上 下
2 / 74
第1章

3歳のころ

しおりを挟む
 その日、わたしは朝から緊張していました。
 父さまの友人であるフォンド公爵のアルバートおじさまが、初めて子どもを連れて屋敷を訪れると聞いていたからです。
 3歳のわたしにとって、年の近い子どもと会うのは初めてのこと。
 どんな子どもが来るのか、「友だち」になれるのか、何日も前からドキドキしていました。

 「シルヴィア、こちらがセドリックだ。仲良くしてほしい。」
 
 フォンド公爵がそっと押し出しながら紹介してくれたその子を見て、わたしは必死に練習したあいさつどころか、息をするのもの忘れてその子に見とれてしまいました。
 自分よりも少し背の高いその子は、薄い茶色の艶やかな髪を持ち、長いまつ毛に縁どられた目はまだ芽吹いたばかりのような淡い緑色で、何を考えているのか知りたくなるような惹きこまれる眼差しをしています。顔のどの部分も整っていて、わたしのお気に入りの人形よりも美しい顔立ちをしていました。
 そして顔だけでなく、姿勢もとても美しく、本当にどこをとっても美しく感じてしまう姿です。
 そんなきれいな子と友だちになれるなんて嬉しくて、自分の顔が思わず緩んでいくのを感じました。
 その瞬間、セドリックの切れ長の涼やかな目が見開いたので、よほど自分の顔は緩み切っていたのでしょう。それでもうれしさが抑えきれず緩んだ顔は戻りませんでした。
 
 あまり自分からは話さないセドリックを引っ張って、わたしは屋敷の中で自分の一番好きな場所に案内しました。
 「ほら、お花がいっぱいでしょう?」
 そこは庭の中で草や花が自由に生い茂った場所です。喜んでくれると確信してセドリックを振り返ると、彼は少し戸惑った様子を見せた後、
 「本当だね、お花がいっぱいだね。」
と小さめな澄んだ声で答えてくれました。
 たったそれだけのことがたまらなくうれしくて、わたしは満面の笑みを浮かべていました。
 同時に、わたしの周りの花が一斉に輝きだしました。
 セドリックは、緑色の瞳を大きく見開き、口をかすかに開け、瞬きを繰り返しました。
 「わたしにとてもうれしいことがあると、周りが光ってくれることがあるのよ。」
 わたしは説明しながら、一番近くの花をそっと摘み取って、彼に差し出しました。
 「『お友だち』に、プレゼント。」
 何日も前に初めてのお友だちには、輝いたお花をあげられたらと思っていたのです。セドリックはまた目を見開き、やがてゆっくりと顔をほころばせながら、花を受け取ってささやきました。
 「ありがとう。」

 そうしてわたしにとって初めての友だちとなったセドリック―セディは、公爵のおじさまに連れられて遊びに来るようになりました。セディが何度か訪れた後、今度は私の方が公爵家に招かれました。
 「少し遠いし、嫌だったり体の調子が悪かったりしたら、来なくていいんだよ。」
 いつもは優しいセディが珍しく強めの口調で念を押したのです。
 わたしにとってはお誘いがうれしくて花瓶の花が輝くぐらいだったのに、どうしてそんなことを言うのか不思議でした。
 
 理由は公爵家についてすぐに、なんとなくわかりました。
 初めてお目にかかるセディのお母さま、公爵夫人アメリア様はセディとよく似た顔立ちの美しい方でした。
 「初めまして。シルヴィアと申し…」
 「まぁぁあ!聞いていた通り、なんて、なんてかわいいの!!」
 練習したあいさつは途中で遮られ、わたしは公爵夫人に抱き上げられたのです。そして、ぐりぐりと頬ずりをされました。
 
 「かわいいわ、本物の女の子だわ、ああ、幸せ…!」
 あまりの勢いにわたしは何となく恐くなって、お父様とお母様の方を見ました。二人とも目を見開いて固まっています。助けは期待できなさそうで、今度はセディとおじさまを見ました。二人とも顔は似ていないのに、同じように視線が遠くをさまよっています。
 思わず涙が浮かびそうになった時、セディがハッとして、
 「お母さま、シルヴィが苦しがっています。」
 と助けてくれました。
 
アメリアおばさまは、セディとお顔は似ていますが、雰囲気はかなり違う方でした。セディはどちらかといえば月を思わせる物静かな印象ですが、おばさまは満開のひまわりのような華やかな方です。
 そして、趣味もとても独特の方です。
 「あああ、本物の女の子は、やはり似合うわ~。」
 連れていかれたおばさまのお部屋には、一面にこの国の全ての種類を集めたのではないかと思われるぐらいのリボンが広げられていて、おばさまは私の髪や服に次々と飾ってみては、声を上げておられました…。初めは再び固まっていたお母さまも次第に「これはシルヴィに似合うかも」と参戦しはじめました。
 盛り上がる二人の傍らで、セディがひたすら申し訳なさそうにわたしを見ていました。
 後で聞いたところ、おばさまはいつもはセディで遊んで、いえ、試しているそうです。

 わたしの3歳の日々は、このようにセディと一緒に過ぎていきました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい

風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」 顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。 裏表のあるの妹のお世話はもううんざり! 側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ! そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて―― それって側妃がやることじゃないでしょう!? ※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...