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『愛が重い』。
皆さんはこう聞いてどんなことを頭の中で思い浮かべますか?
自分意外の男と話すのは父親相手でもNGで、毎日1時間ごとに状況報告メールをしないと地の果てまでも追いかけてきて無事を確認したがる彼氏とか?
毎日10回は面と向かって「愛してる」と直接言わないと泣き出すし、毎週毎週2人の記念日をお祝いしてその度に手作りのプレゼントをしてくる彼女とか?
他にも、過干渉で周りが見えていないモンペ、贔屓の引き倒しをしてくる上司、新参者をにわか呼ばわりして威嚇する古参のファンなどなど。
大抵の重すぎる愛なんて、愛される方からすれば百害あって一利なしだ。ストーカーなんかも、その極致の一つだよね。
あ、因みに僕もストーカーやってます。
相手は 倉持 喬 くん、現在18歳。より正確に言うと、5月生まれで今は早春だからもうすぐ19歳。この春から都内の某有名大学に通う予定の、明るい性格でチョーカッコイイ今どきの男の子兼僕の運命の人です。爽やかな顔立ち。スポーツで引き締まった体。朗らかな人柄。文武両道だし、お家は裕福で育ちも良い。喬くんはどこをとっても魅力的な人で、いつも人の輪の中心にいる。
どう? 僕の運命の人はとーっても素敵な人でしょう? 欠点がないのが欠点みたいな人なんだ。そりゃぁ男でも惚れますよ。
え? ああ、うん。そうだよ。僕、つまり日波 傑は男。倉持 喬くん(僕はもっぱら脳内では喬くんって勝手に呼んでる)も、当然男。男の僕が、男の喬くんに惚れたって構図。
もしかして引いた? まあ、そうだよね。いくら世間で差別撤廃を声高に叫んでいても、まだまだ同性愛に対する偏見は……えっ、気にしない? むしろ大好物?
ふーん、こっちとしては理解があって助かるけど、変わった人だね。まあ、僕も一応ストレートなんだけどね、てへっ! 偶々僕も好きになった相手の彼も男で同性同士だけど、気にしなーい。そんな精神で生きてます! 真実の愛の前では性別なんて、たまに道端でフワフワ風に吹かれてるコンビニのビニール袋くらい軽くてどうでもいいことだもんね!
おやあなた、意外といける口? そんなに同意していただけるとは。嬉しいなぁ、なんせ好きになった人が自分と同じ男で、しかもその人をストーキングしてるもんだから、僕ってば迂闊に恋バナができないんだよ。ボッチで話す相手がいないってのもあるけどさ。自業自得とはいえ、こうして話を聞いてもらえるのは本当に嬉しい!
そうだ! ここまできたなら僕と喬くんとの馴れ初めも聞いていってよ。どうせ乗りかかった舟だ。いいでしょう?
まあ、嫌って言っても勝手に語り始めるんですけどね……。
彼との出会いは僕達が高校3年生の夏の頃──都内にある大きな駅に併設された駅ビルの中で彼とすれ違った僕が、一方的に運命を感じたところから2人の物語は始まった(始まったのはお前だけだってのは言わないお約束)。
その日は休日で、僕は当時1人で住んでいた実家から少し遠くにある叔父の会社に用があり、乗り換えついでに新しいマンガでも買おうかと本屋を探して駅ビルの中を歩いていたのだ。
あの頃の僕といえば将来への展望も、のめり込むような趣味も、希望や生きがいさえ持っていない、ただ死ぬ理由がないから生きているだけのつまらない人間だった。喬くんとの出会いがなければ今でも僕は、まるで風船のように空っぽで、風の吹くまま流されるだけの人生をなんの疑いもなく続けていたのだろうと思う。
だが、そうはならなかった。あの日あの時あの場所で、2人は運命に導かれるまま出会ってしまった! 賽は投げられ、僕は不退転の決意を持ってルビコン川を渡り、幕は切って落とされ、運命の歯車は回り出したのだ!(要は全てあの劇的な出会いから始まったってこと)。
ああ、初めて彼を目にした瞬間に受けた衝撃を、なんと形容しようか。傍から見れば、その時の喬くんは制服を着てリュックを背負った、そこら辺にいるただの男子学生にしか過ぎなかっただろう。
しかし、僕の目には彼は全く違う風に映っていたのである。今も喬くんは美しいけれど、あの頃の喬くんも、今とは別のベクトルで美しかった。
特筆すべきところの無い、日本人らしい肌や髪の色。中肉中背だけど、成長期の男子らしく少し筋肉質な体。白いワイシャツと黒いスラックスにスニーカー、リュックという、男子高校生によくある格好。少しだけ日に焼けて、髪が茶色くなっているのが特徴といえば特徴か。でも、それ以外は本当に目立つようなところはない、普通の男の子。
ギリ日本人の範疇に収まる程度に目鼻立ちのハッキリした顔立ちは上の中といったところで、見た感じよっぽど変なことしない限りクラスの女子にキャーキャー言われて、他学年からも『△年の〇〇って、かっこよくなーい?』とか学校中の噂になっちゃうレベル。
だけどヒロインが顔を見ただけで運命の恋に落ちてしまう、ハーレクインや少女漫画の世界のヒーローになるにはチョイ物足りないといったところだろう。
でも、僕にはそんなこと関係ない。
例え彼がアルマ=タデマが描いたのような美男だろうが、踏み潰されたイボガエルのような醜怪だろうが、構わず恋に落ちただろうから。だって直感でビビビッと感じ取った運命に、見た目なんて関係ないもんね?
えっ? そんなこと言って、要は一目惚れしたんだから結局顔じゃないかって? そんなことない! 僕は喬くんの内面も含めて彼が好きなんだ! その証拠に僕は運命的な出会いのあと、喬くんを調べて知れば知る程益々彼に惚れ直して、何度でも彼に恋してるんだもの。見た目なんて所詮は切っ掛けの1つに過ぎないのさ。
それに、なんと言っても喬くんは、そのきっかけも凄かった。
みなさんは一目惚れしたことある? ない人もどこかで『初めてその人の姿を見た時、私はまるで雷に打たれたような衝撃を受けた』みたいな文句ぐらいは見たり聞いたりしたことはあるよね。僕はもぉーっと凄かった。今でも目を閉じれば、あの時の情景と体を襲った衝撃ををありありと思い浮かべられる。
そう、あれは僕が目当ての本屋を目指して駅構内を歩いていた時のこと。人混みに紛れるようにして、向こう側から喬くんがやってきた。
広大な駅ビル内に不慣れなのか、その時の彼は迷わぬよう、地図らしきものを片手にあたりをキョロキョロ見回しながら人混みの中をゆっくりと歩いていた。その姿を視認した瞬間の、僕の驚きといったら!
僕はというと、まず彼を視認した瞬間、(僕の脳内では)頭上で祝福の鐘が鳴り響き、彼の進行方向がまっすぐ僕の方を向いているのに気がつくと辺りには花が咲きこぼれ(たように感じられ)、2人の距離が近づくと楽しげな小鳥の囀り(の幻聴)が聞こえ始め、二人の距離が約1メートルまで迫ると空の雲は晴れ虹がかかり(というような気がしてきて)、2人がすれ違う瞬間には雲の割れ目から差し込む一条の光から天使が降りてきて高らかに終末のラッパを吹き鳴らし(というかそういう幻覚幻聴がピークに達し)、喬くんとすれ違い終わると同時に世界はあまりの衝撃にそのまま終末を迎えた(ような気分になっていた)。
まあつまりは『汝、彼を愛せよ』っていう天啓を得たってこと! 一方的に!
すれ違い終わって名も知らぬ彼が完全に視界から消える前に、すかさず後ろを振り返って、一瞬で僕に怒涛の祝福ラッシュを体感させた、奇跡を体現した男の子を今度はゆっくり見つめ直した。そうして僕は感動で胸を打ち震わせながら、静かに悟ったんだ。
『そうか、これが運命か』と。
人生18年目にして、ただすれ違っただけの相手に全身全霊で僕の愛を捧げることこそが、自らの生涯における揺るぎなき主題だと、その時の僕は瞬間的に理解してしまったんだ。
そしたらもう、次にやるべきことは何かわかるね?
そうだね、ストーキングだね!
その日生まれて初めてすれ違っただけの赤の他人とお近づきになるには、もうストーキングしかないよね!
あまりにも単純かつ明快な答えだ! 誰かに愛を語るには、まずその人をとことん知らなくちゃいけないけど、これまでなんの接点もなかったし、これからもないであろう相手のことなんて能動的に動かないと分かりっこないもん! そもそもこのままだとお互いに長い人生の中で一度だけすれ違ったことがあるだけのモブどころか、モブ以下の背景で終わるもんね! いや、それ以前に始まってすらいないか! と、なればやっぱりストーキングして相手のことを知らないと!
急いでどこか近くで飲み物買ってきて彼にぶっ掛けた後、『あー、これはうっかり! ごめんなさい! 弁償します!』からの連絡先ゲットとか、『Hey彼氏! 道に迷ってんの? 僕が案内したげよっか?』とか他にもやり方はあったかもしれないけど、見る限り彼は何か用事があるみたいで時間を取らせるのは嫌だったし、初対面の人間に話しかけられるコミュ力があったらそもそもストーキングしようなんて思わないので、その時の僕はシンプルに彼を尾行することにした。
自分の用事の方は叔父さんに呼ばれただけだったので普通にブッチした。別に強制じゃなかったし。たまには甥っ子と一緒にランチしたいなぁ~チラッチラッみたいなちょーどーでもいー用事だったから行かなくてもいいだろう。一応『やっぱ行けない』って断りのメールをしておいたからセーフ。めっちゃ折り返しのメールと電話がやばいくらい返ってきて、ストーキングの邪魔になるから全部無視してスマホの電源落としたのはご愛嬌。
尾行なんて生まれて初めてやったけど、案外うまくやれるもんだ。むしろ天の神様が彼をストーキングする為だけに僕が生まれてくる時、尾行の才能を授けてくださったのかもしれない。後々判明したのだが、尾行の他にも僕は盗聴、盗撮、クラッキング等々、ストーキングには欠かせない物事が全部大得意だった。ストーカーとしての宿星を背負って生まれてくるとは、我ながら業が深い。
結局その日は、一日中彼のあとをつけ回すだけで終わった。でも、家までついて行って住所を把握したので、数日のうちには侵入して盗聴器を仕掛けるところまでいった。
えっ、もちろん無断だよ?
民間の警備会社のシステムなんて、チョロイチョロイ。喬くんの家は通いのハウスキーパーのおばさんが横着して、あっちのセンサーがオフになってたり、こっちの鍵が開けっぱになってたりして、運用が穴だらけになってるのも運が良かった。侵入は笑っちゃうくらい簡単だったよ。
不可抗力とはいえ、運命の相手の彼以外に彼の家族を盗聴してしまうのは流石の僕でも心が傷んだけど、幸いなことにどうやら彼の家族は忙しいらしい。仕事やパーティの合間に月に2、3度たまーに帰ってるくらいで、それでも1時間以上家に滞在していることがなかった。おかげで僕は誰にも気兼ねすることなく、家中に盗聴器を仕掛けることが出来たよ(もっと別に気兼ねする相手がいるだろうってのは言わないお約束)。
ま、彼の家には喬くんと出入りのハウスキーパー以外殆ど人がいなくて、会話もなかったから情報収集という意味では盗聴はあんまし意味なかったけど。まあ、喬くんの生活音フォルダが充実したから良しとする。
それ以外にも、お宅に勝手にお邪魔したことで彼の姓名や生年月日その他パーソナルデータ、人には明かしづらい秘密などの彼に関する詳細なデータがわかったことは大きい。不法侵入なしで調べようとすると、普段の生活のことはわかっても案外細かい情報はなかなか知る機会がないからね。
喬くんが通っている高校は初日に制服から判明していたし、志望大学は彼の家に侵入した時に拝見させていただいた進路関係のプリントから把握した。
もちろん、僕も進路変更して彼の志望大学を受験したよ! 彼は推薦を受けていて春からその大学に通うことはほぼ確実だったし、それなら僕もその大学に入学すれば、日常生活で彼との接触が増えるのは確実だもの! そうすれば目出度く背景からモブへの脱却さ!
僕の元々の第一志望は『家から近くてなんとなく消去法で弾き出した志望学科がある』ってだけでテキトーに選んだけだったから、あとから変更しても全く不都合はないしね! 喬くんの志望大学は頭のいい彼に見合ったレベルの高い学校だったし、学力のランクも元第一志望より格段に上がったから先生や保護者替わりの叔父さんは慌ててたけど、死ぬ気で勉強してA判定たたき出して納得させてやった。
そして現在……パンパカパーン! 見事!! 合っ格!!!
天国のお父さん、お母さん! ストーキングに必要な優れた頭脳を僕に残してくれてありがとうございます! あなたたちがいなければ今の僕のストーキングは成し得なかったでしょう! 本っ当に感謝しています!
ただ、あなたたちの息子はその頭脳をフルに生かして、ストーキングを行っておりますので将来的にあなたたちが待つ、善人だけが住める天国には行けそうにありません。それだけはごめんなさい。
まあ、猛勉強の末一般受験をしてもぎ取った僕の合格はさておいて、推薦枠の喬くんも当然合格していたので、春から僕たちは晴れて同じ学校に通う学生という近しい身分になれることが決定したのだ!
そして話は現在に戻り、暦は3月終盤。高校の卒業式も終わり、あとは大学の入学式を待つだけ。
想えば駅ビルで喬くんとすれ違ってから早幾月。長かったような短かったような彼とお近づきになるための待ち遠しい準備期間は終わって、いよいよこれからは喬くんと仲良くなるための本番タイムだ。
春の訪れとともに始まる、めくるめく喬くんとのキラメキキャンパスライフ!ああ、期待感で胸がはち切れそう! ドキドキしすぎて心臓破裂しちゃわないかな? 毎日の日課になったストーキングにも身が入るというもの。今から大学の入学式の日が待ち遠しいよ。
皆さんはこう聞いてどんなことを頭の中で思い浮かべますか?
自分意外の男と話すのは父親相手でもNGで、毎日1時間ごとに状況報告メールをしないと地の果てまでも追いかけてきて無事を確認したがる彼氏とか?
毎日10回は面と向かって「愛してる」と直接言わないと泣き出すし、毎週毎週2人の記念日をお祝いしてその度に手作りのプレゼントをしてくる彼女とか?
他にも、過干渉で周りが見えていないモンペ、贔屓の引き倒しをしてくる上司、新参者をにわか呼ばわりして威嚇する古参のファンなどなど。
大抵の重すぎる愛なんて、愛される方からすれば百害あって一利なしだ。ストーカーなんかも、その極致の一つだよね。
あ、因みに僕もストーカーやってます。
相手は 倉持 喬 くん、現在18歳。より正確に言うと、5月生まれで今は早春だからもうすぐ19歳。この春から都内の某有名大学に通う予定の、明るい性格でチョーカッコイイ今どきの男の子兼僕の運命の人です。爽やかな顔立ち。スポーツで引き締まった体。朗らかな人柄。文武両道だし、お家は裕福で育ちも良い。喬くんはどこをとっても魅力的な人で、いつも人の輪の中心にいる。
どう? 僕の運命の人はとーっても素敵な人でしょう? 欠点がないのが欠点みたいな人なんだ。そりゃぁ男でも惚れますよ。
え? ああ、うん。そうだよ。僕、つまり日波 傑は男。倉持 喬くん(僕はもっぱら脳内では喬くんって勝手に呼んでる)も、当然男。男の僕が、男の喬くんに惚れたって構図。
もしかして引いた? まあ、そうだよね。いくら世間で差別撤廃を声高に叫んでいても、まだまだ同性愛に対する偏見は……えっ、気にしない? むしろ大好物?
ふーん、こっちとしては理解があって助かるけど、変わった人だね。まあ、僕も一応ストレートなんだけどね、てへっ! 偶々僕も好きになった相手の彼も男で同性同士だけど、気にしなーい。そんな精神で生きてます! 真実の愛の前では性別なんて、たまに道端でフワフワ風に吹かれてるコンビニのビニール袋くらい軽くてどうでもいいことだもんね!
おやあなた、意外といける口? そんなに同意していただけるとは。嬉しいなぁ、なんせ好きになった人が自分と同じ男で、しかもその人をストーキングしてるもんだから、僕ってば迂闊に恋バナができないんだよ。ボッチで話す相手がいないってのもあるけどさ。自業自得とはいえ、こうして話を聞いてもらえるのは本当に嬉しい!
そうだ! ここまできたなら僕と喬くんとの馴れ初めも聞いていってよ。どうせ乗りかかった舟だ。いいでしょう?
まあ、嫌って言っても勝手に語り始めるんですけどね……。
彼との出会いは僕達が高校3年生の夏の頃──都内にある大きな駅に併設された駅ビルの中で彼とすれ違った僕が、一方的に運命を感じたところから2人の物語は始まった(始まったのはお前だけだってのは言わないお約束)。
その日は休日で、僕は当時1人で住んでいた実家から少し遠くにある叔父の会社に用があり、乗り換えついでに新しいマンガでも買おうかと本屋を探して駅ビルの中を歩いていたのだ。
あの頃の僕といえば将来への展望も、のめり込むような趣味も、希望や生きがいさえ持っていない、ただ死ぬ理由がないから生きているだけのつまらない人間だった。喬くんとの出会いがなければ今でも僕は、まるで風船のように空っぽで、風の吹くまま流されるだけの人生をなんの疑いもなく続けていたのだろうと思う。
だが、そうはならなかった。あの日あの時あの場所で、2人は運命に導かれるまま出会ってしまった! 賽は投げられ、僕は不退転の決意を持ってルビコン川を渡り、幕は切って落とされ、運命の歯車は回り出したのだ!(要は全てあの劇的な出会いから始まったってこと)。
ああ、初めて彼を目にした瞬間に受けた衝撃を、なんと形容しようか。傍から見れば、その時の喬くんは制服を着てリュックを背負った、そこら辺にいるただの男子学生にしか過ぎなかっただろう。
しかし、僕の目には彼は全く違う風に映っていたのである。今も喬くんは美しいけれど、あの頃の喬くんも、今とは別のベクトルで美しかった。
特筆すべきところの無い、日本人らしい肌や髪の色。中肉中背だけど、成長期の男子らしく少し筋肉質な体。白いワイシャツと黒いスラックスにスニーカー、リュックという、男子高校生によくある格好。少しだけ日に焼けて、髪が茶色くなっているのが特徴といえば特徴か。でも、それ以外は本当に目立つようなところはない、普通の男の子。
ギリ日本人の範疇に収まる程度に目鼻立ちのハッキリした顔立ちは上の中といったところで、見た感じよっぽど変なことしない限りクラスの女子にキャーキャー言われて、他学年からも『△年の〇〇って、かっこよくなーい?』とか学校中の噂になっちゃうレベル。
だけどヒロインが顔を見ただけで運命の恋に落ちてしまう、ハーレクインや少女漫画の世界のヒーローになるにはチョイ物足りないといったところだろう。
でも、僕にはそんなこと関係ない。
例え彼がアルマ=タデマが描いたのような美男だろうが、踏み潰されたイボガエルのような醜怪だろうが、構わず恋に落ちただろうから。だって直感でビビビッと感じ取った運命に、見た目なんて関係ないもんね?
えっ? そんなこと言って、要は一目惚れしたんだから結局顔じゃないかって? そんなことない! 僕は喬くんの内面も含めて彼が好きなんだ! その証拠に僕は運命的な出会いのあと、喬くんを調べて知れば知る程益々彼に惚れ直して、何度でも彼に恋してるんだもの。見た目なんて所詮は切っ掛けの1つに過ぎないのさ。
それに、なんと言っても喬くんは、そのきっかけも凄かった。
みなさんは一目惚れしたことある? ない人もどこかで『初めてその人の姿を見た時、私はまるで雷に打たれたような衝撃を受けた』みたいな文句ぐらいは見たり聞いたりしたことはあるよね。僕はもぉーっと凄かった。今でも目を閉じれば、あの時の情景と体を襲った衝撃ををありありと思い浮かべられる。
そう、あれは僕が目当ての本屋を目指して駅構内を歩いていた時のこと。人混みに紛れるようにして、向こう側から喬くんがやってきた。
広大な駅ビル内に不慣れなのか、その時の彼は迷わぬよう、地図らしきものを片手にあたりをキョロキョロ見回しながら人混みの中をゆっくりと歩いていた。その姿を視認した瞬間の、僕の驚きといったら!
僕はというと、まず彼を視認した瞬間、(僕の脳内では)頭上で祝福の鐘が鳴り響き、彼の進行方向がまっすぐ僕の方を向いているのに気がつくと辺りには花が咲きこぼれ(たように感じられ)、2人の距離が近づくと楽しげな小鳥の囀り(の幻聴)が聞こえ始め、二人の距離が約1メートルまで迫ると空の雲は晴れ虹がかかり(というような気がしてきて)、2人がすれ違う瞬間には雲の割れ目から差し込む一条の光から天使が降りてきて高らかに終末のラッパを吹き鳴らし(というかそういう幻覚幻聴がピークに達し)、喬くんとすれ違い終わると同時に世界はあまりの衝撃にそのまま終末を迎えた(ような気分になっていた)。
まあつまりは『汝、彼を愛せよ』っていう天啓を得たってこと! 一方的に!
すれ違い終わって名も知らぬ彼が完全に視界から消える前に、すかさず後ろを振り返って、一瞬で僕に怒涛の祝福ラッシュを体感させた、奇跡を体現した男の子を今度はゆっくり見つめ直した。そうして僕は感動で胸を打ち震わせながら、静かに悟ったんだ。
『そうか、これが運命か』と。
人生18年目にして、ただすれ違っただけの相手に全身全霊で僕の愛を捧げることこそが、自らの生涯における揺るぎなき主題だと、その時の僕は瞬間的に理解してしまったんだ。
そしたらもう、次にやるべきことは何かわかるね?
そうだね、ストーキングだね!
その日生まれて初めてすれ違っただけの赤の他人とお近づきになるには、もうストーキングしかないよね!
あまりにも単純かつ明快な答えだ! 誰かに愛を語るには、まずその人をとことん知らなくちゃいけないけど、これまでなんの接点もなかったし、これからもないであろう相手のことなんて能動的に動かないと分かりっこないもん! そもそもこのままだとお互いに長い人生の中で一度だけすれ違ったことがあるだけのモブどころか、モブ以下の背景で終わるもんね! いや、それ以前に始まってすらいないか! と、なればやっぱりストーキングして相手のことを知らないと!
急いでどこか近くで飲み物買ってきて彼にぶっ掛けた後、『あー、これはうっかり! ごめんなさい! 弁償します!』からの連絡先ゲットとか、『Hey彼氏! 道に迷ってんの? 僕が案内したげよっか?』とか他にもやり方はあったかもしれないけど、見る限り彼は何か用事があるみたいで時間を取らせるのは嫌だったし、初対面の人間に話しかけられるコミュ力があったらそもそもストーキングしようなんて思わないので、その時の僕はシンプルに彼を尾行することにした。
自分の用事の方は叔父さんに呼ばれただけだったので普通にブッチした。別に強制じゃなかったし。たまには甥っ子と一緒にランチしたいなぁ~チラッチラッみたいなちょーどーでもいー用事だったから行かなくてもいいだろう。一応『やっぱ行けない』って断りのメールをしておいたからセーフ。めっちゃ折り返しのメールと電話がやばいくらい返ってきて、ストーキングの邪魔になるから全部無視してスマホの電源落としたのはご愛嬌。
尾行なんて生まれて初めてやったけど、案外うまくやれるもんだ。むしろ天の神様が彼をストーキングする為だけに僕が生まれてくる時、尾行の才能を授けてくださったのかもしれない。後々判明したのだが、尾行の他にも僕は盗聴、盗撮、クラッキング等々、ストーキングには欠かせない物事が全部大得意だった。ストーカーとしての宿星を背負って生まれてくるとは、我ながら業が深い。
結局その日は、一日中彼のあとをつけ回すだけで終わった。でも、家までついて行って住所を把握したので、数日のうちには侵入して盗聴器を仕掛けるところまでいった。
えっ、もちろん無断だよ?
民間の警備会社のシステムなんて、チョロイチョロイ。喬くんの家は通いのハウスキーパーのおばさんが横着して、あっちのセンサーがオフになってたり、こっちの鍵が開けっぱになってたりして、運用が穴だらけになってるのも運が良かった。侵入は笑っちゃうくらい簡単だったよ。
不可抗力とはいえ、運命の相手の彼以外に彼の家族を盗聴してしまうのは流石の僕でも心が傷んだけど、幸いなことにどうやら彼の家族は忙しいらしい。仕事やパーティの合間に月に2、3度たまーに帰ってるくらいで、それでも1時間以上家に滞在していることがなかった。おかげで僕は誰にも気兼ねすることなく、家中に盗聴器を仕掛けることが出来たよ(もっと別に気兼ねする相手がいるだろうってのは言わないお約束)。
ま、彼の家には喬くんと出入りのハウスキーパー以外殆ど人がいなくて、会話もなかったから情報収集という意味では盗聴はあんまし意味なかったけど。まあ、喬くんの生活音フォルダが充実したから良しとする。
それ以外にも、お宅に勝手にお邪魔したことで彼の姓名や生年月日その他パーソナルデータ、人には明かしづらい秘密などの彼に関する詳細なデータがわかったことは大きい。不法侵入なしで調べようとすると、普段の生活のことはわかっても案外細かい情報はなかなか知る機会がないからね。
喬くんが通っている高校は初日に制服から判明していたし、志望大学は彼の家に侵入した時に拝見させていただいた進路関係のプリントから把握した。
もちろん、僕も進路変更して彼の志望大学を受験したよ! 彼は推薦を受けていて春からその大学に通うことはほぼ確実だったし、それなら僕もその大学に入学すれば、日常生活で彼との接触が増えるのは確実だもの! そうすれば目出度く背景からモブへの脱却さ!
僕の元々の第一志望は『家から近くてなんとなく消去法で弾き出した志望学科がある』ってだけでテキトーに選んだけだったから、あとから変更しても全く不都合はないしね! 喬くんの志望大学は頭のいい彼に見合ったレベルの高い学校だったし、学力のランクも元第一志望より格段に上がったから先生や保護者替わりの叔父さんは慌ててたけど、死ぬ気で勉強してA判定たたき出して納得させてやった。
そして現在……パンパカパーン! 見事!! 合っ格!!!
天国のお父さん、お母さん! ストーキングに必要な優れた頭脳を僕に残してくれてありがとうございます! あなたたちがいなければ今の僕のストーキングは成し得なかったでしょう! 本っ当に感謝しています!
ただ、あなたたちの息子はその頭脳をフルに生かして、ストーキングを行っておりますので将来的にあなたたちが待つ、善人だけが住める天国には行けそうにありません。それだけはごめんなさい。
まあ、猛勉強の末一般受験をしてもぎ取った僕の合格はさておいて、推薦枠の喬くんも当然合格していたので、春から僕たちは晴れて同じ学校に通う学生という近しい身分になれることが決定したのだ!
そして話は現在に戻り、暦は3月終盤。高校の卒業式も終わり、あとは大学の入学式を待つだけ。
想えば駅ビルで喬くんとすれ違ってから早幾月。長かったような短かったような彼とお近づきになるための待ち遠しい準備期間は終わって、いよいよこれからは喬くんと仲良くなるための本番タイムだ。
春の訪れとともに始まる、めくるめく喬くんとのキラメキキャンパスライフ!ああ、期待感で胸がはち切れそう! ドキドキしすぎて心臓破裂しちゃわないかな? 毎日の日課になったストーキングにも身が入るというもの。今から大学の入学式の日が待ち遠しいよ。
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