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庭園での散歩(後編)

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 なぜこうなることを考えなかったのだろう。

 今目の前にいるこの少女……グレースは、フィンリーの側室になるために城にあがった令嬢なのだろう。

 フィンリーが側室を迎えるらしいということは何度か聞かされていた。

 仮に、彼が先代の皇帝陛下の息子で、何事もなく皇位を受け継いだのであっても、次代に皇族の血を残すため側室を迎えることは一般的である。

 まして、今皇族を名乗れるのはフィンリーとアイリスの二人だけだ。一人でも多くの子どもを、と考えることは当然のことだ。

 さらに、彼はあくまで先代の皇帝陛下の甥にすぎない。即位と統治を問題なく行うために、国内の後ろ盾を求めるのは自然な流れ。

 カナリッチ侯爵というと、たしか先帝の時代に宰相を務めていた人物だ。恐らく、フィンリーが即位してからもしばらくはそうするはず。

 その孫娘ともあらば、有力な側室候補になるのは当たり前だ。

 もやもやする気持ちがなかったわけではない。でも、理由は十分すぎるほどにわかったから、アイリスは何ひとつ文句を言わずにそれを受け入れた。

「レディ・グレース。こちらはアイリス皇女殿下でいらっしゃいます。口をお慎みくださいませ」

 ポピーが、いつになく儀礼的な口調で言った。少し怒っているらしい。

「こ、皇女殿下!? これは大変失礼致しましたわ。どうかお許しくださいませ」

 慌てて少女は美しいカーテシーをとった。幼い頃から叩き込まれたのだろう。見ているこちらがため息を吐きたくなるほど完璧な礼だった。

 こんなに素敵な令嬢だったら、きっとフィンリーも心奪われることだろう。

 ……そうしたら、私の居場所はまたなくなってしまうかもしれない。

 フィンリーは優しい人だから、そんなことはしないとわかっている。正妻として迎えるからには、優しく扱ってくれることだろう。

 それでも、横に並ぶグレース様とフィンリーを想像したら、胸が苦しくなった。

 ここから出ていってくれたらいいのに。

 一瞬本気で考えた自分に驚く。こんなに可愛らしい令嬢に、なんということを思ったのだろう。

 あわてて取り繕って、返事をする。

「もちろんです、レディ・グレース。私こそ注意が足りていませんでしたから」
「寛大なお言葉に感謝致しますわ、殿下」

 彼女はたしかにフィンリーの側室になるけれど、ちゃんと話が通じる相手だったし、謝罪までもらった。これで何の問題もない。

 そのはずなのに、どうしてこんなにもやもやするのだろう。

「私はこの城にほとんど知り合いがいないので……。仲良くしてくださると嬉しいです」

 友好的に、優しく、と頭で唱えながら、グレース様に微笑みかける。

 グレース様も淑女らしく上品な笑みを返してくる。

「喜んでお受けさせていただきますわ。……フィンリー殿下の寵愛を独り占めするわたくしのことを、殿下がご不快に思われなければ、ですけど」

 穏やかな表情と、言葉の後半があまりにそぐわなくて、聞き間違いでもしたのだろうかと思った。ポピーの怒りの表情から、間違っていなかったことを悟る。

 グレース様の豊かな金髪が、私を最後まで嫌っていた義妹の姿を思い起こさせる。

 いやだ。フィンリーを取られたくない。

 元々私のものでもないのに、そんな子供じみた独占欲がわきおこる。

 自分の感情に戸惑った私が言葉に詰まっていると、グレース様は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。

「それでは皇女殿下、ご機嫌よう。またお会いできるのを楽しみにしておりますわ」

 私の返事を待つことなく、グレース様はさっそうと立ち去った。あっけに取られた私とポピーだけが取り残される。

 先に我に返ったのはポピーの方だった。

「皇女殿下! なぜ何も言い返されなかったのです? フィンリー殿下に愛されているのは私だと、あの女におっしゃれば良かったのに」
「だ、だって……フィンリーはお優しいから、私にも良くしてくださるだけよ」
「フィンリー殿下がどれだけ皇女殿下のことをお好きなのかはご存じでしょう?」

 黙り込んだ私を見て、ポピーは驚きの声をもらした。

「ま、まさか、ご存じないのですか?」
「ええと、多分……?」

 ポピーが何のことを言っているのかさっぱりわからない私は、とりあえず頷く。ポピーは大きなため息を吐いた。

「あのヘタレめ……」
「ぽ、ポピー?」
「お気になさらず。少し本音が出ただけですわ」

 全くもって大丈夫ではないと思うが、ポピーの勢いに乗せられた私はそれ以上何も言えなくなった。

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