ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第5章

第9話 ティナの勘気2

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 ドルマは、ティナの持つ異常な魔力の強さに気がついており、また、ティナがハーフエルフであることも見抜いている。
 それゆえ、ティナがエルフ族の秘薬である英清水を求めても、自然なこととして受け入れたのである。

「残念ながら、わしは、英精水を持っておらん」

「何じゃと!? ここには、無いのか?」

 ドルマの言葉を聞いて、大いに驚いたティナは、大声をだして問い詰める。

「早まるでない。わしは、持っておらん。じゃが、そこにおるモールは、持っておる」

「モール? 誰のことじゃ、それは?」

「はははっ。わしのことじゃよ」

 モールは、己の胸をぽんぽんと叩き、にやりと笑って、ティナに答える。
 ティナは、モールのしてやったりという顔を見て、目を吊り上げ、勘気かんきを発する。

「お主! わらわをたばかっておったのか!?」

 怒りで顔を紅潮させたティナは、抑えつけていた魔力と覇気を一気に解放する。
 その途端、ティナからは猛烈な魔力波が噴出し、ドルマの家を震動させ、辺りに砂埃を舞い上がらせる。
 ドルマは、ティナから大きく飛び退き、素早く防御魔法を張り巡らせ、家にいるヒュレイたちを守る。
 一方、モールは、ティナを叱りつける。

「こりゃ! 落ち着かんか!」

「わらわを愚弄したのか!」

 ティナは、モールの言葉を拒絶するかのように右手を振り払う。
 すると、ティナの手から生み出された衝撃波が、モールへ襲い掛かる。
 モールは、その衝撃波を拳に宿した気塊で叩き潰す。
 だが、その余波は、モールの脇を通り過ぎ、再建したばかりの小屋にぶち当たる。

バガァァァンッ

 小屋は、勢いよく吹き飛び、あっという間に全壊する。
 ティナは、なおも衝撃波を放とうとするが、モールは、その前に立ちはだかる。

「力を振るうでない! 落ち着くのじゃ!」

「何を今さら! わらわの怒り、受けるがよい!」

「やめんか! 英精水を渡さぬぞ!」

 モールは、ティナの目を真正面から見据え、語気を強めて言い放つ。

「くっ!」

 モールの言葉を聞いたティナは、一瞬悔しそうな表情を浮かべる。
 だが、すぐに冷静になり、解放した魔力と覇気をかき消す。
 ここに英精水があると分かった以上、事をこじらせるのはよくない。
 ティナは、深く呼吸をし、己の内に溜まった怒りの感情を薄れさせる。
 その様子に、ほっとしたモールは、(やれやれじゃわい……)と僅かに汗ばんだ額を拭い、ドルマに魔法障壁を消すように手振りで教える。
 ドルマは、モールに頷いて魔法障壁を消し、怒りを懸命に押し殺しているティナへ近づく。

「気を悪くしたのなら、わしが謝る。子細は分からぬが、モールは、たまに児戯じぎのようなことをする。じゃが、悪気があった訳では決してない。じゃから、村では暴れてくれるな」

 ドルマは、申し訳なさそうな顔をして、ティナに向かって頭を下げる。
 ドルマは、ティナの実力が相当なものであることに気がついている。
 そのため、ティナの機嫌をなだめ、村を破壊しないように頼んでいるのである。
 しかし、ティナが答えるより前に、ドルマの隣から、モールが語りかける。

「ティナよ。お主は、勘違いをしておるだけじゃ。わしは、お主をたばかってはおらぬ」

「嘘を言うでない。にやにやと、笑っておったではないか?」

「うむ。確かに笑いはした。そのことは、謝ろう。じゃが、英清水のことは、おいそれと口外する訳にはいかぬ。捜し求めてきたお主なら、その理由も知っておるじゃろう?」

「……」

 モールは、気持ちを落ち着けているティナを見て、ほっと安堵の吐息を漏らす。
 ティナは、先に襲撃してきた輩とは異なり、☆7冒険者である。
 その力を暴走させれば、この村など跡形も無く消し飛んでしまう。
 そのことをよく分かっているモールは、あらかじめティナに念を押しておいたのである。
 しかし、怒りに我を忘れかけたティナは、手加減せずに衝撃波を放ってしまった。
 お陰で、ヨルテンが再建築したばかりの小屋が、いとも簡単に粉々になってしまった。
 モールは、ドルマの方をちらりと見てから、「すまぬ」と小声で謝る。

「モールよ。客人は、お主の家でもてなすとよい。小屋の後始末は、こちらでやっておく」

「本当に、すまぬな。ヨルテンには、あとで詫びを入れておく」

「うむ」

 ドルマは、モールへ頷き、ティナへ向き直る。

「ティナよ。遠いところから、英精水を捜し求めにきたことはよく分かる。必死の思いを抱いてきたこともな」

 ドルマは、穏やかな笑みを浮かべ、ティナの困難を伴った旅を労う。

「じゃが、お主の欲するものは、ここにおるモールが持っておる。安心するがよい」

 ドルマは、隣に立つモールを指し示し、ティナの目を見つめる。
 ティナの目には、すでに理性が戻っており、その顔からは、取り乱したことを恥じる気持ちが窺える。

「英精水を渡してくれるのか?」

 そのティナの問いに、モールが答える。

「無論じゃ。お主の話を聞いてからになるがの」

 モールは、ティナの頭の上に、ぽんと手を置く。
 ティナは、嫌そうな顔をしたものの、モールの手を払いのけはせず、静かにモールを見上げる。

「こっちにも、色々と事情があると言うたであろう?」

「……確かに、言うておったな」

「それは、後で話してやる。じゃが、今は、ここを立ち去るぞ。皆を安心させてやらねばならん」

「わらわは、ここでも恐怖の対象か?」

 僅かに切ない顔をしたティナは、小さな声で呟く。
 ティナの力は、強大すぎる。
 その強さゆえに、これまで人に畏怖され、敬遠され続けてきた。
 ミショウ村には、同じ☆7冒険者である紅の操者がおり、高魔力体質の者が大勢いる。
 しかし、その村でも、恐れられていることを知り、ティナは若干寂しさを覚えたのである。

「はははっ。そうではない。もちろん、お主の力に不安を抱く者はいる。じゃが、憧れを抱く者もおる。今は、お主が暴れたから、皆が怖がっておるのじゃ」

「そうか。ならば、行こう。どこへ行けばよい?」

「ついて来い」

 モールは、ティナを手招きし、モールの家があるセキガ山の中腹を目指す。
 ティナは、ドルマへ小屋を壊したことを謝り、すぐにモールの後を追う。
 二人を見送ったドルマは、家の中へ入り、皆へ外での出来事を話し、安心するように伝えてから、それぞれを家に帰す。
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