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凍雪国編第5章
第29話 ティナの帰郷3
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モールは、眉間にしわを寄せて、遠くに浮かぶ砦を見つめる。
「わしは、あれを恐れておる」
「お主がか!?」
ティナは、モールの呟きに驚かされる。
☆7冒険者を恐れさせる存在など、この大陸にはほとんど存在しない。
大陸南部で度々目撃される狂暴な黒竜種でさえ、モールやティナの敵ではない。
それをモールは、顔に険しさを表して、恐怖を口にしたのである。
「はははっ。わしは、こう見えても臆病者なのじゃよ」
自嘲気味にモールは呟く。
だが、もちろんティナは、その言葉を本心とは受け取らない。
そのような甘い気持ちを抱いていては、☆7冒険者には到底なれないからである。
大陸では、☆7冒険者を敬意を持って、こう言い表す。
『死の恐怖を超越し、孤高の極みへ登り詰めし者』
また、ある者たちは、こうも言い表すことがある。
『人としての存在を越えし者』
その高みを目指す者は皆、これらの言葉を心に銘記し、日々己を研鑽するのである。
ティナは、再び後ろを振り返り、空に浮かぶ砦を凝視する。
その姿は、静穏そのもので、あらゆる活動を停止し、上空にただ滞留しているようにしか見えない。
ティナは、しばしの沈黙後、モールへ向き直り、改めて問う。
「あれに、何がある?」
「わしには、分からぬ。ただ言えることは、わしに恐怖心を植え付けるほどのものが、あそこにいるということじゃ」
モールは、力なく首を横に振り、再び恐怖を口にする。
それを見聞きしたティナは、慌てて浮遊砦を仰ぎ見て、その真実を見極めようとする。
しかし、ティナには、巨大な浮遊砦という無機質な感覚しか感じ取れない。
「わらわには、何も感じられん。お主の気のせいではないのか?」
「そうかもしれん。じゃから、この地を去るお主が、気にすることではないと申しておるのじゃ」
モールは、ティナとの問答を振り出しに戻し、それ以上の興味を捨てるように促す。
「……」
しばし、浮遊砦を睨みつけていたティナは、やがて諦めたように体から力を抜き、再びモールへ向き直る。
「……よかろう。あれについては、もはや不問じゃ」
「うむ。では、海岸まで送ろう」
そう言って、モールは、歩みを再開する。
だが、ティナは、足を止めたままである。
「どうした? 帰らぬのか?」
「まだ、気になることがある」
「今度は、なんじゃ?」
再び足を止めたモールは、ティナの元まで戻ってくる。
「お主は、何に警戒しておった? 完全武装までしておって……」
ティナは、この島に上陸してきたときのことを持ち出し、そのときのモールの出で立ちを指摘する。
「はははっ。お主にじゃよ。化け物みたいな気配と魔力が近づいてきては、用心するのは当然のことじゃろうて……」
モールは、そう笑い飛ばすが、ティナは納得しない。
ティナは、モールの目をじっと見つめたまま、遁辞を弄することを許さない。
「わらわに……ではなかろう。何に対してじゃ?」
しばし、ティナとモールの視線が交錯し沈黙の時が流れる。
だが、先に折れたのはモールで、ため息混じりに首を横に振る。
「ふぅ……。お主は、色々と鋭い……。流石に、『天涯の』……じゃの」
「世辞はよい。理由を教えよ」
ティナは、幼女の外見には似つかわしくない鋭い視線をモールへ送り、モールが言い逃れを口にするのを封じる。
「分かった、分かった。そう怖い顔をせずとも、話してやるわい」
僅かに肩をすくめたモールは、少しため息をついたあと、頭をぽりぽりと掻く。
「もっとも、お主には後で話してやると言った内容じゃがな。そのことを、すっかり忘れておったわい」
「耄碌しておるの」
「一言多いわい」
ふんっと鼻を鳴らしたモールは、ティナを手招きし、「歩きながら話そう」と言って、海岸へ至る獣道を歩き出す。
それにティナは、素直に従い、モールの後ろをついていく。
モールが話し始めたのは、ミショウ村がゼノス教のセルノやベドに襲撃された事件のことである。
モールは、それにより村に被害が出たことを打ち明け、次の襲撃に備え、装備を固めていたことを教える。
ティナは、モールの話を静かに聞き入り、オンジやメリングたちと飛竜隊が救援に駆けつけてくれた経緯にも、相槌を打ちつつ、寡黙を貫き通す。
また、村からダイザとテム、バージが国都へ向かい、その途中でティナが遭遇したことも話し、飛竜隊の都合でメリングだけが村に残っていることを説明する。
モールが、それらの話を終えた頃、ちょうど二人は島の東にある海峡を臨む岸壁の上に到着する。
「わしは、あれを恐れておる」
「お主がか!?」
ティナは、モールの呟きに驚かされる。
☆7冒険者を恐れさせる存在など、この大陸にはほとんど存在しない。
大陸南部で度々目撃される狂暴な黒竜種でさえ、モールやティナの敵ではない。
それをモールは、顔に険しさを表して、恐怖を口にしたのである。
「はははっ。わしは、こう見えても臆病者なのじゃよ」
自嘲気味にモールは呟く。
だが、もちろんティナは、その言葉を本心とは受け取らない。
そのような甘い気持ちを抱いていては、☆7冒険者には到底なれないからである。
大陸では、☆7冒険者を敬意を持って、こう言い表す。
『死の恐怖を超越し、孤高の極みへ登り詰めし者』
また、ある者たちは、こうも言い表すことがある。
『人としての存在を越えし者』
その高みを目指す者は皆、これらの言葉を心に銘記し、日々己を研鑽するのである。
ティナは、再び後ろを振り返り、空に浮かぶ砦を凝視する。
その姿は、静穏そのもので、あらゆる活動を停止し、上空にただ滞留しているようにしか見えない。
ティナは、しばしの沈黙後、モールへ向き直り、改めて問う。
「あれに、何がある?」
「わしには、分からぬ。ただ言えることは、わしに恐怖心を植え付けるほどのものが、あそこにいるということじゃ」
モールは、力なく首を横に振り、再び恐怖を口にする。
それを見聞きしたティナは、慌てて浮遊砦を仰ぎ見て、その真実を見極めようとする。
しかし、ティナには、巨大な浮遊砦という無機質な感覚しか感じ取れない。
「わらわには、何も感じられん。お主の気のせいではないのか?」
「そうかもしれん。じゃから、この地を去るお主が、気にすることではないと申しておるのじゃ」
モールは、ティナとの問答を振り出しに戻し、それ以上の興味を捨てるように促す。
「……」
しばし、浮遊砦を睨みつけていたティナは、やがて諦めたように体から力を抜き、再びモールへ向き直る。
「……よかろう。あれについては、もはや不問じゃ」
「うむ。では、海岸まで送ろう」
そう言って、モールは、歩みを再開する。
だが、ティナは、足を止めたままである。
「どうした? 帰らぬのか?」
「まだ、気になることがある」
「今度は、なんじゃ?」
再び足を止めたモールは、ティナの元まで戻ってくる。
「お主は、何に警戒しておった? 完全武装までしておって……」
ティナは、この島に上陸してきたときのことを持ち出し、そのときのモールの出で立ちを指摘する。
「はははっ。お主にじゃよ。化け物みたいな気配と魔力が近づいてきては、用心するのは当然のことじゃろうて……」
モールは、そう笑い飛ばすが、ティナは納得しない。
ティナは、モールの目をじっと見つめたまま、遁辞を弄することを許さない。
「わらわに……ではなかろう。何に対してじゃ?」
しばし、ティナとモールの視線が交錯し沈黙の時が流れる。
だが、先に折れたのはモールで、ため息混じりに首を横に振る。
「ふぅ……。お主は、色々と鋭い……。流石に、『天涯の』……じゃの」
「世辞はよい。理由を教えよ」
ティナは、幼女の外見には似つかわしくない鋭い視線をモールへ送り、モールが言い逃れを口にするのを封じる。
「分かった、分かった。そう怖い顔をせずとも、話してやるわい」
僅かに肩をすくめたモールは、少しため息をついたあと、頭をぽりぽりと掻く。
「もっとも、お主には後で話してやると言った内容じゃがな。そのことを、すっかり忘れておったわい」
「耄碌しておるの」
「一言多いわい」
ふんっと鼻を鳴らしたモールは、ティナを手招きし、「歩きながら話そう」と言って、海岸へ至る獣道を歩き出す。
それにティナは、素直に従い、モールの後ろをついていく。
モールが話し始めたのは、ミショウ村がゼノス教のセルノやベドに襲撃された事件のことである。
モールは、それにより村に被害が出たことを打ち明け、次の襲撃に備え、装備を固めていたことを教える。
ティナは、モールの話を静かに聞き入り、オンジやメリングたちと飛竜隊が救援に駆けつけてくれた経緯にも、相槌を打ちつつ、寡黙を貫き通す。
また、村からダイザとテム、バージが国都へ向かい、その途中でティナが遭遇したことも話し、飛竜隊の都合でメリングだけが村に残っていることを説明する。
モールが、それらの話を終えた頃、ちょうど二人は島の東にある海峡を臨む岸壁の上に到着する。
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