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「あら、何をおっしゃいますの。紳士の模範となるべき殿下が、一度交わした約束を違えますの?」
「違う。今さら撤回てっかいしたところで、密約が交わされたとでも思われるのがオチだ。わかっている、でも」

 王太子殿下の返事は、何とも煮え切らない。それならば、いっそ口を閉ざしていればいいのに。

 お嬢様は微笑みを絶やしていないが、内心ではどんなに矜持きょうじを傷つけられていることだろうか。想像するだけでおいたわしい。

 そろそろ、不敬を承知で、話に割って入るべきだろうか。僕が真剣に検討を始めてすぐ、部屋の戸が几帳面きちょうめんに三度叩かれた。

「どうぞ、お入りくださいませ」

 お嬢様の言葉を合図に、扉が開いた。

「フェリシア、私だ。入るぞ」
「あら、皆様おそろいでしたのね」

 牢ご……特別貴賓室に入ってきたのは、ボールドウィン公爵夫妻だった。お嬢様のご両親であり、僕の雇い主でもある。

「お父様、それにお母様も!」

 両親の姿を認めたフェリシアお嬢様は、パッと顔を明るくした。しかし、はずんだ声はすぐにしぼんでしまう。

「……いえ、これからはボールドウィン公爵夫妻とお呼びしなくてはならないのかしら」
「何を言う! 例え公に親子と名乗れずとも、お前が私たちの娘であることは変わらない!」
「そうですわ、可愛いシア。貴女を幸せにするためならば、わたくしも旦那様も何だってできますの」

 僕が首をひねったのは、今日だけで何度目だろうか。

 僕が聞いた話によると、お嬢様は公爵家を勘当されたはずだ。実際、公爵閣下も「公に親子とは名乗れない」と口にしている。

 しかし閣下は今、フェリシアお嬢様を「娘」と呼んだ。夫人も、お嬢様を幸せにするために力を尽くすと断言した。 

 なぜ公爵夫妻がお嬢様を訪ねてきたのかもわからない。ちなみに、王太子殿下とリリス様は論外である。

 そもそも、この「特別貴賓室」には来客がほとんど想定されていない。罪人を隔離するための部屋だから当たり前だ。四人も来客があっている今の状況がおかしいだけだ。

 公爵夫妻は二人掛けの椅子に座っていて、机を挟んだ向かい側には王太子殿下とリリス様が仲むつまじく座っている。

 お嬢様は公爵夫人とリリス様の間で、やはり机に向き合うように、一人で腰掛こしかけている。

 椅子がギリギリ五脚あったからいいものの、これ以上客が増えたら椅子さえ足りなくなるのだが。ちなみに僕は使用人だから、お嬢様の後ろに立って控えている。

 この部屋が想定している定員は、恐らく超えている。心なしか、部屋の密度が高い気がするのも、勘違いではないだろう。

 困惑する僕をよそに、公爵閣下は忌々しげにこうつぶやいた。

「ベリル王国の好色爺こうしょくじじいさえいなければ、もう少しマシな手が打てたものを」 

 ベリル王国、というと隣国の名前だが、お嬢様の勘当に何の関係がある? それに、好色爺とは、一体誰のことなのか。

 ここまで来たら、認めないわけにはいかない。きっと今回の騒動には、僕が知らされていない裏があるのだ。

 王太子殿下もリリス様も、公爵夫妻も、それにフェリシアお嬢様も。僕が覚えた違和感も、恐らくそれに起因するものだろう。

 僕がここでどんなに考えても、答えは出ない。それならば、思い切ってきいてみるしかない。

「恐れながらお尋ね致します」

 顔を伏せたまま、恐る恐る声を出してみた。部屋中の視線が、僕に突き刺さった。

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