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トサッ――。
屋敷の主の使う上質な寝台は、アマリーが落とされた衝撃を和らげた。
慌てて身を起こそうとするアマリーの動きは、彼女の上に覆いかぶさったリチャードの身体に阻まれる。
上からアマリーを見下ろす瞳は、射抜くような鋭さがあった。
「あの男のところになど行かせない」
アマリーは、彼の視線と声音の強さに射竦められた。
そもそも、返す言葉が分からなかった。屋敷を出れば天涯孤独なアマリーに身を寄せる場所など限られている。
血のつながった母方の祖父は存命だが、事あるごとにこの公爵家に足を運び、アマリーに嫌味を吐いていく。頼れるはずもない。リチャードがいう「あの男」――アマリーの父の唯一の弟子であり、アマリーのヴァイオリンの師匠であるオスカーのところへ行くしかなかったのだ。
口を開いたものの、何も言葉を紡げないアマリーを見て、リチャードは、ふっ、と息を吐き微かに嗤った。
「アマリー。君を確実に逃がさない方法があるんだよ」
穏やかな口調でありながら、その声に温度はなかった。固まるアマリーに上辺だけの美しい微笑みを浮かべて、リチャードは彼女のトラウザーズ越しに太腿から下腹部へと撫で上げる。
今まで誰にもそのような触れ方はされたことのないアマリーは、大きく息を呑む。
彼女の受けた衝撃は彼女に触れているリチャードに伝わったはずだが、彼が下腹部に置いた手を除けることはなかった。
彼は口の端を上げ、笑顔を見せた。けれど、その瞳は底冷えするような鋭さで、アマリーは呆然とその瞳を見つめる。
リチャードは下腹部に置いた手をゆっくりと動かし、アマリーの視線を彼の手に誘った。
長い指がまるで愛しむかのように自分の下腹部をそっと撫でる――、その信じられない光景から目を逸らせないでいると、冷たい声が降ってきた。
「ここに僕のものを注ぎ込もう。そうすれば、君がいつも口にしていたお待ちかねの継嗣が生まれる。フォンド家の継嗣だ。君は逃げ出せない」
言われたことの意味が頭に入り込むまで、時間を要した。
アマリーがようやく彼の言葉を理解した時、リチャードは更なる一言を放った。
「君が僕の子を宿すまで、毎晩注ぎ込むよ」
彼の鋭い眼差しが、温度のない声が、――彼の全てが、彼の本気を伝えていた。
彼女の意志を砕くためだけに、彼女を奪うと。
彼が発する狂気は、女性には耐えがたい恐怖を与えるはずだった。
けれども、アマリーに与えられたものは恐怖ではなかった。彼女は押し寄せた罪悪感に打ちのめされそうになり、大きな緑の瞳を潤ませた。
彼が言葉の裏に哀しみを隠していることが伝わったのだ。
アマリーが苦しそうに眉を寄せたのをみると、彼は端正な顔を歪め、隠すことを諦めた。
「どうして、どうして、僕から離れるんだ――!」
血を吐くような叫びだった。
彼の魂の悲鳴はアマリーの胸を貫き、緑の瞳から涙が溢れた。
「ごめんなさい…。ごめんなさい…」
身を起こし、遠い昔のあの日のように、リチャードを力の限り抱きしめる。
広く厚みのある彼の胸はあの日とは違う。けれども、彼から伝わる悲しみはあの日と変わらなかった。
アマリーは再び胸の痛みを覚え、固く目を閉じた。それでも、痛みに押し出されるように、言葉は零れた。
「ずっと側に居るつもりだったの。リチャードの選んだ奥様との生活を支えるつもりだったの」
誓いを立てたあの日から、リチャードに笑顔が戻ることを、公爵家のテーブルが再び家族で埋まることを願っていた。
いつか、お茶の時間に彼の妻と子どもたちに自分のヴァイオリンを聴かせることを夢見ていた。彼らの子どもたちにヴァイオリンを教えることまで夢見ていた。
それは、アマリーの心からの願いだった。
だから、笑顔は戻ったものの、成人したというのに一向に婚姻に、――いや、婚姻どころかご令嬢たちにすら――興味を示さないリチャードに、評判のご令嬢たちを躍起になって事あるごとに勧めていた。それでも全く関心を寄せないリチャードに業を煮やして、夜会にヴァイオリン奏者として入り込み、ご令嬢たちにリチャードを売り込むことさえしていたのだ。
――今日の夕刻まで。
アマリーはぽつりと囁いた。
「でも、できないことに気がついたの…」
今日の夜会の始まりで、リチャードは自分からとあるご令嬢に声をかけたのだ。そのようなことは初めてのことで、アマリーの心は浮き立った。とうとう自分の夢が叶う日も近いと、頬が緩むことを隠すことは無理なほどだった。
それなのに――、
社交ではない心からの笑みを、嬉しそうに、幾分、恥ずかしそうに、ご令嬢に向けたリチャードを目にして、アマリーの胸に、切り裂かれるような痛みが走った。
今まで味わったことのない痛みに、アマリーは場を忘れて立ち尽くしていた。
そして、彼女は今まで見えていなかった自分の想いを全身で知った。
――執事として決して抱いてはならない想い。
――主人である彼には迷惑なだけの想い。
だから、彼に気取られる前に、自分の想いが何とか止められるうちに、彼女の胸に秘めたまま、屋敷から去るつもりだった。
でも、それは私の独りよがりだったのね…。
アマリーは目を瞑り、息を吸い込んだ。
リチャードのあの叫びを耳にして、自分を隠したままではいられなかった。
アマリーはリチャードの顔を両手で包み込み、濡れた濃い青の瞳を覗き込みながら、今日気づいたばかりの、けれどもきっと昔からあったはずの大切な想いを声に乗せて伝えた。
「リチャード。あなたを好きになってしまったの」
濃い青の瞳が見開かれた。
彼から悲痛の色は消え去り、驚きが彼を染め上げる。
思いもよらぬことだったのだろうとアマリーはこんな時に苦笑した。
アマリー自身、今日の夕刻まで気づいていなかったのだから。
ふわりと彼女の緊張が解け、素直に心が零れ続けた。
「私は、もう、この気持ちを消せない…」
胸の痛みに立ち尽くしたとき、アマリーはこの想いを抑えることはできないと悟った。
想いを飲み込み、ひた隠して、リチャードといずれ彼が選ぶ女性との幸せを見続けるには、この想いは激しすぎた。報われることのない想いは容赦なく彼女の全てを染め上げ、夜会での彼女のヴァイオリンの音にまで沁み出ていた。
夜会の出席者には、単にアマリーの技術が素晴らしかっただけに聞こえていただろう。割れんばかりの拍手と称賛を受けたが、協奏した師匠のオスカーには、一音聞いただけで彼女の音の原因が分かったようだ。
一瞬、彼女に眼差しを向けた後は演奏を続けたものの、演奏が終わり、楽器を仕舞うときに小さく囁かれたのだ。
――そこまで苦しいのなら、僕のところにおいで。
優しい言葉は心に沁みて、アマリーは声も出せず、ただ目を瞬かせて、子どものように小さく頷くことしかできなかった。
けれども、屋敷を出る理由は、この抑えきれない想いから逃げるためだけではなかった。
アマリーにはどうしても守りたいものがあったのだ。
呆然とアマリーを見つめたままのリチャードを、彼女は真摯な思いを込めて見つめ返した。
「でも、今離れれば、遠くから、あなたと奥様の幸せを心から祈ることができる。今なら、できるの」
それだけは、失いたくないの――、
アマリーは彼の胸に額を当て、彼女に残された誓いの欠片を囁いた。
「僕から離れて…、僕の幸せ…?」
掠れた声が降ってきた。
アマリーの涙が、彼のシャツを濡らした。
このまま彼の側に居続ければ、この愚かな想いを隠せないだけでなく、この想いの為に、自分はきっと、彼と彼の大切な人の幸せすら祈ることができなくなる。
それどころか、彼に取り縋り、離れることすらできなくなってしまうかもしれない。
アマリーはもう自分自身を信用できなかった。
だから、彼の幸せを壊さないために、彼の下を去らなければいけないのだ。
アマリーはゆっくりと息を吐き、心を鎮め、顔を上げた。
濃い青の瞳が彼女の緑の瞳を出迎える。アマリーは彼女を映す濃い青の瞳に何とか微笑んだ。
「リチャード。お願いがあるの」
アマリーの声は微かに震えていた。
これを口にしてしまえば、もう後には戻れないことが分かっていた。それでも、アマリーは言葉を――、彼女のリチャードへの最後となる願いを紡いだ。
「最後に、…最後に、旦那様と執事ではない、リチャードと私の思い出が欲しいの」
執事としての自分をはっきりと捨てるための思い出が必要だった。確実に彼の側に居られなくするために、この思い出が必要だった。
そして、これからの人生で、彼から離れた自分が生きていく縁にするために、その思い出が必要だった。
彼女の願いが分からず、訝し気に細められた青い瞳に、はっきりと自分の望みを囁いた。
「今夜だけ、私のものになって」
静かな部屋にその囁きは響いた。息を呑み、食い入るように彼女を見つめる彼に、アマリーはさらに言葉を紡いだ。
「あなたが欲し――」
彼女の言葉は、熱を帯びた唇に遮られた。熱い唇がアマリーの唇を貪る。離されることなく続けられる口づけに、アマリーが喘いだ時、ゆっくりと唇は離された。
まだ息苦しさに喘ぐ彼女の顔を、大きな手が挟み込み、上向かせた。
濃い青の瞳は、アマリーを捕らえた。その瞳の強さに、アマリーは時が止まった気がした。
「僕から離れることを選んだ君を、許さない」
怒り、恨みを込めた言葉と裏腹に、その声音も、その眼差しも、アマリーの胸を締め付ける切なさを帯びていた。
そして、そっとアマリーの身体は寝台に横たえられ、リチャードはゆっくりと彼女に圧し掛かり、熱い吐息と共に耳元に囁いた。
「泣いても、叫んでも、止めてあげないよ」
屋敷の主の使う上質な寝台は、アマリーが落とされた衝撃を和らげた。
慌てて身を起こそうとするアマリーの動きは、彼女の上に覆いかぶさったリチャードの身体に阻まれる。
上からアマリーを見下ろす瞳は、射抜くような鋭さがあった。
「あの男のところになど行かせない」
アマリーは、彼の視線と声音の強さに射竦められた。
そもそも、返す言葉が分からなかった。屋敷を出れば天涯孤独なアマリーに身を寄せる場所など限られている。
血のつながった母方の祖父は存命だが、事あるごとにこの公爵家に足を運び、アマリーに嫌味を吐いていく。頼れるはずもない。リチャードがいう「あの男」――アマリーの父の唯一の弟子であり、アマリーのヴァイオリンの師匠であるオスカーのところへ行くしかなかったのだ。
口を開いたものの、何も言葉を紡げないアマリーを見て、リチャードは、ふっ、と息を吐き微かに嗤った。
「アマリー。君を確実に逃がさない方法があるんだよ」
穏やかな口調でありながら、その声に温度はなかった。固まるアマリーに上辺だけの美しい微笑みを浮かべて、リチャードは彼女のトラウザーズ越しに太腿から下腹部へと撫で上げる。
今まで誰にもそのような触れ方はされたことのないアマリーは、大きく息を呑む。
彼女の受けた衝撃は彼女に触れているリチャードに伝わったはずだが、彼が下腹部に置いた手を除けることはなかった。
彼は口の端を上げ、笑顔を見せた。けれど、その瞳は底冷えするような鋭さで、アマリーは呆然とその瞳を見つめる。
リチャードは下腹部に置いた手をゆっくりと動かし、アマリーの視線を彼の手に誘った。
長い指がまるで愛しむかのように自分の下腹部をそっと撫でる――、その信じられない光景から目を逸らせないでいると、冷たい声が降ってきた。
「ここに僕のものを注ぎ込もう。そうすれば、君がいつも口にしていたお待ちかねの継嗣が生まれる。フォンド家の継嗣だ。君は逃げ出せない」
言われたことの意味が頭に入り込むまで、時間を要した。
アマリーがようやく彼の言葉を理解した時、リチャードは更なる一言を放った。
「君が僕の子を宿すまで、毎晩注ぎ込むよ」
彼の鋭い眼差しが、温度のない声が、――彼の全てが、彼の本気を伝えていた。
彼女の意志を砕くためだけに、彼女を奪うと。
彼が発する狂気は、女性には耐えがたい恐怖を与えるはずだった。
けれども、アマリーに与えられたものは恐怖ではなかった。彼女は押し寄せた罪悪感に打ちのめされそうになり、大きな緑の瞳を潤ませた。
彼が言葉の裏に哀しみを隠していることが伝わったのだ。
アマリーが苦しそうに眉を寄せたのをみると、彼は端正な顔を歪め、隠すことを諦めた。
「どうして、どうして、僕から離れるんだ――!」
血を吐くような叫びだった。
彼の魂の悲鳴はアマリーの胸を貫き、緑の瞳から涙が溢れた。
「ごめんなさい…。ごめんなさい…」
身を起こし、遠い昔のあの日のように、リチャードを力の限り抱きしめる。
広く厚みのある彼の胸はあの日とは違う。けれども、彼から伝わる悲しみはあの日と変わらなかった。
アマリーは再び胸の痛みを覚え、固く目を閉じた。それでも、痛みに押し出されるように、言葉は零れた。
「ずっと側に居るつもりだったの。リチャードの選んだ奥様との生活を支えるつもりだったの」
誓いを立てたあの日から、リチャードに笑顔が戻ることを、公爵家のテーブルが再び家族で埋まることを願っていた。
いつか、お茶の時間に彼の妻と子どもたちに自分のヴァイオリンを聴かせることを夢見ていた。彼らの子どもたちにヴァイオリンを教えることまで夢見ていた。
それは、アマリーの心からの願いだった。
だから、笑顔は戻ったものの、成人したというのに一向に婚姻に、――いや、婚姻どころかご令嬢たちにすら――興味を示さないリチャードに、評判のご令嬢たちを躍起になって事あるごとに勧めていた。それでも全く関心を寄せないリチャードに業を煮やして、夜会にヴァイオリン奏者として入り込み、ご令嬢たちにリチャードを売り込むことさえしていたのだ。
――今日の夕刻まで。
アマリーはぽつりと囁いた。
「でも、できないことに気がついたの…」
今日の夜会の始まりで、リチャードは自分からとあるご令嬢に声をかけたのだ。そのようなことは初めてのことで、アマリーの心は浮き立った。とうとう自分の夢が叶う日も近いと、頬が緩むことを隠すことは無理なほどだった。
それなのに――、
社交ではない心からの笑みを、嬉しそうに、幾分、恥ずかしそうに、ご令嬢に向けたリチャードを目にして、アマリーの胸に、切り裂かれるような痛みが走った。
今まで味わったことのない痛みに、アマリーは場を忘れて立ち尽くしていた。
そして、彼女は今まで見えていなかった自分の想いを全身で知った。
――執事として決して抱いてはならない想い。
――主人である彼には迷惑なだけの想い。
だから、彼に気取られる前に、自分の想いが何とか止められるうちに、彼女の胸に秘めたまま、屋敷から去るつもりだった。
でも、それは私の独りよがりだったのね…。
アマリーは目を瞑り、息を吸い込んだ。
リチャードのあの叫びを耳にして、自分を隠したままではいられなかった。
アマリーはリチャードの顔を両手で包み込み、濡れた濃い青の瞳を覗き込みながら、今日気づいたばかりの、けれどもきっと昔からあったはずの大切な想いを声に乗せて伝えた。
「リチャード。あなたを好きになってしまったの」
濃い青の瞳が見開かれた。
彼から悲痛の色は消え去り、驚きが彼を染め上げる。
思いもよらぬことだったのだろうとアマリーはこんな時に苦笑した。
アマリー自身、今日の夕刻まで気づいていなかったのだから。
ふわりと彼女の緊張が解け、素直に心が零れ続けた。
「私は、もう、この気持ちを消せない…」
胸の痛みに立ち尽くしたとき、アマリーはこの想いを抑えることはできないと悟った。
想いを飲み込み、ひた隠して、リチャードといずれ彼が選ぶ女性との幸せを見続けるには、この想いは激しすぎた。報われることのない想いは容赦なく彼女の全てを染め上げ、夜会での彼女のヴァイオリンの音にまで沁み出ていた。
夜会の出席者には、単にアマリーの技術が素晴らしかっただけに聞こえていただろう。割れんばかりの拍手と称賛を受けたが、協奏した師匠のオスカーには、一音聞いただけで彼女の音の原因が分かったようだ。
一瞬、彼女に眼差しを向けた後は演奏を続けたものの、演奏が終わり、楽器を仕舞うときに小さく囁かれたのだ。
――そこまで苦しいのなら、僕のところにおいで。
優しい言葉は心に沁みて、アマリーは声も出せず、ただ目を瞬かせて、子どものように小さく頷くことしかできなかった。
けれども、屋敷を出る理由は、この抑えきれない想いから逃げるためだけではなかった。
アマリーにはどうしても守りたいものがあったのだ。
呆然とアマリーを見つめたままのリチャードを、彼女は真摯な思いを込めて見つめ返した。
「でも、今離れれば、遠くから、あなたと奥様の幸せを心から祈ることができる。今なら、できるの」
それだけは、失いたくないの――、
アマリーは彼の胸に額を当て、彼女に残された誓いの欠片を囁いた。
「僕から離れて…、僕の幸せ…?」
掠れた声が降ってきた。
アマリーの涙が、彼のシャツを濡らした。
このまま彼の側に居続ければ、この愚かな想いを隠せないだけでなく、この想いの為に、自分はきっと、彼と彼の大切な人の幸せすら祈ることができなくなる。
それどころか、彼に取り縋り、離れることすらできなくなってしまうかもしれない。
アマリーはもう自分自身を信用できなかった。
だから、彼の幸せを壊さないために、彼の下を去らなければいけないのだ。
アマリーはゆっくりと息を吐き、心を鎮め、顔を上げた。
濃い青の瞳が彼女の緑の瞳を出迎える。アマリーは彼女を映す濃い青の瞳に何とか微笑んだ。
「リチャード。お願いがあるの」
アマリーの声は微かに震えていた。
これを口にしてしまえば、もう後には戻れないことが分かっていた。それでも、アマリーは言葉を――、彼女のリチャードへの最後となる願いを紡いだ。
「最後に、…最後に、旦那様と執事ではない、リチャードと私の思い出が欲しいの」
執事としての自分をはっきりと捨てるための思い出が必要だった。確実に彼の側に居られなくするために、この思い出が必要だった。
そして、これからの人生で、彼から離れた自分が生きていく縁にするために、その思い出が必要だった。
彼女の願いが分からず、訝し気に細められた青い瞳に、はっきりと自分の望みを囁いた。
「今夜だけ、私のものになって」
静かな部屋にその囁きは響いた。息を呑み、食い入るように彼女を見つめる彼に、アマリーはさらに言葉を紡いだ。
「あなたが欲し――」
彼女の言葉は、熱を帯びた唇に遮られた。熱い唇がアマリーの唇を貪る。離されることなく続けられる口づけに、アマリーが喘いだ時、ゆっくりと唇は離された。
まだ息苦しさに喘ぐ彼女の顔を、大きな手が挟み込み、上向かせた。
濃い青の瞳は、アマリーを捕らえた。その瞳の強さに、アマリーは時が止まった気がした。
「僕から離れることを選んだ君を、許さない」
怒り、恨みを込めた言葉と裏腹に、その声音も、その眼差しも、アマリーの胸を締め付ける切なさを帯びていた。
そして、そっとアマリーの身体は寝台に横たえられ、リチャードはゆっくりと彼女に圧し掛かり、熱い吐息と共に耳元に囁いた。
「泣いても、叫んでも、止めてあげないよ」
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