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プロローグ~婚約破棄~

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「フェリシア・ボールドウィン。お前は王太子である俺の妃には相応しくない。よって婚約破棄する!」

 シャンデリアが絢爛けんらんたる輝きを放つ広間で、若い青年の声が響きわたった。青年の名はティモシー、このスピネル王国の王太子だ。

 彼に向き合っているのは、豪奢ごうしゃなドレスを身にまとった少女、フェリシアだ。ボールドウィン公爵家の令嬢である彼女は、現王の姪でもある。婚約者のティモシーとは従兄妹にあたる関係だった。

 何事なにごとか、と招待客たちの視線が集まる。会場のあちらこちらから聞こえていた歓談かんだんの声はひそめられ、皆が固唾かたずをのんできを見守っている。

 今夜の夜会は国王の生誕祝と銘打めいうたれているが、実際は違う。王太子ともうすぐ成人を迎える婚約者のお披露目ひろめの場だと、この場にいる誰もが理解していた。

 その主役とも言える二人が、大声で言い争っているのだ。注目を集めないはずもない。

「わたくしが王太子妃には相応しくない、ですって。一体なぜですの?」
「お前がもう一人の王太子妃候補、リリス・ローランド嬢に対して悪質な嫌がらせをしていただろう」
「ええ、認めますわ。ですが、それに何の問題がありますの?」

 二人の会話は、貴族たちに驚きをもって受け止められた。

 王太子妃の座を見事勝ち取ったフェリシアが、嫌がらせという卑劣ひれつな行為に手を染めていたことに加え、彼女が容疑をあっさりと認めたこと。

 そもそも、フェリシアとリリスは親友と言われていたはずだ。友好関係は表面だけで、実際は犬猿の仲だったということか。

 一体今から何が始まるのだろうか。当のリリスはどこにいるのか。招待客たちの好奇心がかきたてられていく。

「王太子妃はいずれ、王妃となる。王妃は国民の母だ。お前のような、卑劣な性悪に相応しい立場ではない」
「だからわたくしとの婚約を破棄なさる、と?」
「ああ。新たな婚約者には、リリス・ローランド嬢を迎える。これは陛下のご意思でもある!」

 ティモシーがそう宣言した瞬間、ざわめきが一層大きくなる。二人を取り巻く聴衆が二つに割れ、空いた道を堂々と男性が歩いてくる。

 彼はボールドウィン公爵、すなわちフェリシアの実父である。衆目を集めていることを気にかける様子は一切なく、厳しい面持ちをしている。

「フェリシア」
「あらお父様。いかがなさいましたの?」

 心底不思議そうに、フェリシアは父に問いかけた。苦虫を噛みつぶした顔をした公爵は、苛立たしげにかかとを鳴らした。

「王太子殿下へのその態度は何だ。加えて、ローランド侯爵令嬢に嫌がらせをしていただと? 問題だらけではないか!」

 穏やかな公爵がこれほど声を荒げているところを見たのは、会場にいる大半が初めてだったに違いない。事態の深刻さが、たとえ小さな子どもであってもわかるほどの剣幕けんまくだ。

 しかし、フェリシアは父の怒りもどこ吹く風。返事すらしないまま、飄々ひょうひょうと立っている。

 その態度が公爵の怒りをあおったのは、当然の結果だった。

「お前がこれほど愚かだとは思わなかった。これ以降、公爵家の名を名乗ることは許さない」
「お父様?」
「私を父と呼ぶな! もうお前は娘でも何でもない」

 公爵の言葉を合図にしたかのように、衛兵がフェリシアを取り囲む。彼女は抵抗することもなく、大人しく会場の外へと連行されていった。

 しかし貴族たちは、もうフェリシアを見てはいない。彼らの関心は、躊躇ためらいながら王子の手をとったリリスに移っていた。

 だから誰も気づかなかった。広間を出る瞬間、フェリシアが微笑ほほえみを浮かべていたことを。
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