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凍雪国編第5章
第14話 フレイの英精水3
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モールは、机に置いた甕の魔防布を慎重に取り外し、甕の蓋を開ける。
甕の中には、なみなみと液体が入っており、少し傾けただけで、甕の口から零れ落ちそうである。
「……ん?」
表情を曇らせたモールは、甕の中を覗き込み、さらに顔を険しくする。
ティナも、モールが感じた異変に気がつき、モールへ顔を近づけて、甕の中を覗き込む。
ティナが、これほど無造作に人へ接近するのは珍しい。
ティナの中では、モールを警戒することよりも、甕の中の英精水の方が気になったのである。
「エルフの香りがせんぞ?」
「そうじゃな……」
そう呟いて顔を上げたモールは、椅子から腰を上げて台所へ向かい、すぐに匙と小さな器を手に持って戻ってくる。
そして、甕の中から液体を掬い上げて器へ移し、器からその液体を口に含む。
一声、むっと唸ったモールは、眉間にしわを寄せ、口の中の液体を吟味する。
「どうじゃ?」
その様子をじっと見守っていたティナは、なかなか言葉を発しないモールへ問いかける。
モールは、小さくため息をつき、天井を見上げたまま、甕の中の液体を口にした感想を述べる。
「ただの水じゃ……」
「やはりの。それからは、この小瓶のように、エルフの香りが全く感じられん。お主は、騙されたのではないのか?」
「いや。騙されてはおらん」
渋い顔をしたモールは、首を横に振って、ティナの言葉を否定する。
だが、甕の中の液体は、英精水であれば感じられるはずの魔力が一切なく、エルフ族特有の魔力波長もなくなっている。
また、モールが口に含んでも、あの舌を痺れさせるほどの苦味はすっかりなくなっており、味は全くしなくなっている。
「では、どういうことじゃ?」
「……」
モールは、考え込んだっきり、全く言葉を発しない。
(フレイが英精水を作り出した手順に間違いはない。じゃが、今は、ただの水じゃ。これは、どうしたことじゃ?)
モールは、もう一度甕から液体を掬い上げ、器に移して、液体を注意深く観察する。
無色透明な液体は、英精水であったときと見た目は変わらない。
ただ、液体からは、肝心の魔力が全て抜け落ちており、魔力水と呼べないほど、ただの水に成り果ててしまっている。
モールは、器を机の上に置いて腕を組み、再び天井を見上げる。
「どうした? 何を考えておる?」
ティナは、内心の落胆を隠し切れず、少しイラついた声でモールへ話しかける。
「そうじゃな……。考えられることは、幾つかある」
モールは、軽いため息をついたあと、考えを整理しながら、ティナの問いに答える。
「ほぅ……。それで?」
「1つは、作成した者が未熟であったということじゃ」
「それは、お主以外が作ったと言っておったな?」
「そうじゃ。これを作ったのは、フレイという少年じゃ」
「少年? その者は、エルフ族なのか?」
「いや。長命族の少年じゃよ。この村に住んでおる」
「なんじゃ? 英精水は、誰にでも作れるものなのか? それとも、その少年が特別なのか?」
ティナは一瞬、もしかして自分でも英精水を作り出せるかもしれないという淡い期待を抱いてしまう。
しかし、その考えは、即座に自身で否定し、これまでの長旅を思い返す。
(英精水が簡単に作り出せるものならば、これほどの苦労はしていない)
英精水は、古代の伝承に出てくる幻の薬とされており、現存すら危ぶまれる存在なのである。
それが、手元にある小瓶の中には確かに存在しており、ティナでは、作り方すら想像ができないものである。
「フレイは、普通の少年じゃよ。しかし、恵まれた才能を与えられておる」
「どんな才能じゃ?」
「それは、言えん。じゃが、わしよりも優れた英精水を生み出したことは確かじゃ」
モールは、器の中の水を匙でかき回したり、掬ったりして、不思議そうな顔で見つめる。
「これは、確かに英精水じゃった」
「今は、違うぞ」
「そうじゃな」
「他の可能性は、何なのじゃ?」
「他か? そうじゃのぅ……」
再びため息をついたモールは、器から視線を上げて、ティナを見る。
「英精水は、日持ちせんということか、作り方に問題があったということじゃな」
「日持ちしない? これは、エルフの香りを湛えとるぞ? これは、いつ作ったものなのじゃ?」
「それは、3年ぐらい前に作ったものじゃ」
「なら、日持ちしないということはなかろう。作り方が間違っておったのではないか?」
「いや。作り方は、完璧じゃった。幾分不慣れなところはあったが、それでも間違いはなかった」
モールは、首を横に振り、作り方の間違いを否定する。
「では、何が問題なのじゃ?」
「ずるをした……ということが、原因かもしれん」
「ずる?」
「作るときに、他人の力を借りたということじゃ。英精水は、本来世界樹の恩恵を授かり、それを水として具現化するものじゃ。それを、自身の力ではなく、人の力を借りて世界樹の恩恵を引き出したことで、英精水が無に帰るのが早まったのかもしれん」
「一体、誰の力を借りたのじゃ?」
「わしと……、もう一人は内緒じゃ」
甕の中には、なみなみと液体が入っており、少し傾けただけで、甕の口から零れ落ちそうである。
「……ん?」
表情を曇らせたモールは、甕の中を覗き込み、さらに顔を険しくする。
ティナも、モールが感じた異変に気がつき、モールへ顔を近づけて、甕の中を覗き込む。
ティナが、これほど無造作に人へ接近するのは珍しい。
ティナの中では、モールを警戒することよりも、甕の中の英精水の方が気になったのである。
「エルフの香りがせんぞ?」
「そうじゃな……」
そう呟いて顔を上げたモールは、椅子から腰を上げて台所へ向かい、すぐに匙と小さな器を手に持って戻ってくる。
そして、甕の中から液体を掬い上げて器へ移し、器からその液体を口に含む。
一声、むっと唸ったモールは、眉間にしわを寄せ、口の中の液体を吟味する。
「どうじゃ?」
その様子をじっと見守っていたティナは、なかなか言葉を発しないモールへ問いかける。
モールは、小さくため息をつき、天井を見上げたまま、甕の中の液体を口にした感想を述べる。
「ただの水じゃ……」
「やはりの。それからは、この小瓶のように、エルフの香りが全く感じられん。お主は、騙されたのではないのか?」
「いや。騙されてはおらん」
渋い顔をしたモールは、首を横に振って、ティナの言葉を否定する。
だが、甕の中の液体は、英精水であれば感じられるはずの魔力が一切なく、エルフ族特有の魔力波長もなくなっている。
また、モールが口に含んでも、あの舌を痺れさせるほどの苦味はすっかりなくなっており、味は全くしなくなっている。
「では、どういうことじゃ?」
「……」
モールは、考え込んだっきり、全く言葉を発しない。
(フレイが英精水を作り出した手順に間違いはない。じゃが、今は、ただの水じゃ。これは、どうしたことじゃ?)
モールは、もう一度甕から液体を掬い上げ、器に移して、液体を注意深く観察する。
無色透明な液体は、英精水であったときと見た目は変わらない。
ただ、液体からは、肝心の魔力が全て抜け落ちており、魔力水と呼べないほど、ただの水に成り果ててしまっている。
モールは、器を机の上に置いて腕を組み、再び天井を見上げる。
「どうした? 何を考えておる?」
ティナは、内心の落胆を隠し切れず、少しイラついた声でモールへ話しかける。
「そうじゃな……。考えられることは、幾つかある」
モールは、軽いため息をついたあと、考えを整理しながら、ティナの問いに答える。
「ほぅ……。それで?」
「1つは、作成した者が未熟であったということじゃ」
「それは、お主以外が作ったと言っておったな?」
「そうじゃ。これを作ったのは、フレイという少年じゃ」
「少年? その者は、エルフ族なのか?」
「いや。長命族の少年じゃよ。この村に住んでおる」
「なんじゃ? 英精水は、誰にでも作れるものなのか? それとも、その少年が特別なのか?」
ティナは一瞬、もしかして自分でも英精水を作り出せるかもしれないという淡い期待を抱いてしまう。
しかし、その考えは、即座に自身で否定し、これまでの長旅を思い返す。
(英精水が簡単に作り出せるものならば、これほどの苦労はしていない)
英精水は、古代の伝承に出てくる幻の薬とされており、現存すら危ぶまれる存在なのである。
それが、手元にある小瓶の中には確かに存在しており、ティナでは、作り方すら想像ができないものである。
「フレイは、普通の少年じゃよ。しかし、恵まれた才能を与えられておる」
「どんな才能じゃ?」
「それは、言えん。じゃが、わしよりも優れた英精水を生み出したことは確かじゃ」
モールは、器の中の水を匙でかき回したり、掬ったりして、不思議そうな顔で見つめる。
「これは、確かに英精水じゃった」
「今は、違うぞ」
「そうじゃな」
「他の可能性は、何なのじゃ?」
「他か? そうじゃのぅ……」
再びため息をついたモールは、器から視線を上げて、ティナを見る。
「英精水は、日持ちせんということか、作り方に問題があったということじゃな」
「日持ちしない? これは、エルフの香りを湛えとるぞ? これは、いつ作ったものなのじゃ?」
「それは、3年ぐらい前に作ったものじゃ」
「なら、日持ちしないということはなかろう。作り方が間違っておったのではないか?」
「いや。作り方は、完璧じゃった。幾分不慣れなところはあったが、それでも間違いはなかった」
モールは、首を横に振り、作り方の間違いを否定する。
「では、何が問題なのじゃ?」
「ずるをした……ということが、原因かもしれん」
「ずる?」
「作るときに、他人の力を借りたということじゃ。英精水は、本来世界樹の恩恵を授かり、それを水として具現化するものじゃ。それを、自身の力ではなく、人の力を借りて世界樹の恩恵を引き出したことで、英精水が無に帰るのが早まったのかもしれん」
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