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第3章
新しく懐かしい仲間
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眠いのです。
とても眠いのです。頭に霞がかかったようにぼぅっとしています。
昨夜は、結局、一睡もできませんでした。ですが、朝は当然訪れて、登城する時間もやって来ます。
今日はお父様も登城なさる日でしたので、いつものシャーリーだけでなくお父様とも一緒に馬車に乗りました。
馬車の振動と長閑な馬の蹄の音が眠気を誘います。
気力を振り絞って目を開けた先に、普段通りの穏やかな顔をしたお父様がクスリと笑っています。ウトウトしていたのを見られてしまったようです。
穏やかなお父様を見ていると、昨夜のことが夢だったような気がしてきます。
いえ、夢でないことは分かっています。
しかし、殿下は本気であのようなことを口にされたのでしょうか。
もし、万が一、あれが本気でのことなら、私が半年でセディを「落とす」ことができなければ、殿下の婚約者になってしまいます。
そのような事態になっているなら、お父様は事前に私に知らせて下さるはずです。
王太子の婚約者を決めることは、国の政治にも関わる一大事です。
事前に念入りに根回しがされ、決定される事柄のはずです。
それでも、残念ながら、私の魔法使いとしての感覚は、殿下は本気で言われたのだと知らせてきます。
思わず、溜息がこぼれました。
こんなぼんやりした頭で考えても、埒が明かないでしょう。
叔父様に仕事の合間にでも、ご存知のことを教えてもらいましょう。
私は、敢えて昨夜の件を頭から追い出しました。
お父様と別れて、叔父様の執務室に向かいます。
横を歩くシャーリーから、重さを感じさせない独特の足音がしています。
勤め始めたころは、王族でもない身で護衛を伴って移動するのは恥ずかしい気持ちもありましたが、この一月でようやく慣れてきました。
慣れてはきましたが、シャーリーの負担が気になります。
私とともに過ごしお城でも屋敷でも護衛をしてくれるシャーリーは、休む時間が少なすぎます。
お城で勤めるようになって、叔父様の強い勧めもあり、学園では敬遠していた叔父様の守護のブレスレットをはめるようになりました。
そしてお城には叔父様がいらっしゃいます。
お城にいる間はシャーリーには屋敷で休んでもらってもいいのではないでしょうか。
「シャーリー、思ったのだけど」
シャーリーは足を止めて振り返りました。
「お城にいる間は叔父様がいらっしゃるから、屋敷に戻ってもいいのではないかしら」
数瞬の後、シャーリーから返事がありました。
「お気遣いありがとうございます、お嬢様。今日から屋敷に戻るように、ハリー様からも言われております」
さすが、叔父様です。既に手を打っていらしたのですね。
シャーリーはドアをノックしながら、付け加えました。
「実質的に別のものがお城での護衛をすることになりますので」
…?
「実質的に」という言葉に首をひねるものがありましたが、シャーリーが休めるなら一安心です。
頬が緩むのを感じました。
「ゆっくり休んでね、シャーリー」
少し細めな目が和らぎました。私はシャーリーのこの瞬間の目が大好きです。
「ありがとうございます、お嬢様」
シャーリーは腰から頭までピンと伸びた美しいお辞儀をして、私を見送ってくれました。
ドアを開けて、私は眠気を忘れました。
見覚えのある鍛えぬいた精悍な体つきの後ろ姿がこちらを振り向き、鷲を思い起こさせる黄色の瞳が、私を出迎えたのです。
「ダニエル先輩!」
嬉しくて、私は先輩に抱き着いていました。
しっかりした先輩の身体が難なく受け止めてくれます。
たった一月余りしか離れていなかったのに、随分久しぶりに感じます。
先輩は、口を手で覆って目を逸らしています。
そうでした、先輩は接触が苦手な方でした。そんなこともとても懐かしく思えます。
「紹介は不要だろう。ダニエルは今日からこの魔法使いの棟で勤めることになる」
なぜだか少し棘のある魔力を立ち上らせて、叔父様が説明します。
「シルヴィ、皆への挨拶回りと建物の案内、最後に殿下のお目通りも頼む」
最後のご指示が、今の私には苦しいものがありますが、ダニエル先輩のためなら頑張ります。
皆さんへの挨拶回りでは、先輩はひたすら相手の魔力の強さを推し量っているようでした。
やはりダニエル先輩は、どこにいてもダニエル先輩です。
私は建物の案内もしていきます。
王都近くの地域の魔法使いが集う広間、物品を調達したりする事務の部屋、薬草の研究の部屋、守護や攻撃の魔法を研究する部屋などが続き、そして最後に予知の広間へ案内しました。
「予知は、その魔力をもつ魔法使いが二人一組となり当番で毎日行われています。
明日はちょうど私の当番の日です。 もう一人のエレンさんに話しておきますから、一緒に広間に入ってやり方を見てみませんか?」
先輩は一も二もなく頷いていました。
さて、残るは殿下へのご挨拶です。
無理に頭から追い出した記憶が嫌でも蘇ってきます。
ダニエル先輩のためです。仕事です。
何度も心の中でそう唱えながら、殿下の棟に先輩と向かいました。
とても眠いのです。頭に霞がかかったようにぼぅっとしています。
昨夜は、結局、一睡もできませんでした。ですが、朝は当然訪れて、登城する時間もやって来ます。
今日はお父様も登城なさる日でしたので、いつものシャーリーだけでなくお父様とも一緒に馬車に乗りました。
馬車の振動と長閑な馬の蹄の音が眠気を誘います。
気力を振り絞って目を開けた先に、普段通りの穏やかな顔をしたお父様がクスリと笑っています。ウトウトしていたのを見られてしまったようです。
穏やかなお父様を見ていると、昨夜のことが夢だったような気がしてきます。
いえ、夢でないことは分かっています。
しかし、殿下は本気であのようなことを口にされたのでしょうか。
もし、万が一、あれが本気でのことなら、私が半年でセディを「落とす」ことができなければ、殿下の婚約者になってしまいます。
そのような事態になっているなら、お父様は事前に私に知らせて下さるはずです。
王太子の婚約者を決めることは、国の政治にも関わる一大事です。
事前に念入りに根回しがされ、決定される事柄のはずです。
それでも、残念ながら、私の魔法使いとしての感覚は、殿下は本気で言われたのだと知らせてきます。
思わず、溜息がこぼれました。
こんなぼんやりした頭で考えても、埒が明かないでしょう。
叔父様に仕事の合間にでも、ご存知のことを教えてもらいましょう。
私は、敢えて昨夜の件を頭から追い出しました。
お父様と別れて、叔父様の執務室に向かいます。
横を歩くシャーリーから、重さを感じさせない独特の足音がしています。
勤め始めたころは、王族でもない身で護衛を伴って移動するのは恥ずかしい気持ちもありましたが、この一月でようやく慣れてきました。
慣れてはきましたが、シャーリーの負担が気になります。
私とともに過ごしお城でも屋敷でも護衛をしてくれるシャーリーは、休む時間が少なすぎます。
お城で勤めるようになって、叔父様の強い勧めもあり、学園では敬遠していた叔父様の守護のブレスレットをはめるようになりました。
そしてお城には叔父様がいらっしゃいます。
お城にいる間はシャーリーには屋敷で休んでもらってもいいのではないでしょうか。
「シャーリー、思ったのだけど」
シャーリーは足を止めて振り返りました。
「お城にいる間は叔父様がいらっしゃるから、屋敷に戻ってもいいのではないかしら」
数瞬の後、シャーリーから返事がありました。
「お気遣いありがとうございます、お嬢様。今日から屋敷に戻るように、ハリー様からも言われております」
さすが、叔父様です。既に手を打っていらしたのですね。
シャーリーはドアをノックしながら、付け加えました。
「実質的に別のものがお城での護衛をすることになりますので」
…?
「実質的に」という言葉に首をひねるものがありましたが、シャーリーが休めるなら一安心です。
頬が緩むのを感じました。
「ゆっくり休んでね、シャーリー」
少し細めな目が和らぎました。私はシャーリーのこの瞬間の目が大好きです。
「ありがとうございます、お嬢様」
シャーリーは腰から頭までピンと伸びた美しいお辞儀をして、私を見送ってくれました。
ドアを開けて、私は眠気を忘れました。
見覚えのある鍛えぬいた精悍な体つきの後ろ姿がこちらを振り向き、鷲を思い起こさせる黄色の瞳が、私を出迎えたのです。
「ダニエル先輩!」
嬉しくて、私は先輩に抱き着いていました。
しっかりした先輩の身体が難なく受け止めてくれます。
たった一月余りしか離れていなかったのに、随分久しぶりに感じます。
先輩は、口を手で覆って目を逸らしています。
そうでした、先輩は接触が苦手な方でした。そんなこともとても懐かしく思えます。
「紹介は不要だろう。ダニエルは今日からこの魔法使いの棟で勤めることになる」
なぜだか少し棘のある魔力を立ち上らせて、叔父様が説明します。
「シルヴィ、皆への挨拶回りと建物の案内、最後に殿下のお目通りも頼む」
最後のご指示が、今の私には苦しいものがありますが、ダニエル先輩のためなら頑張ります。
皆さんへの挨拶回りでは、先輩はひたすら相手の魔力の強さを推し量っているようでした。
やはりダニエル先輩は、どこにいてもダニエル先輩です。
私は建物の案内もしていきます。
王都近くの地域の魔法使いが集う広間、物品を調達したりする事務の部屋、薬草の研究の部屋、守護や攻撃の魔法を研究する部屋などが続き、そして最後に予知の広間へ案内しました。
「予知は、その魔力をもつ魔法使いが二人一組となり当番で毎日行われています。
明日はちょうど私の当番の日です。 もう一人のエレンさんに話しておきますから、一緒に広間に入ってやり方を見てみませんか?」
先輩は一も二もなく頷いていました。
さて、残るは殿下へのご挨拶です。
無理に頭から追い出した記憶が嫌でも蘇ってきます。
ダニエル先輩のためです。仕事です。
何度も心の中でそう唱えながら、殿下の棟に先輩と向かいました。
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