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第3章

予知

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どんな日でも朝は来ます。
昨日は頭の中をこれ以上はない程、かき乱されましたが、今日も幸いにして朝は来てくれました。
今日は平穏な日を過ごしセディにどう振り向いてもらうか、シャーリーとブリジットに相談にのってもらいたいです。
私は登城する馬車の中で決意を固め、同乗していたシャーリーを見遣りました。
シャーリーはすぐに視線に気づいて、こちらを向いてくれます。
「申し訳ないのだけれど、今日、お城から帰ったら相談に乗ってほしいの」
細めな瞳が和らぎ、ほのかに温かい魔力が立ち上ぼらせてシャーリーは答えてくれました。
「喜んで承ります」


馬車を降りると、ダニエル先輩が立っていました。
私も登城は早い方なのに、先輩はどれぐらい早くから登城なさっているのでしょう。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
いつものようにややぶっきらぼうに挨拶を返してくださいます。
「早いですね」
「ああ、泊まり込んだ魔法使い以外、まだ来ていないようだ」
「では、エレンさんもまだですね」
「多分な」

まだ昨日の今日では人の顔と名前は一致しないかもしれません。
ですがエレンさんは特徴的な方です。目を奪われるような美人な方です。
切れ長で紫水晶のような瞳に、照り輝かんばかりの茶色にも金にも見える不思議な色合いの髪、女性が溜息をこぼしそうな素敵な胸と細いウエストの持ち主です。
外見だけでなく、性格も特徴的な方なのです。
竹を割ったような実にさっぱりした性格で、信頼のおける人柄です。私の指導役をして下さっていますが、魔法使いの棟では誰にでも頼りにされています。
そんなエレンさんですから当然かもしれませんが、珍しいことに…

「悪い。俺は、あまり人の外見には目が行かない」

私の熱弁は、とても先輩らしさを感じる先輩の発言で遮られました。確かに先輩なら外見は後回しでしょう。
「エレンさんの魔力は紫色で」
「ああ、いたな!なかなか強そうな気配だった」

打って変わって、いい反応が返ってきました。やはり先輩です。
エレンさんは電気を走らせる、いわば小さな雷を放つ攻撃が得意な方です。
先輩は私の説明に目を輝かせて、「雷か!」と感心し、その後は腕を組んでひとしきり「結界で防御し、…氷で、いや、電気を通さないもので攻めないとだめなのか?」と対策を練っています。
あまりにも先輩らしくて、思わず笑ってしまいました。
不意にこちらを見た先輩は眩しそうに目を細め、ふわりと淡く魔力を立ち上らせました。

「やっと笑ったな。昨日は最初以外、全く笑ってなかったぞ」

先輩の優しさが胸に迫り、私は言葉を失いました。

「無理はするなよ。俺にできることがあったら言え。俺は『先輩』だろ?」

ポンと私の頭に置かれた手が無性に温かく思えて、困ったことに涙がこみ上げてきます。
そのとき小気味いい足音が近づいてきました。

「ごめん、遅くなったのかな?遅刻はしていないつもりだったけど」

エレンさんです。今日も目の覚めるような美しさです。
その美しさのお陰で、ありがたくも涙は引いていきました。
「おお、ダニエル君、間近で見るといい男じゃない!」
「なっ…」
先輩は目を見開いて、直後に俯きました。
「ははは、照れる可愛さもいいね!夫がいなかったら、毎日、迫って楽しんでいたのになぁ」
「なっ!」
先輩は今や首まで赤くなっています。エレンさんは先輩の背中を叩きながら、広間の中へ案内します。


予知の広間は魔法使いの棟の端に位置しています。
円形に作られた広間は吹き抜けになっていて、上部の窓から差し込む光は中央に集まるように設計されていて、厳かな雰囲気を生み出しています。
光が集められた中央には、予知に使う、水鏡、水晶、そして国土の模型の3つの道具が並べられています。
予知を行うときは心を静めて道具に向き合わなければいけません
雑念に引きずられた予知は、精度が落ちたり、個人的なものになったりするのです。
かなりの集中が必要な術のため、広間には今まで行われた際の魔力の名残が一面に満ちています。
先輩が視線を様々なところに向けているのは、恐らくこの魔力の名残に惹かれたからでしょう。

先輩に一通りの説明を終えた後、いよいよ予知に入ります。
エレンさんはいつものように水晶を使います。
美しい紫の瞳を閉じて、両手を水晶にかざします。紫の魔力が立ち上り水晶を包み込むと、エレンさんの肩がピクリと動きました。
「うーん、曖昧な映像だった。感じ取れたのは雰囲気だけだったけど、よくないことが迫っている気がした」
「注意を促した方がいいですね。次の当番の方にも引き継いでおきましょう」
私はエレンさんの予知の結果をメモに残します。

次は私の番です。
私は特に道具にこだわりはないのですが、今日はなぜだか国土の模型を使いたい気がしました。
大きく息を吸って、瞳を閉じます。頭の中からすべての思考を追い出し、自分の感覚を研ぎ澄まします。
窓からの鳥のさえずり、予知の間の空気の流れ、エレンさんと先輩の息遣い、鼓動、魔力の流れ、普段気にしないもの、感じ取らないものを感じます。
やがてそれらも無くなり、ただ何もない空間に入った心地へと変化しました。
模型に手をかざします。
薄い黒い靄が現れます。この薄さからするとまだ遠い先のことでしょうか。
霞は国境の辺りが濃くなっているようです。隣国から何か良くないものがやってくるようです。
濃くなった部分に目を向けた途端、複数の場面が私を襲ってきました。
マントを羽織った複数の人間が、山から、川からも、密かに国内へ入り込んでいます。
次は、一人の瞳だけが映りました。色も分からない底なしの闇のような暗い瞳に突然赤い光が宿ります。
体中が粟立つような殺意を秘めた、今まで出会ったことのない程の強力な魔力です。
そして、殺意の先でしょう、現れた映像は艶やかな金の髪と濃い青の瞳が…

――ッ!

衝撃で私は目を開きました。よろめいた私を先輩が支えて下さいます。
赤い光が現実にも私を襲ったかのように、私の中で衝撃が走り抜けます。
息が乱れて、上手く呼吸ができません。
「シルヴィアちゃん、しっかり!」
エレンさんが私に駆け寄ります。
先輩は私の両手に指を絡め、治癒の魔法を送り込んでくれます。
それでも、赤い光の衝撃が体を捕らえたままで、息ができず、涙がこぼれます。
セディのイヤリングと叔父様のブレスレットから魔力を感じます。
それでもあまりの苦しさに、自分に治癒をかけようとしたとき、辺りを払うような清らかな魔力が広間に満ちました。

「シルヴィ、私を見るのだ」

馴染んだ深く染みとおる声は、それだけで私の身体を清めてくれるようです。
銀の長いまつ毛から覗く濃い青の瞳が、私を優しく捕らえてくれます。
叔父様は両手で私の顔を包み込み、額に口づけて魔力を送り込んで下さいました。
濁りのない清らかな魔力が隅々まで巡り、ようやく私は完全に赤い光から抜け出すことが出来ました。
広間に穏やかな空気が戻ってきました。
そして、一つの事実も私の中に戻ってきました。


それから半日も経たないうちに、叔父様から秘密裏に厳選されたごく少数の方へ、殿下の暗殺の予知が伝えられたのでした。

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