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第3章

殿下と先輩

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殿下のいらっしゃる棟は、魔法使いの棟と異なり人通りが少なくなります。
静かな廊下に先輩の足音が響いているのを聞きながら歩いていると、ぽつりと先輩が呟きました。

「顔色がよくないが、大丈夫なのか」

ああ、先輩は本当に学園にいたころと変わっていません。
無骨な雰囲気の方ですが、こんな風によく見て下さっています。
セディが心を閉ざしてしまったことで、私の全てが一変してしまい、学園にいたころがとても昔に思えましたが、考えてみれば、まだ一月なのです。
変わらない方が自然なのでしょう。

先輩の優しさが少し辛く、私は目を伏せてしまいました。
「昨日、初めて舞踏会に出たのです。寝不足なのです」
事実ですが、嘘でもある答えで逃げてしまいました。
先輩は、納得してくださったのかそれ以上話すことはありませんでした。もともと口数の少ない方です。

殿下の執務室に近づいてきました。護衛の騎士が立っています。
「本当は殿下への挨拶の前に、殿下の補佐をしているセドリックという者に紹介するべきなのですが、今日は城下に出ているそうです」
「ああ、あの模範演技の騎士か」
「よくご存じですね、学園では名前は公表されていなかったのに」
先輩は少し躊躇うそぶりを見せた後、口にしました。
「模範試合の時、お前のイヤリングと同じ魔力を感じたから」
私は驚きました。
「私には試合の時はセディの魔力の波動を感じ取れませんでした」
「それは…、お前はあのとき動揺していたから」
先輩は苦しそうな声で小さく呟きました。
なぜ、苦しそうになさるのか疑問に思いましたが、もう騎士の前にたどり着いてしまい何も聞けないままでした。

執務室に入ると、殿下は書類から目を上げ爽やかに微笑まれました。
私は首をひねりそうになるのを抑え込みました。
殿下は微笑みに合った爽やかな声で挨拶をされます。
「待っていたよ、君がダニエルか」
「よろしくお願いいたします」
先輩は特に気負うこともなく淡々と挨拶を返しています。殿下は椅子から立ち上がり、先輩の前に立ちます。
一瞬、先輩に視線を走らせ、頷かれています。
「噂通り、強い魔力の持ち主だね。魔法使いの棟でも相当強い方だろうね」
「そうかも知れませんが、隣の魔法使いには全く及びません」
固い声で先輩は返します。
全くということはないでしょう。
私は異議を唱えようと先輩を見上げて、言葉を飲み込みました。
先輩は驚くほど強い眼差しを殿下に向けていたのです。
「俺は遠回しなやり取りはできません。おっしゃりたいことがあるのなら、仰ってください」
殿下の右の眉がピクリと上がりました。その後、華やかな笑顔を浮かべられました。
「困るね、城で勤めるなら遠回しなやり取りもこなしてもらわなければ」

「さきほどからの殿下の魔力の漏れ方は遠回しではないですよ」
言葉は無礼に当たるほどきついものがありますが、先輩は淡々と思うところを口に出しています。
やはり、先輩も気づいていたのですね。
殿下は先輩に目を向けた瞬間から、棘を感じる魔力を溢れさせているのです。

いつもの爽やかで朗らかな物言いで殿下は答えました。
「ああ、すまない。君たちほど、私は魔力が安定していなくてね、意思に反して出てしまうのだよ」
「魔力は誰にも嘘をつかない」
先輩からも強い魔力が立ち上ります。

殿下は微かに目を見開き、そして魔力を収めながら肩をすくめました。
「そうだろうか? 私には分からないが、私は失礼をしたようだ、すまない」
先輩も魔力を収めました。
「俺は単に殿下のおっしゃりたいことを口にして欲しかっただけです」

いつもの笑顔を殿下は先輩に向けられました。
「それなら、君の言葉に甘えることにしよう」
殿下はゆっくりと表情を消しました。
「竜巻を起こすような無謀な真似で、私の大事なものを傷つけることは二度としないでもらいたい」
初めて聞く氷のような冷たい声です。
先輩は息を呑みました。

部屋に沈黙が訪れます。
重い空気に抗い、私のために先輩はあの技を繰り出したのだと、口にしようとしたとき、
先輩が私の肩を押さえ引き止めました。
殿下の眉がまた上がります。
先輩は澄んだ魔力を立ち上らせました。
「お言葉、しかと承りました」
殿下は目を伏せ頷かれました。
「有意義な時間だったよ、ダニエル。今日はここまでにしよう」

部屋の空気と体が何とか緩み、先輩と二人で部屋を退出しようとすると、殿下が軽やかに声をかけられました。
「ダニエル、君は一人でハリーのところへ戻っておくれ。私はシルヴィアに用がある」
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