皇女殿下のことばかりお話しされていて」
知らなかった。そんな風に私のことを話していたなんて。
「追手の目が厳しくなって、自ら会いに行かれることが難しくなってからは、ポピーの兄を年に一度プルプレア王国に送っていましたよ」
「それで、兄に絵姿を描かせて……。毎日眺めていらっしゃったくらいです」
知らなかった……って、絵?
私は誰かに絵を描かせた覚えはないし、年に一度、定期的に男の人と会ったこともない。
そもそも自分の顔が嫌いだから肖像画を描かせたこともないし、家族からそれを提案されたこともなかった。
「絵、ですか」
「そう、伯爵に必死にお願いして、物陰からこっそり描いていたのだとか」
「描かずに帰るとフィンリー殿下がお怒りになりますからね」
……それは普通に危ない人ではないのだろうか。婚約したのは、早まったのではないかと今初めて思った。
それでも嬉しいと感じてしまうあたり、私も大概なのかもしれないけれど。
「心配なさることはありませんよ、皇女殿下。フィンリー殿下が寵愛されているのは、後にも先にも皇女殿下お一人です」
大真面目に言うポピーがなんだかおかしくて、笑いがこぼれた。
「良かった、やっと笑ってくださいましたね」
「ええ、あなたとジェシカのおかげでね。ありがとう」
そう言うと、ポピーとジェシカは嬉しそうに笑った。その笑顔は母娘だけあって、よく似ていた。
そんなことを悶々と考えているところに、ポピーが、皇女殿下、と呼んだ。
「なぁに?」
「もしよろしければ、庭園の散策はまた後日ということで、少し私にお付き合いいただけませんか?」
「ポピーに?……もちろん構わないわ」
ポピーの言葉に驚く。いつも私のことばかりで、自分の意見を言ったことなんてなかったから。
いつも良くしてくれている彼女が行きたい場所があるのなら、日頃の恩返しがてら付き合うのもいいだろう。
一旦自室に戻ると、ポピーは何やら手紙を書いている。
「ポピー、それは?」
「少し報告しなければならないことがありまして……。すぐに終わります」
言葉通りすぐに書き上げたポピーは、侍女仲間の一人に何かを言ってから手渡し、私の方を振り返った。
「お待たせ致しました。では参りましょう」
ポピーについて歩いて行く。城内は入り組んだ迷路のようになっていて、はぐれたら自室に戻ることすら難しそうだ。
彼女の足取りは迷いない。きらびやかな装飾がほどこされた廊下が、角を曲がるたびにだんだん質素になっていく。
「ポピー、どこに向かってるの?」
「会わせたい人がいるのです。ご足労おかけして申し訳ございません」
「それはいいんだけど……」
それが誰なのか、尋ねてもいいものだろうか、と考えていると、ポピーが足を止める。
「ここです」
そう言うと、すぐにノックをする。内側から扉が開いた。
顔をのぞかせたのは、40代くらいの女性だった。私の姿を見ると、驚いたように頭を下げる。
「これは皇女殿下。このようなところに一体何のご用事で」
私がポピーの方をちらりと見ると、女性も目で追った。
「ポピー? お前、一体何をしてるのかい」
「中で話をしてもいい? お願い」
女性はため息を吐いた。
招き入れられて足を踏み入れる。こじんまりとしているが、居心地のよさそうな良い部屋だった。
彼女はジェシカといい、ポピーのお母さんらしい。まとう雰囲気がよく似ていたから、それにはあまり驚かなかったのだが。
「ジェシカさんは、フィンリーの乳母だったのですか……?」
「どうかジェシカと。この子の兄とフィンリー殿下が同い年にあたります」
アルバム王国が攻めて来て、皇都を脱出すると決まった時。ジェシカはフィンリーを連れて逃げる役に名乗り出たのだという。
我が子二人と合わせて、三人の子どもと共に逃げるのは、かなり大変だったことは想像できる。
「万が一のときは、息子を身代わりに差し出して、殿下だけお助けする心づもりでした」
あっさりと彼女はそう語ったが、覚悟を決めた当時はどれほどの心境だったのか。幸い、追手に捕えられることはなく、無事だったそうだが。
「だから私は、フィンリー殿下とは、この例えは恐れ多いですが、兄妹のように育ったのです」
ポピーが言う。
「皇女殿下の侍女になるよう命じられたとき、フィンリー殿下は、最も信頼できる私を皇女殿下の側に置きたい、とおっしゃいました」
知らなかった。苦しい時代を共に過ごした妹分を、わざわざ私の侍女につけてくれたなんて。
「本当にあの方は、一度皇女殿下にお会いしてからは、ずっと皇女殿下のことばかりお話しされていて」
知らなかった。そんな風に私のことを話していたなんて。
「追手の目が厳しくなって、自ら会いに行かれることが難しくなってからは、ポピーの兄を年に一度プルプレア王国に送っていましたよ」
「それで、兄に絵姿を描かせて……。毎日眺めていらっしゃったくらいです」
知らなかった……って、絵?
私は誰かに絵を描かせた覚えはないし、年に一度、定期的に男の人と会ったこともない。
そもそも自分の顔が嫌いだから肖像画を描かせたこともないし、家族からそれを提案されたこともなかった。
「絵、ですか」
「そう、伯爵に必死にお願いして、物陰からこっそり描いていたのだとか」
「描かずに帰るとフィンリー殿下がお怒りになりますからね」
……それは普通に危ない人ではないのだろうか。婚約したのは、早まったのではないかと今初めて思った。
それでも嬉しいと感じてしまうあたり、私も大概なのかもしれないけれど。
「心配なさることはありませんよ、皇女殿下。フィンリー殿下が寵愛されているのは、後にも先にも皇女殿下お一人です」
大真面目に言うポピーがなんだかおかしくて、笑いがこぼれた。
「良かった、やっと笑ってくださいましたね」
「ええ、あなたとジェシカのおかげでね。ありがとう」
そう言うと、ポピーとジェシカは嬉しそうに笑った。その笑顔は母娘だけあって、よく似ていた。
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