ロシュフォール物語

正輝 知

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凍雪国編第5章

第5話 モールとティナの手合い1

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 モールは、ティナの答えを聞いて破顔する。

「はははっ。面白いのぅ……。人は、長く生きてみるもんじゃな。あのロンギマルの娘に出会えるとはのぅ……」

「お主、父者を知っておるのか?」

「あぁ、知っておる。いや、詳しくは知らん」

「どっちじゃ? 意味不明なことを言うでない」

 僅かに口をへの字に曲げたティナからは、年相応の可愛らしさが垣間見える。

「なに。お主の父とは、戦場で出会ったことがあるだけじゃ。じゃから、剣を通してしか、お主の父を知らん」

 ティナは、モールの言葉を聞いて、父からかつて聞かされていたことを思い起こす。

(確か、父者は……)

 ティナは、目の前にいるモールの出で立ちをしげしげと眺める。
 モールの着る紅のローブは、膝丈まである長いローブで、魔法師が着るものとしては、かなり長い。
 また、ローブのしたから見える朱色に縁取りされた鎧は、黒鋼の素材で作られており、剣や矢を受け流す流線型模様が至るところに施されている。
 モールの装備は、どこかの国の正規兵のものではなく、それぞれが特注した品々であることが分かる。

「そうか。お主が、紅の操者そうじゃか……。生きておったのじゃな」

 紅の操者とは、モールの二つ名である。
 モールは、紅のローブを纏い、戦場で魔法を駆使して戦う姿から、紅の操者と謳われていた。
 しかし、ある時期から噂が忽然と消えてしまったので、死亡説が定着していたのである。

「こりゃ。人を勝手に殺すではない」

「ふふふっ。であれば、それだけの魔力波も頷けるの」

 ティナは、父から戦場で紅の操者を仕留め損なったと伝え聞いている。
 また、ティナは、幾度も父の残念がる姿を見てきている。
 ただし、ロンギマルには、モールへの私怨はなく、純粋に好敵手を倒しきれなかったことを悔いていたのである。

「父者からお主のことを聞かされておる。良い機会じゃ。わらわが一太刀食らわせてやろう」

 ティナは、腰に下げていた剣を引き抜き、覇気を先鋭化していく。
 ティナの剣からは、尋常ではないほどの剣気が立ち上る。

「ほぅ……。やる気じゃな」

 ティナの目を見たモールは、鞘から紅剣を引き抜き、右半身の構えを取る。

「あくまでも手合いじゃ。わらわは、魔法は使わん」

「よかろう。受けて立つぞ」

 モールは、威嚇のために出した魔力波を遮断し、魔力を魔臓へ仕舞い込む。
 ティナも、それに応えるかのように魔力波を消し、腰を低く落とす。
 ざわめいていた木々は、急に静寂を取り戻し、辺りには重苦しい空気が漂い始める。

「ロンギマルの娘よ。父がかつて倒せなかったわしの剣を受けてみるがよい」

「わらわは、いまだ父には及ばぬ。じゃが、年老いた剣には負けるつもりはない」

 先制は、ティナが取る。
 モールの間合いに一気に踏み込み、横薙ぎの斬撃を放ち、追撃の蹴りを繰り出す。
 軽く飛び退すさったモールは、ティナの剣を難なくやり過ごし、続いてくる蹴りに肘打ちを食らわす。

ガンッ

 硬い金属的な音がし、モールがやや顔をしかめる。
 ティナの脛には、脛当てが装着されており、少しだぶついたズボンの上からでは見抜けなかったのである。

「無闇に乙女の柔肌に触れるものではない」

 微小を浮かべたティナは、蹴り足を素早く引き戻し、代わりに地面を蹴ってモールの背後へ回り込む。

「はははっ。打撃を受けるとは、まだまだじゃの。超一流は、かわすものじゃ」

 突き出されたティナの剣を、身をひるがえすことでかわしたモールは、がら空きになったティナの背中に反撃の斬撃を振り下ろす。

キィンッ

 素早く剣を背中に回したティナが、モールの重い斬撃を弾き返す。

キィキィィィン

 モールは、体勢の整わないティナへ立て続けに斬撃を飛ばすが、悉く弾かれてしまう。
 モールは、一瞬楽しげに目を細め、軽い足捌きでちょこまかと動き回るティナへ追撃の剣を見舞う。
 しかし、ティナは、幼女の細腕によくもそれほどの力があったなと思わせるほど簡単に、モールの重い一撃を弾き、受け流していく。
 涼しい顔でティナは、モールの剣筋を見極めつつ、突如として体を回転させ、手首と肘の返しを利用し、モールの胸元へ剣を伸ばす。
 モールは、それを軽く横にステップを踏んでかわし、懐へ飛び込んできたティナへ三宝滅の秘技・八方連撃を繰り出す。

ギギギギギギギギィィィンッ

 モールは、八方向からの剣撃を一度に放つ。
 だが、ティナもモールの剣速に負けじと、同じ八方連撃を繰り出し、モールの剣を全て弾き返す。

「!」

 モールは、大きく後ろへ跳び、ティナから距離を開ける。
 ティナは、八方連撃の後に突きを繰り出し、その姿勢のまま動きを止める。
 ティナの顔には、不敵な笑みがたたえており、息一つ乱れていない。

「どうしたのじゃ? 三宝滅は、何もお主だけが使える技ではないぞ」

 ゆっくりと自然体に戻ったティナは、大きく目を見開いて驚いているモールへ言い放つ。
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