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46.麻痺

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 これは……。状況から察するに、どうやら麻痺系の魔法で体の自由を奪われたらしい。首筋の辺りにある神経から直に魔法を流し込んで……と言った具合だろう。きっと先程項の後ろでバチンッと大きな音がした時にやられたのだ。

 体の自由はほぼ完全に奪われたが、魔力の方は少し枷を付けられただけであまり不自由はない。これなら俺の魔力量を持ってすれば、体内に魔力を溢れさせヨシュアの魔力を押し流す事で自由になれるかもしれないとも思ったが、一瞬考えて直ぐ止めた。

 俺はヨシュアと違って人体や医学に関する素養はない。精々どこを切ったらどれだけ血が流れるか、どこを切られたら命が危ないか、分かるのはそれくらいだ。むしろ腑分けしている分、人間より魔物の体の方に詳しい。

 なんにせよ俺には随意による身体の自由だけ奪って呼吸や心臓の拍動なんかの生命維持を司る神経の自由は残す、なんて芸当は無理だ。人体の仕組みの知識がないのは勿論繊細なコントロールなんてやった事ないし、良くて必要な神経も纏めてショック状態にするか、十中八九神経全部ズタズタに焼き切ってしまうのが関の山だろう。

流石にこれまで色々と世話になってきたおん人の目の前で、彼がかけた魔法を解こうとしたのが遠因で死ぬなんて無神経な事する気はない。たく、油断したな。相手がヨシュアだからって気を抜き過ぎた。俺の体の自由を奪って何をする気か知らないが、フツフツと腹の奥から目の前の男と情けない現状に対する言いようのない怒りが湧いてくる。

 ヨシュアはサッと素早く手を翳す事で、魔法も使い俺の全身を組まなく検分した。己のかけた麻痺の魔法に不備がないか確かめたのだろう。不手際でもあって万が一にも、俺に何かあったら嫌なのだ。ヨシュアの腕前なら念押しでそんな事しなくても何も心配要らないだろうに、念には念を入れたようだ。それだけ俺が大事で、損ないたくないのだろう。

 この期に及んでまで俺の事を慎重に扱うヨシュアを見て、呆れのような安心感のような、変な感情を抱く。本当にいつもいつも……。こんな時にまでヨシュアの善性が伺えてしまうのが、何だかおかしい。いっそ最初から最後まで自分勝手に振る舞われたら、何か変わったのだろうか? まあ、ここで仮定の話なんていくらしても、無意味なのだが。

 一通り俺の体の検分を終え満足したらしいヨシュアは、手を伸ばし指の背でサラリと俺の頬を撫でた。どうやら彼の決めた麻痺させる範疇から逃れたらしい目玉を動かして、ヨシュアの顔を見る。一心不乱に俺の顔を見ているヨシュアは、何往復か指で頬を撫でてから静かにその指先を下へと滑らした。

 俺の頬を擽っていたのと同じ指先で、黙って俺の服の前を肌蹴る。ある程度肌蹴られたら今度は、服の併せから顕になった裸の胸を掌で撫で摩った。そんな真似をして何をする気かと思ったら、どうやら俺の鼓動を掌で感じているようだ。その掌の感触が擽ったいのと暖かくて気持ちいいのが相まって、知らず知らずほぅっと吐息を漏らした俺に、ヨシュアが僅かに目を細める。

 ゴクリ、と彼の喉仏が鳴った音が聞こえた気がした。ヨシュアの顔が、ゆっくりと下りてくる。意図の見えない行動に頭の中で疑問符を浮かべる俺だったが、ヨシュアの次の行動で彼が何をするつもりなのか大体察する事ができた。

 鎖骨にジュッと小さくも重い音を立てて吸い付かれる。続けざまに舌でネロリと口付けた箇所全体をなぞるようにして、丁寧に舐められた。そうやって舐められながら時折音を立てて吸い付かれる度、ほんの少しずつではあるが、俺の体は芯から火照っていく。成程、どうやらヨシュアは俺の体を蹂躙するつもりらしい。

 俺は立場や存在の有益性もあって、心身を損ね先頭に支障を来さないよう配慮されて無縁だったが、それでも他人が何をしているかされているかぐらいは分かる。狭く汚れていてプライバシーも糞もない戦場だと尚更だ。死と隣り合わせの殺気立った戦線で、ストレス発散も兼ねて上下関係を叩き込む為にその行為に及んでいるのを見聞きした事は何度かあった。けれど、まさか彼も俺相手に同じ手を使うとは。それ程俺の決意の硬さに追い詰められてしまったのだろうか……。

 ヨシュアは器用にも俺の肌に吸い付きながら、服の中に差し込んでいた手を一端戻しもどかしそうな手つきで、前を止めていたボタンを全て外す。そして今度は先程鼓動を確かめていたのと同じ掌で胸全体から鳩尾の上辺りにかけてを、ジンワリ感触を確かめるようにしながら揉み込んでくる。今まで接した事のない意図を含んだ手付きで触れられ、何だか体の奥からこれまで感じた事のないゾワゾワとする感覚が沸き起こる。

 他人からそんな風に扱われる事は愚か、手当以外で体のこんな場所を触られるのすら俺の記憶にある限り初めてだ。それだというのに不思議と不快感は一切ないのは何故だろう。相手が他の誰でもないヨシュアだからだろうか? ヨシュアなら、俺に対して痛い事や嫌な事は絶対しないだろう、という大きな信頼のようなものが何故か俺の中にはある。体の自由を奪われ好き勝手されている真っ最中の今ですら、その信頼は崩れるどころか一切揺るぎもしなかった。

 そうして胸の辺りで蟠って怪しい動きをしていた手の指が、突然キュッと胸の先端に絡みついてくる。この時きっと、体の自由さえきいていれば俺はみっともなく体を跳ねさせていた事だろう。それ程までに、そこを舐められる感覚はえも言われぬものだったのだ。

 それと同時に鎖骨を舐めしゃぶっていたヨシュアが、舌で大きく鎖骨から首筋までを舐め上げてきた。そのままそこを唇で柔らかくアグアグと優しく甘噛みされる。熱っぽい手つきで執拗に煽られ、自然と体の奥底から沸き起こったその感覚。ヨシュアから与えられる様々な刺激に吐き出す息が震えたのは、に誤魔化しようのない快感が生まれたからだった。

 一切生まれない不快感に、その代わりと言わんばかりに溢れる快感。これはこれがヨシュアに対して一切嫌悪感を抱いていないからだろうか? だから彼の手によって呼び起こされる感情ですら、こんなにも……。深く考え答えを出す前に、状況は目まぐるしく動いていく。
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