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婚約者との茶会

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 現れたフィンリーは、光り輝いていた。


 ……わかっている。光っているように見えるのは、私がフィンリーに惹かれているからなのだろう。


 顔を見るだけでうるさくなる心臓をなだめて、いつも通りを装う。


「アイリス殿下。長い間、顔も見せず……。大変失礼しました」


 フィンリー殿下は、私の姿を視界に入れるなり、いきなり謝罪した。


 私はすっかりうろたえてしまう。


「そ、そんな。私がもっとフィンリー殿下のお手伝いができたら良かったのですけれど……。私が不勉強なもので」


 基礎的な教養があったところで、それはあくまでプルプレア王国での、それも伯爵令嬢クラスのものでしかない。


 伝統あるアーテル帝国の皇女ともなれば、相応の教養と自国の知識が必要になる。


 加えて、私は近いうちに皇后になることが決まっているのだ。皇帝に何かあった時に、一時的に国をまとめることもある立場になるからには、すべきことは山積みだった。


「お気になさらないでください、あなたにはこれ以上苦労をかけたくないのです。……どうしても、勉強だけはしていただかなくてはなりませんが」

「勉強はもちろん頑張ります。でも……」

「大丈夫ですよ、アイリス殿下。あなたの手をわずらわせるほどのことではありません」


 フィンリー殿下はいつまでたっても私を頼ってはくれない。


 当たり前だ。何も知らずに隣国でのうのうと生きてきた娘に、何の手伝いができると言うのだろう。彼の判断には、何の間違いもない。


 私を気遣う言葉が、フィンリー殿下の本心であることもわかっている。私を遠ざけようとデタラメを言っているわけでもない。


 でも。いずれ夫婦になる婚約者なのだから、いや恋人同士だって、相手が苦しいときには支え合うものなのに。


 私ばっかり守られて、私ばっかり甘えて。これではいつまでたっても本当の夫婦にはなれないのではないか、と不安になるのだ。


「私では、お役には立てませんか……?」


 食い下がった私に、フィンリー殿下が眉を寄せる。


 ああ、困らせてしまっている。せっかく、わずかに空いた時間を私と過ごしてくださっているのに。


「ご、ごめんなさい、フィンリー殿下。ワガママを申しました」


 お優しいフィンリー殿下のことだから、謝れば笑顔で許してくださるだろう。そんな私の予想は裏切られる。


 フィンリー殿下は、険しい顔を崩すことなく、無言で何かを考えていた。


 どうしよう。お疲れの時にこんなワガママを言ったから、怒らせてしまったのかもしれない。


「あ、あの、フィンリー殿下?」


 恐る恐る呼びかけた声は、蚊が鳴くような小さい。こんな声量では聞こえないかもしれない。もう一度呼んだ方がいいだろうか。


「ふぃ、フィンリー殿下……?」

「フィンリー、と、呼んでくださいませんか?」


 話すタイミングが完全に被った。何を言われたのか一瞬わからなくて、聞き返すか悩んでいる内に遅れて理解した。


「ふぃ、フィンリー、ですか?」


 私ごときがフィンリー殿下を敬称なしで呼ぶなんて許されるのだろうか、と思いながらも、求められたままに呼んでみる。


 横目でフィンリー殿下をうかがうと、右手で顔を押さえてうつむいていた。


「フィンリー殿下!?」

「……いえ、なんでもありません。そのままフィンリーと呼んでくださると嬉しいです」

「ええと、それなら私のことも、アイリス、と呼んでくださいませんか?……その、婚約者、ですし」


 出過ぎたことを言ってしまっただろうかとドキドキする。


 でも、せっかくフィンリー殿下、いや、フィンリーから距離を詰めてくれたのだから、私も応えたかった。


 憧れ続けても届かなかった温かい家庭を、フィンリーと築いてみたい。いつか生まれてくるだろう子どもたちに、寂しい思いはさせたくない。


「わかりました、アイリス。……少し、照れますね」


 どう言って微笑んだフィンリーの顔は、たしかに赤く色づいていた。つられて頬が熱くなる。手をあてると、指先がひんやりと感じられて心地よかった。


「あなたと話せたから、またしばらく頑張れそうです。ありがとうございます」


 キスもまだ、手を繋いだことすら数えるほどしかないのに。これでこんな調子なら、この先が思いやられる。


 いつか、フィンリーと一緒にいても平気になるのだろうか。そうなれるほど長い時間を一緒に過ごせたなら、嬉しい。

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