ロシュフォール物語

正輝 知

文字の大きさ
上 下
481 / 492
凍雪国編第5章

第30話 ティナの帰郷4

しおりを挟む
 モールとティナは、岸壁から海峡を眺め、荒れ狂う波間に見え隠れしている海竜クリダステスの姿を確認する。
 その数は、朝方にティナが海峡を渡った時よりも増えている。
 今いるクリダステスの多くは、ティナが退治したものたちの血の臭いを嗅ぎつけ、集まってきたようである。
 モールとティナは、眼下の渦潮を見てから、対岸を見つめる。
 大陸の遥か先には、煙が立ち昇った痕跡が見られ、一部の空だけ黒ずんでいる。

「ふむ……。あれは、国都の方角じゃな。火事でも起きたかの?」

 モールは、少し目をすがめて、その周囲を観察する。
 しかし、二人がいる岸壁からは、丘陵や凍土林が邪魔をして、国都の様子は窺い知れない。

「わらわには、どうでもよいことじゃ。この国に、用などない」

「はははっ。確かにの。お主は、ルシタニアの人間じゃからな」

 ティナの故郷は、ルシタニア帝国アトワイト領のギィーツである。
 このギィーツは、大陸中央部を南北に貫くミセル山脈のほぼ中央西側に位置する。
 ギィーツは、周囲を濃い森に覆われ、山間にぽつんと開けた山村で、ティナはその集落で生まれ育ったのである。

「わらわは、ルシタニアとも関係がない。今のわらわは、一介の冒険者に過ぎん」

「その言葉をロンギマルが聞けば、何と言うかの? お主は、一人娘じゃろ?」

 ティナの父ロンギマル・アトワイトは、ルシタニア帝国皇帝から領地を授かった貴族である。
 ロンギマルは、ギィーツという田舎村を領地として拝領し、帝国に仕える騎士として度々戦場に出陣している。
 モールと交戦したのもその折りで、傭兵として戦場にいたモールは、騎士ロンギマルと剣を交えたのである。
 そのロンギマルには、後継ぎとなるのは、ティナただ一人のはずである。
 だから、モールは、敢えてそのことを口にしたのである。

「父者は、わらわには自由にせよと言っておられる。所詮、父者も根っからの貴族ではないしの」

 ロンギマルは、黒竜を数多く仕留め、その功績を買われて、貴族に取り立てられている。
 そのため、ロンギマルは、一人娘のティナにまでルシタニアに仕えることを求めてはいない。

「そうか……。なら、いいがの」

「そのようなことは、お主が気にすることではない。父者は、母者をめとった時から、帝国とは縁を切るつもりじゃ」

「ほぅ……。ロンギマルも、苦労をしておるのじゃの」

 エルフは、生ける伝説である。
 そのため、ロンギマルは、ウィユを妻に迎え入れても、周囲にウィユがエルフ族であることは明かさず、ギィーツの領地から外へも出ていない。
 また、ティナも、ハーフエルフであることを隠しており、ティナの素性を知る者もほとんどいない。

「まぁ、よい。わしは、ウィユが元気になれば、それでよい」

「ならば、始めから聞くでない」

「はははっ。わしも、かつての好敵手が気になるのじゃよ。お主が帰ったら、ロンギマルによろしく伝えておくれ」

「この島のことを話してよいのか?」

「ロンギマルとウィユだけになら、構わん。ただし、あれに関しては、内緒にしておいて貰いたい。あれは、存在してはならぬものじゃからな」

 モールは、後ろを振り返り、上空に浮かんでいる巨大な岩を仰ぎ見る。
 ティナも、モールの視線を追うようにして振り返り、浮遊砦を見つめる。

「うむ。フレイも知らなんだものじゃ。わらわとて、要らぬ口外はせぬ」

「助かる。礼を言うぞ」

「なに……。英精水のこともある。この島の秘密は、わらわの胸の内に秘めておくわい」

 ティナは、僅かな膨らみのある胸をドンッと勢いよく叩き、艶然と微笑む。

「では、わらわは、もう行くぞ。世話になったな」

「うむ。約束を忘れるでないぞ」

「フレイのことは、心得ておる」

 ティナは、そう言って崖を飛び下り、風魔法を唱えて、そのまま対岸まで滑空していく。
 ティナは、モールが見ている前では海走りをせず、武技を秘匿したのである。

「見事なものじゃ」

 モールは、簡単に風魔法を操り、揚力を受けて空を滑るように進むティナを見て誉める。
 そして、ティナが対岸に着いたのを確認したあと、岸壁をあとにし、ミショウ村へ戻る。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

政略結婚で結ばれた夫がメイドばかり優先するので、全部捨てさせてもらいます。

hana
恋愛
政略結婚で結ばれた夫は、いつも私ではなくメイドの彼女を優先する。 明らかに関係を持っているのに「彼女とは何もない」と言い張る夫。 メイドの方は私に「彼と別れて」と言いにくる始末。 もうこんな日々にはうんざりです、全部捨てさせてもらいます。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

侯爵夫人は子育て要員でした。

シンさん
ファンタジー
継母にいじめられる伯爵令嬢ルーナは、初恋のトーマ・ラッセンにプロポーズされて結婚した。 楽しい暮らしがまっていると思ったのに、結婚した理由は愛人の妊娠と出産を私でごまかすため。 初恋も一瞬でさめたわ。 まぁ、伯爵邸にいるよりましだし、そのうち離縁すればすむ事だからいいけどね。 離縁するために子育てを頑張る夫人と、その夫との恋愛ストーリー。

処理中です...