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第1章

困った魔力になりました

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 「シルヴィ、ここを開けてよ。」
 私の部屋のドア越しにセディの澄んだ声が聞こえてきます。私は思わずさらに深くベッドにもぐりこんでしまいました。いつもならセディの声が聞けただけでもうれしいのに。

 こんなことになったのは、3日前です。
 私の魔力は歳の割に大きかったそうなのですが、このところ体が大きくなるのに連れて魔力も一段と大きくなってしまったのです。
 私は「癒し」の魔力を持っています。今までは、気持ちが高ぶったときに、けがを治したり周りの生き物の生きる力を増やす程度でした。花が輝くのもこのためらしいです。
 ですが、魔力が増えたことでその癒しの力に、困った作用が生まれてしまったのです。

 3日前の夕食の時でした。
 お父さま、お母さまと一緒に食堂でいつものように食事をしていました。
 その日の最後に出たデザートは、私の大好きなリンゴパイでした。パイのつややかな焼き上がりと、少しかかっている白い生クリームがとても美味しそうな見た目です。甘い香りが立ち上っています。
 私は気持ちが高ぶったのがわかりました。
 癒しの力も私からあふれたのを感じました。いつものようにお父さま、お母さま、給仕のために立っていた執事のジェイムズと侍女のマリーの体が癒しの力を受けて柔らかく温かくなるのを、パイを見つめながらも感じていました。でも、その日はその後があったのです。

 『この艶やかさは、エリザベスの唇のようだ。』
 『このパイでまた太りそうだわ。』
 『腰の痛さが限界です。』
 『彼からの手紙を早く読みたいわ。』
 4人が一斉につぶやいたのです。私が顔を上げると、4人は目を丸くして顔を真っ赤に染めて手を口に当てていました。
 私は震えながら立ち上がり、部屋に走りこんでいました。

 自分の力のせいであんなことになったのが分かったのです。目を丸くしていたみんなの顔が頭から離れません。しばらくして、お父様やお母様がドア越しに声をかけてくれていましたが、あんなことを口に出させた私をみんなは嫌がっているのではないかと、力が溢れてまたあんなことになってしまうのではないかと恐くて、わたしは鍵を閉めたままベッドにもぐりこんで泣いていました。

 「シルヴィ、いい加減に開けないか。」
 セディに続いて、今度は叔父様の深みのある声が聞こえてきました。お父様とお母様は頼れるところにすべて頼んだのでしょう。叔父様の魔力は王国史上最大の大きさだと評判です。ドア越しの声にすら魔力がある気がします。
 ふと、叔父様の力がドアの鍵に向けられるのを感じ、私は必死に自分の力を鍵に向けました。
一瞬後、

パンッ!!

乾いた音と同時にドアは、――跡形もなく消えていました。
「邪魔くさい。」
叔父様が美しい眉をひそめてつぶやきました。
叔父様の後ろに立っているお父様、お母様、執事のジェイムズは目を見開いて固まっています。

そのとき、叔父様の脇をすり抜けてセディが走り寄ってきました。
 「バカっ!!」
私をぎゅっと抱きしめてセディが叫びました。セディの体が温かくて、セディが私を嫌がっていないのがうれしくて、私の目からぽろぽろ涙がこぼれてしまいました。

 その後、叔父様が私の魔力を調べてくださったところ、やはり、癒しの力が大きくなりすぎて、力を受けた相手は心も癒され緩んでしまい、その結果、心の中の思いを口走ってしまうことが分かりました。
 単なる癒しなら喜ばれる力です。ですが、表に出さない、出したくない思いを出させてしまうことは、とんでもないことです。4歳の私でもそれぐらい分かります。お父様たちの目を丸くした顔を思い出して、私は涙があふれてくるのを感じました。
 セディがまた抱きしめてくれました。
 叔父様は、再び眉をひそめ、あきれたようにつぶやきました。
 「部屋に閉じこもっても、泣いても、何にもならないぞ。」
 セディはキッと叔父様を睨みつけています。
 「睨んだところで、何か変わるわけではない。」
 叔父様の深い声が私の頭の中に染み込むようでした。とうとうこぼれた涙を指で拭ってくれながら叔父様は続けました。
 「これから、お前が変えていくんだ。」
 わたしがうなずくと、叔父様はようやくこの日初めての笑顔を見せてくれました。力だけでなく容姿の面からもエルフの生まれ変わりと称される叔父様の笑顔は、何もかも忘れてしまいそうな美しさで、まるで祝福されたような心地になりました。
 
 落ち着いた私の頭をなでながら、叔父様とお父様たちが話し合い、私は8歳になったときに魔法使いの学園に入り、魔力を抑制する訓練を受けること、それまでは、叔父様が魔力で作った封印の石を身に着け、力を封じで生活することになりました。
 
 叔父様が作ってくださった封印石は叔父様の髪の色と似た銀色で、私の力があふれ出た時には光を放ち、封じの魔力が発動します。その光はとてもきれいで、着け始めたころ、こっそり力を溢れさせて眺めていました。
 叔父様にばれて、やめましたが。

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