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おまけ4 3 子世代視点

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 それから俺は、少しずつ少しずつ変わっていった。
 毎朝律儀に迎えに来るサムエルのお陰で規則正しい時間に起き、夜は勉強や鍛錬に力を使い果たしてバタンキュー。夜更かしなんてとんでもない。夜遊びなんて、以ての外。というか、毎日忙しくしててその暇がない。以前の俺が見たら泡吹いて倒れそうな規則正しい生活だ。
 最初の頃勉強はハッキリ言って全くついていけていなかったが、それもサムエルが放課後付きっきりで教えてくれるお陰で、だんだんと改善されていった。サムエルは1学年上だし頭がいいらしいから、俺みたいな低レベルな頭の奴に付き合うなんてやってられないだろうに、嫌な顔1つせず教えてくれる。しかも教え方が丁寧で分かり易い。おまけに座学だけでなく剣技の鍛錬までつけてくれる。どこまで優秀なんだこいつは。
 俺の人生に、今までこんな風に進んで俺と関わってくれる人は居なかった。サムエルは決して俺を見放さない。俺が朝起こされる時未だ眠いと文句を言おうが、鍛錬についていけずヘロヘロになろうが、勉強が分からず途方に暮れようが、決して馬鹿にせず根気よくサポートしてくれるのだ。嫌な顔1つせず『大丈夫か? 無理はするなよ?』と、俺のペースに合わせて成長を見守ってくれる。こんな優しさ、俺は知らない。目先の欲に負けてここで逃げ出したら、俺はこの心地良さも手放す事になる。そう思うと、後ちょっとだけ……頑張ってみようかな? と、踏み止まってしまう自分が居た。我ながらなかなか単純である。
 そうしてサムエルと付き合っていくうちに、俺の交友関係も広がった。先ずはやつの弟妹、ジネーヴラ、フランチェスカ、ダヴィデ、バジーリオ、イレーネ、コルネリオ達。次にコスマを始めとしたサムエルの従兄弟数人。それからサムエルの人望によって集まったその他大勢。少なからず素行の悪い俺なんか、普通ならあまり相手にしたいとは思えないだろうに、皆とても良くしてくれる。俺の祖国の人間とは正反対だ。特に、同い年でサムエルの妹のジネーヴラとは、性別が違うながらもサムエルの次に仲良くなったと思う。サムエルに似て優しい彼女とは、なんだかんだ気が合い付き合いやすいのだ。
 そうして飲酒や夜遊びから遠ざかり、毎日勉強をし、鍛錬をし、規則正しい生活を送る暮らしが、1年程続いただろうか。なんとも目まぐるしく、あっという間の1年だった。サムエルと一緒に毎日忙しくしていたせいで、悪い遊びをする事も、昔の暗い思い出を思い出す暇もない。スッカリ別人……とはいかないが、この国に来てから俺は大きく成長して随分と変わったと思う。
 先ず、背が伸びた。サムエルの手助けによる完璧な生活リズムと、鍛錬という名の毎日の運動、そして栄養タップリの食事。この3つが合わさって、俺の体はかつてない爆発的な成長期を迎えたのだ。身長は週単位で変化してる気がするし、成長痛で節々が痛い。タッパが増えただけでなく、サムエルの鍛錬に付き合ううちに筋肉もついてきた。サムエルのように筋骨隆々とまではいかないが、それでも一般的な基準で言えば十分ムキムキしている分類だろう。未だ成長途中ではあるものの、かなり見苦しくない見た目になれたと思う。
 次に、勉強がそこそこ得意になった。あくまでもそこそこだ。ヴィッドルドの血族達のできのよさには敵わない。それでも、サムエルの献身のお陰か試験の成績は常にトップ5には入れるようになっていた。元々ビクトールは物覚えは悪くないんだ。今までちゃんと勉強をする機会に恵まれなかっただけだよ。サムエルはそう言っていたが、俺は絶対奴の教え方が上手いお陰だと思う。説明が丁寧で分かりやすいし、沢山褒めてくれるから、やる気が出るんだ。
 そして、友達というか、知り合いというか、兎に角俺の周囲に人が居る事が多くなった。この国の人間はお気楽というか能天気というか。編入当初あんなにも荒れていた俺の事も、更生したのならそれでいいじゃん、と受け入れてくれたのだ。あんたらそれでいいのかよ? と思わないでもないが、お陰様で寂しい思いをしなくなった。ここは彼等の寛大さに感謝すべきなのだろう。俺の素行に頭を痛めていた筈の教師ですら、俺の素行改善を手放しで喜んでくれていたくらいだ。
 そうして友達が増えたり教師陣と交流を持つにつれ、俺は自分の見識の狭さをつくづく思い知らされた。別に世界中の人間が俺に対して悪意を持っているわけではないし、信頼できない大人ばかりでもない。世の中には俺の生まれを悪く言わない人間も、失敗を笑わない人間も、一緒に遊びたいと言ってくれる人間も、沢山居る。世界は当初俺が思っていた程醜くはないのだと、色んな人に教えられた。その事を知ってしまうと変に突っ張って生きていたのが恥ずかしく思える。なんとも現金な話だ。
 そして、最後は心の変化。この世の素晴らしさを知ってしまえば、意味もなく周囲の人達に当たり散らすのは八つ当たりみたいでできるわけもない。そもそも嫌な事をされなければキツくやり返す理由もないのだ。自然と俺の言動は、王子にしてはちょっと口が悪い程度に落ち着いていった。ただ、何事にも例外というものがある。サムエルに対してだけは、俺は今も気安い態度でいる。なんというか、俺にとって奴は健全な人格の育ての親みたいなもんだ。ついつい親しみを込めて接し方が砕けたものになってしまうのも理解して欲しい。
 他にも変化はあったのだが……今はその事は置いておいて。兎に角、サムエル達と一緒に過ごすにつれ、俺は色んな部分が変化した。背が伸びて体付きも立派になり、頭の出来もまあ悪くない。言動の荒っぽさは気品溢れる貴族連中の中に居ると目立ったが、悪に憧れる年頃の子供にはそれも魅力的に映る。端的に言おう。俺はそれなりにモテるようになった。
 勿論それは俺1人の力ではない。そもそもはサムエルが多大な労力をかけて俺をここまで成長させてくれたお陰だ。更にはそのサムエルと仲がいいという事も俺に付加価値をつけていた。サムエルは学年問わず学園中の人間誰からでも告白される正真正銘のモテ番長だからな。俺と仲良くなれば自動的にサムエルともお近付きになれると、そういう踏み台的な意味でも俺はモテた。今日もこうして、見知らぬ女生徒にアプローチを受けている。
「アヴヌエル先輩。今度薔薇園でお茶会をするんですけど、よろしければ参加しませんか? 王室御用達のパティスリーから、お茶菓子を取り寄せようと思っているんです。アヴヌエル先輩、美味しいものお好きでしたよね? 沢山召し上がっていただいても大丈夫ですよ」
「あー、悪い。お茶会は未だマナーに不安があるから身内の以外は参加しない事にしてるんだ」
「え、でも、この間成績優秀者だけが招待される学長のお茶会では、なんの問題もなかったってお聞きしましたけど……」
「周囲が許してくれていても、俺が納得できてない未熟なところがあるんだよ。折角誘ってくれたのに悪いな。またいつか誘ってくれ。それじゃっ!」
 なおも食い下がってきそうな気配を察して、乱暴に話を切りあげ、女生徒の前から逃げ出した。やれやれ、最近こういうの多いな。俺の年齢から言ったら恋人や婚約者が居てもおかしくないし、終業式が近づいてきたから、駆け込み需要って奴だろう。俺自身はそんなに魅力的ではないだろうに、腐っても王子という肩書きもあってか、告白を頂戴する頻度が増えている。お陰で最近では犯罪者みたいに人目につかないようにコソコソ出歩く癖がついてしまった。次から次へと襲来する告白に辟易して、ちょっと息抜きをしようかとある場所へと足を向ける。
「お疲れのようね、ビクトール」
「ああ、ジネーヴラ」
 息抜きに立ち入りが成績優秀者だけに限定されている中庭に行くと、先客が。サムエルの1番上の妹、ジネーヴラだ。ヴィッドルド家の面々もしょっちゅうアプローチされるし皆揃って頭がいいので、彼等もここの常連なのである。珍しく今日は彼女1人だけらしい。そのジネーヴラに手招きされたので、それに従い彼女のいる東屋の向かいに座らせてもらう。
「また告白されて逃げてきたの? 大変ね」
「それはジネーヴラもだろう。ていうか、それで言ったらサムエルが一番大変な筈だ」
「フフ、そうね。兄様は鬼のようにモテるから」
 そう言うジネーヴラだって鬼のようにモテているだろうに。というか、ヴィッドルド家の親戚であるカノーラ家の血筋の人間は軒並みモテている。主に、その見た目の美しさから。皆揃ってなんというか、顔面がいっそ神々しさすら感じるような美しさなのだ。サムエルのように男らしい美形からコスマのようにシュッとした美人、イレーネのような美少女まで、バラエティにも富んでいる。その多種多様な美しさには神の息吹を感じざるを得ない。
「人に好かれるのは有難いが、サムエル程モテると色々大変だろうなぁ。その内あいつ目当ての奴等が押し寄せて、歩行にも困難をきたしそうだ」
 いや、実際きたしかけている。あいつ目当てに押し寄せた見物人のお陰で、毎日俺や奴の弟妹達と鍛錬をしている鍛錬場は、連日大入りだった。
「あら、心配はそれだけ?」
「それだけって……何が?」
「兄様に関して、もっと心配な事があるんじゃないの?」
「……告白の呼び出し受け過ぎて、休憩時間消し飛ぶんじゃないかとかか? え、違う? うーん、何の事だかサッパリだな」
「もう、とぼけちゃって! 兄様の恋愛事情よ、れ・ん・あ・い・じ・じょ・う!」
 ジネーヴラのこの言葉に、俺は体をギクリと揺らす。誤魔化しようもないくらい反応してしまったので、今更しらばっくれる事もできない。ギギッと油を注し忘れた機械のようにぎこちない動きでジネーヴラの方を見ると、彼女は完璧なまでに美しい笑顔をこちらに向けていた。
「ビクトールは、兄様の事が好きなんでしょう? 好きな相手がモテていたら、ヤキモキしない?」
「へっ!? ななな、何を言って」
「誤魔化しなんて利かないわよ。女はそこら辺聡いんだから」
「……ジネーヴラ、君にはもう少し遠慮というものはないのか」
「あら、私とあなたの仲じゃない。そんなの今更気にする事ではないわ」
 いや、気にしてくれよ。確かに気心知れた仲だが、だからこそそいつの自分の兄に対する恋愛感情なんて聞いてて気まずくならないのだろうか? なんというか、ジネーヴラは確かに淑女だが、ここら辺結構図太い。ニコニコと笑顔をこちらに向け続けるジネーヴラを、暫く恨みがましい目で見ていた俺だったが、目力で彼女に勝てる訳もなく。最終的には押し負けてハァーッと大きく溜息をついた。
「……気にならないといえば嘘になるが、俺には気にする権利ないだろう」
「あら、それはどうして?」
「どうしてって……」
「ビクトールは私達にとってとてもいい友達だわ。特に兄様は、学年は違えどあなたの事をとても近しく思っている筈よ。そんなあなたにさえ気にする権利すらなかったら、誰も何もできなくなっちゃうわ」
 友達。友達、か……。だからこそ、俺にはサムエルの恋愛事情なんて気にする権利はないんじゃないかと思うのだが。だって、友達とは言っても所詮家族や恋人ではない。どこまで行っても友情止まりの人間なのである。友達だったらだからこそ、距離感を間違えないように確かな見極めと線引きが必要だ。1つ間違えれば友達の立場すら危うくなる。友情は相手の内面にズケズケ踏み込む免罪符にはならないからな。違うか?
 ましてや、俺はサムエルに友情以上の感情……恋情を抱いている。そんな奴が恋愛感情を聞くなんて、下心ありきの邪な行いでしかない。そう、俺はサムエルに恋をしている。サムエルに優しくされ、構われるうちに、最初はただの親愛の情だった筈のものが、いつの間にやら物の見事に恋愛感情に進化してしまっていたのだ。……だって、仕方がないだろう。俺にとって、サムエルは生まれて初めてという個人と真剣に向き合い、等身大の俺を大切にしてくれた相手なんだから。サムエルが俺に与えてくれたのは、どれも素晴らしいものばかり。そんなかけがえのない相手を、好きにならないわけがない。
 ただ……この恋を叶えようという思いはなかった。俺だってそこまで馬鹿じゃない。現実くらい見えている。サムエルにとって俺とは、精々『ちょっと手のかかる年下の友人』くらいの物だろう。少なくとも恋愛感情を持たれていないのは確かだ。普段のサムエルの俺に向ける言動からして、そう思う。ここで下手に告白でもしたら、気まずくなって友達ですらいられなくなることは請け合いだ。そんな事になるくらいなら、恋心は一生仕舞い込んでいても構わない。
「もう、ビクトールってば、奥手なんだから。好きなんだったら押せ押せで行かなくちゃ! あなたに負けず劣らず兄様も相当鈍いから、積極的に行かないと恋が成就しないわよ?」
「ハ、ハァ!? なんだよ、それ。サムエルが俺の事を好きみたいな言い方……!」
「兄様は自分の感情を隠すのが得意な人だから、私も確かにこうだと断言はできないけれど、ビクトールの事を相当気に入っているのは確かよ」
 そんな、気に入ってるだなんだってそれだけで外野から勝手にくっつけられたらたまったもんじゃないだろうに。ただでさえサムエルは、最近周りからアプローチされまくって食傷気味なんだ。そんなところに友人だと思って気を許している相手からも告白されてみろ。信用していた分尚更裏切られたと思う筈だ。そんな酷い事、できる筈がない。
「ジネーヴラ、君ってば他人事だと思って……。からかうのも大概にしてくれ」
「あら、私は嘘も冗談も言わないわよ。ビクトールみたいにシッカリした人が義兄になってくれたら、とっても嬉しいし。ねぇ、本当に告白しないの? あなたなら結構脈アリだと思うんだけれど」
「ま、またそんなこと言って」
「2人でなんの話をしているんだ?」
 突如背後から聞こえてきたその声に、驚きのあまり3センチ程飛び上がった。ジネーヴラめ、彼女の位置からだと近づいてくるのが見えていただろうに、黙っていたな! 恨みがましく睨めつけたが、ジネーヴラは余裕綽々何処吹く風だ。その様子に歯噛みしながらも、振り返って声をかけてきた人物の名を呼ぶ。
「……サムエル」
「やあ、ビクトール。驚かせてしまったみたいだな」
「別に、どうって事ない」
 背後からやってきたそいつ……サムエルは、さも当然といった様子で俺の隣に座った。距離が近くて些か緊張するが、これぐらいで狼狽えていたら恋心を抱えながらサムエルの友達でいるなんて図太い真似できない。内心はどうあれ、表面上は平然と振る舞う。
「それで、なんの話をしていたんだ?」
「何の話でもねぇよ。気にすんな」
「私と彼で、恋バナをしていたのよ。ねー、ビクトール?」
「ちょ、ジネーヴラ!」
 それ以上何も喋るな! という意思を込めて、ジネーヴラに目配せをした。ジネーヴラが天使のような美しい笑みを浮かべたので、またよからぬ事を企んでいて俺の秘密をサムエルに暴露する気かとも思ったが、流石にそこまで無神経ではないらしい。口を噤んでくれる。そこで気が使えるのなら、最初から余計な事を言わないでいて欲しかった。
「何っ!? ビクトール、お前誰か好きな人でも居たのか!? 何だよ、水臭いじゃないか! そういった事は俺にも教えてくれよ! 俺達、友達だろう?」
 友達。サムエルが無邪気な様子で言ってのけたその言葉に、ザクリと深く心が傷つく。サムエルには他意はないのだろうが、奴の口からハッキリと『友達』と言い切られた事で、改めて自分との思いの熱量の差を思い知らされた。駄目だ。今は上手く会話を続けられる気がしない。と、ここで俺の様子がおかしくなった事を察したジネーヴラが、横から助け舟を出す。
「いえ、兄様違いますよ。好きな人の話ではなく、好きな人のタイプを話していたのです」
「なんだ、そうなのか。それは早とちりしてしまったな。……それで? ビクトールはどんな人がタイプなんだ?」
「え」
「教えてくれよ、俺達友達だろう?」
 な、なんだ? 今日のサムエルなんか執拗くないか? 心做しか向けてくる笑顔の圧も増してるし、いつの間にやらガッチリ肩を組まれていてどうにも逃れられない。サムエルは賢い奴で人間関係の築き方も上手いから、いつもならこんなふうに俺が引いていたら直ぐにでも追求を止めてくれそうなものなのに、今日に限っては全く引こうとしなかった。積み重なる小さな違和感に、どうしたのだろうと少しだけ不安を覚える。
「兄様、いけませんわ。そんなに強く追求されてはビクトールがタジタジになってしまいます」
「うむ、しかしなぁ……」
「それに、相手の好きなタイプをお聞きになりたいのなら、先ずはこちらから好きなタイプを言うのが礼儀ではありませんか? ほら、よく言うじゃありませんか。『相手に名前を聞くなら先ずこちらから名乗らなければ』って」
「例えとしてそれが適切かどうか分からないが、確かにそうだな……。よし! 先に俺の好みのタイプを言うから、ビクトールも好みのタイプを教えてくれ!」
「は? え……?」
 何そのかなり無理矢理なトレード。俺に拒否権なくね? 俺の好きなタイプとかまんまサムエルだから、言えっこないのに。そんな俺の内心など露知らず、サムエルは自信満々、元気一杯に自分の好みのタイプを口にする。
「俺の好みのタイプは、そうだな……。母様のような人だな。俺の母様は心身共にそれはそれは美しい人でな。高望みだとは分かっているが、結婚するなら母様のように身も心も素晴らしく洗練された人がいいんだ」
 ちょっと照れ臭そうに、はにかみながらそう言ったサムエル。奴の台詞を聞いて、俺は頭の中が真っ白になる。俺はサムエルの親には会ったことがない。以前サムエルの両親は大恋愛の末に結ばれて、この国ではとても有名な鴛鴦夫婦だと誰かから薄ら聞いたことがあるが、所詮俺は海を越え遠くから来た外国人なので詳しくはなかった。
 しかし、ヴィッドルド兄弟の人柄や、その輝く顏を見る限り、サムエルの母親は奴の言った『心身共に美しい人』という評価が妥当な人なのだという事が伺い知れる。そんな色んな意味で素晴らしい人がタイプ? ……無理だ。俺みたいな不良上がりの出来損ないがサムエルの目に止まる事なんて、万に一つの可能性もありはしない。そう察してしまった。
「さあ、ビクトール。俺は自分のタイプを言ったぞ? 次は君のば」
「あらっ!? 大変、もうこんな時間! 午後の授業が始まってしまうわ! 急いでいかないと間に合いません! ほら、2人共、早く立って! こんな事で減点になったら、馬鹿らしいじゃありませんか!」
「え、ちょ、待、ジネーヴラ……!」
「ほら、兄様行きますよ! ビクトールも!」
「えぇ……?」
 ジネーヴラの横槍で、サムエルからの追求がなんだか有耶無耶になる。サムエルは不満そうだったが、俺は正直ホッとした。こんな落ち込んだ気分のままサムエルに好きなタイプを聞かれたら、絶望のままにとんでもないことを口走って超ド級の失言をしかねない。今ばかりはジネーヴラに感謝だな。そうして内心の動揺を押し隠しながら、早く早くと急かすジネーヴラの後に着いていく。ただ授業開始に間に合わせようと足を動かすことに集中していたその時俺は、気が付かなかった。背後から俺を見つめるサムエルの瞳に宿った、怪しい光に。
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